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食用菊の植え替え。黄色は丈夫で手間いらずだが、紫のもってのほかは気難しい。

 

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もってのほかは、もう少し大きく育ってから植え替える。

 

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南の大きな穴がいっぱいになって埋める。

 

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新しい、俺が埋葬できる大きな穴を、隣に掘った。1年間使える。

 

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いつしか、裏は草だらけになって、草取り。

 

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コーヒータイムはバナナが付いた。

 

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ミニトマトの手を作る。

 

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キュウリのネットを張った。

 

結構疲れた。

 

 

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バス・車以外の移動手段はこの「ゆいレール」が使われる。需要が右肩上がりで、重量オーバーで止まる事態が起きているらしい・・・便利だが、空港からでだこ浦西という西原までで、その先は米軍基地に阻まれ、なかなか延長は困難か?

 

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べーべーが所望で、Tシャツ屋専門店に行った。

 

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ブルーシールアイスが食いたいと・・・・わし、こげなもので、カロリー使いたくない。

 

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定番、名店「呉屋てんぷら」は最終日に帰っての夜の晩酌のために購入。

 

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ゴルバチョフは平和の講談で2度ほど沖縄に来ている。

 

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5月の花だが、あちこちでデイゴが咲いていた。曇り空が多く、写真で映えず残念。

 

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1年中咲くハイビスカス。

 

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蜜を求め、沖縄ではよく見かける「ツマベニチョウ」が綺麗だった。

 

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こちらも1年中咲く、ブーゲン。

 

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あちこちで、島バナナが美味そうだった。採ってしまう衝動を何とか、理性で押さえた。

 

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桃色イペーが花盛りだった。

 

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桃色ノウゼンも盛り。初夏寸前の島は花盛りだった。

 

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世界三大花木というのがある。ホウオウボク・火焔木(かえんぼく)そしてハカランダ(ジャカランダ)。ホウオウボクも火焔木も沖縄ではよく見かけるが、ハカランダはみたことが無い。ところが、何と!俺のインターバルコースの緑が丘公園に発見!

3つとも沖縄に有るんだな。

 

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テイカカズラも純白の美しさ。成就しなかった恋の執心で蔦葛となり、恋人の墓に絡みついたという伝説も。執念深い?

 

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骨折中だが、ガイドを頑張ったわしに、ご褒美かっ!

 

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今回の島猫。近くに餌の入れ物があったから、地域猫か?1度しか、なでなでさせてくれなかった。

 

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今回のシーサーは、焼き物のシーサーでは世界一の大きさ。

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タケノコも終盤。今年は採りに行かず、ミホのたけのこと、隣のNさんのタケノコで、十分堪能だった。料理も定番・鉄板のしなだったが、満腹・超満足だったなぁ・・・
 
タケノコは、まずは煮物が1番な俺だ。
 

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タケノコご飯も外せない。GOODな炊き上がりだった。
 
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そして、タケノコの肉巻きも最高!
 
会社の弁当に持って行ったぜ!
 
幸せだったなぁ・・・・来年も、ミホ!頼んだよ~~~っと!
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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いつも正門前が綺麗な浦添中学校。

2月からガイドツアーが毎月続いている。後は6月に入っていて、それで、お仕舞。

10月か11月に1人でまったり旅で多分、今年は終わり。およそ3つの基本ツアーのうちの1つが今回で、毎年行っている場所なので、詳しい解説はしないで、ダイジェストに記録する。

 

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ミッキーがお世話になっているベーベー達がメンバー。長野・岐阜のベーベー(もうすぐおばぁかっ?)なので、題して「NGベーベーと行く沖縄」である。

 

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初日は午後2時那覇の行程なので、せんべろで乾いた喉を潤し、市場など歩いて買い物の品物色だった。2日目のメイン、激戦地「前田高地」を歩く・そして「佐喜眞美術館」観賞だった。浦添の民俗文化財など見ながら前田高地に向かう。

火の神様・部落発祥の拝所など見学。

 

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浦添は頑張っていて、この戦跡は今も調査が行われ、見学箇所が増えている。

まずはようどれ館で文化財やかの戦争のビデオを見る。

 

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激戦の崖(ハクソーリッジ)に立ち、この激戦の主力、北海道の部隊の慰霊碑を拝む。

 

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両軍のランドマークだったニードルロック(日本では為朝岩)。

3年前に整備され、ここも行けるようになった。

 

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この兵員壕は2月には無かった。調査が終わり、公開された壕だ。重症者の収用が行われていたようだ。

 

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タクシーを頼み、前田高地から宜野湾の佐喜眞美術館に行く。佐喜眞さんが粘り強い交渉を重ね、米軍基地だった土地を返還してもらい建てた美術館は、すごい収蔵品が季節を変えて展示されているが、何といっても丸木さんの「沖縄戦の図」が白眉。

 

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わしは何度も見ているのでロビーでまったり、NGベーベーたちは、館長自ら詳しい解説をしていただき観賞したらしく、かなり有意義な時間だったようだ。

 

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6月23日、慰霊に日に夕日が沈む屋上の階段と小窓の前で記念写真。

ここへ昇る階段は6段と23段で出来ている。

 

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3日目、沖縄第二高女「白梅学徒隊」追体験だ。松山の丘に校舎があった。その跡地に立つ「白梅の乙女たち」の像。

 

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彼女たちの勤務した八重岳第一外科壕からおよそ500m弱か?

この勢理ぐすく(ジリグスク)に立つ富盛の大獅子。ここから外科壕を狙撃する米軍の記録写真はすごい凄みがある。獅子には反撃した日本軍の弾痕が、今も生々しい。

 

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外科壕に入る。わし、骨折中につき、階段は難儀。

 

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外科壕はすぐに満員になり、後方の2つの自然壕に分院が出来る。

その1つ「ヌヌマチガマ」にガイド付きで入壕。

 

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そして、南部へ南部へ撤退を重ねる軍と一緒に撤退を重ね、やがて進退窮まり、自決した2つの壕。そして亡くなった女子学徒たちを、生き残った仲間が建てた「白梅の塔」を見学、これで白梅の旅は終わる。

 

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すぐそばには、世界中に戦争を仕掛ける米軍だが、ここで砲弾で死んだ、バクナー中将は、未だ米軍の戦争で死んだ最高位の軍人だ。連合国軍最高司令官だった彼の死以降、米軍はまさに弔い合戦となり、見境ない殺戮を行ってゆくのだった。これ以降の1週間は無防備な民間人まで銃を向けることとなった。

 

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戦後、収容所から返された人々は、土地を耕すが、おびただしい人骨に悩まされ、米軍の許可のもと、骨を集め収骨堂を、お金を出し合い作る。作った方々の、浄財と名前が乾き切らないうちにコンクリに刻んでかかげてある。行政が後にあちこちに作る、立派なお金をかけた慰霊碑と違い、ものすごい凄みがある。ここは見せたかった場所・・・。

 

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この後、ビーチに行く予定だった(少しは観光?)が、ビーチより、「荒崎海岸」に行ってみたいとのことだったので、「ひめゆりの自決の地」荒崎海岸に行く。

残念ながら、骨折に俺が歩ける海岸ではない。最後の写真は、昔撮った写真・モデルはせいごうちゃんである。海岸の防風林をぬけ、琉球石灰岩の鋭い岩肌の中を200m弱進むとこの「ひめゆり散華の地」にたどり着く。

 

こうして、今回の学びの旅は終わったのだった。

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ウドが芽吹きはじめ、いつもの軟白を作るべく、囲ってもみ殻を入れる。

 

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サツマイモになるコンテナの土の更新。馬糞多め。

 

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肥料を買いに行く。これで在庫含め、秋まで困らない。

 

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大根第一回間引き。育ちによって、1本立ちと2本立ち。

 

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間引き大根が殊の外好き。

 

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昨年壊滅的だったショウガ。やめようかと思ったが、大ショウガを止めて、中ショウガ。芽だしをネットで調べ直し、培養する土も新しいのにして、挑戦することにした。

 

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深さなどマニュアルに従い・・・

 

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温室で、上はビニールで覆う。

 

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これらを、苗にすべく種を蒔いた。

 

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4種の多肉植物の寄せ植え・・・1年でこぼれんばかりになる。

各種類確保して、増えた大半は処分して、新しき仕立てる。

 

 

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もう少し太くなると香りが増すが・・・待ちきれず、蕗、初物。

 

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1度植えたら、すごい繁殖力なので、育てるのを止めたが、それでも根が伸びて、あちこちに痩せたワラビが出る。まぁ、出れば食う。お山のワラビには勝てないが、それでもワラビ、初物。

 

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新しい、クレソン島を発見した話は書いた。

 

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さっそく、後日採集に向かった。

 

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ベーコンは大きめに切り、オリーブオイルで炒める。熱々のご飯いヨシ・酒のつまみに最適。5食分ぐらい採ったから、しばらくクレソン。クレソンは4月から5月初旬が旬。大人の味の苦みもついて、香りも豊か。

 

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ナムルにするとクセがかなり穏やかになる。

 

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クレソンの旨しおビーフン。

 

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三つ葉の吸い物が美味い。

 

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第二回タラの芽。

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月曜日、こんなところに来る羽目になった。
 
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日曜日、足をくじいて、かなり腫れた。骨折でなければいいが・・と、月曜日外科に行ったわけさ。今回の沖縄は、5ヶ月も前から計画され、案内するベーベー達は、観光で1度来た程度で「島うむい」に歌われる現地を訪ねたいと、ツブク観光が選ばれたのだ。しっかり学習もしたようで(?)これは、何としてもガイドを全うしなければならないのだった。
 
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結果は(涙)骨折。下駄骨折というらしく(下駄ばきの明治の頃下駄でひねって骨折で、命名された有名な骨折らしい・医者談)【第5中足骨】・・剥離骨折だった。
旅直前まで、歩くのも控え、大人しくしていたさ・・・(大谷さんにお守りをしてもらって・・)
 
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ひねった時・その後10分ほどしての痛みで、これは、当日も杖を突いて行動しかない(今回ツアーは行って感じるものは各自の感性だが、行き先やガイドなど俺の責任分野なので行かな選択肢は無いとすぐに思った)と思い、JALなどに杖は機内持ち込みできるか問い合わせたが、チャットでAIが応えるので要領を得ない・・日曜日なので電話はお休み・・・
 
昔JALに居た娘に聞いて、やっと要領を得た。
ストックは不可・荷物預け以外にない。
老人が使う杖で、先がゴム、折りたためて小さくなる奴なら持ち込めると分かった。
 
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こ奴、先端が金属だし、とがってるから武器になるからな・・・
 
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杖・・・どうしたものかと思ったが、実家に母親が使っていたのがあるはずと、問い合わせたら、有った。いよいよ、古希らしい俺の姿になった。

しかし、花柄なんだよな・・・そこが難点。

 

さて、2日目も杖で頑張るのだ・・・しかし、前田高地・・・急峻な坂ばっかりなんだよな。トホホ・・・・

 

 

 

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相対的に貧しい離島を狙い撃ち。宮古・石垣・与那国と自衛隊の前線基地が浸食している。

反対運動をしている方々の島で、若い子育て世代のベーベーが「基地が出来て、給食費が無償になって助かります」とインタビューに応えていた。

 

4期16年町長を務め、まさに基地誘致を主導した男のインタビューが沖縄タイムスに1面含む大きな記事で載っていた。

 

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積まれた金でどこでもそうだが、巨大なインフラが建つ。1例を上げれば・与那国町のごみ処理施設の建設事業費には、防衛施設周辺施設整備助成事業という防衛省補助金21億円が使われた。本来は厚労省の管轄だろう?

自衛隊基地の土地使用料収入年間1500万円を活用して、町の給食費無償化が実施される。あたかも軍事基地開設の「恩恵」と映るが、本来、離島の教育や医療、衛生といった社会サービスの水準は、いわばナショナルミニマムとして、基地の存在とは無関係に保障されるべきものだ!「離島の福祉水準の引き上げ」が、「軍事要塞化」と引き換えになっている現状ととらえ直し、憲法の保障する「健康で文化的な生活」との対比でその現状のいびつさを考えるべきだ。

 

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有事最前線の島では、中国との戦争に巻き込まれる可能性に、赴任する医師が無いという。自衛隊は医官の派遣を模索したが、「医療をまるごと自衛隊に任せれば、島は2度と自衛隊依存から抜け出せなくなる」と、受け入れていない。

 

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1度受け入れたら、歯止めの効かない現状に、恐ろしくなったのだろう。その恐ろしいと思う感情は大事だ。

 

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約束を守らないのは、この国の政府の常とう手段だ。

 

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基地があるから、攻撃される・・・・

 

今頃、気づいたのかということはさておいて、

 

基地も何もない原野に、爆弾は落とさない。基地があり、自国に向けられたミサイルがあるから攻撃するのだ。

 

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住民のこんな声もある。

 

4期16年・・・気づいたなら、こうして声を上げて欲しい、今だ反対の声を上げる、貴方の街の住民と今からだって連帯できるよ。

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いつの間にか、キャップ付きになって・・・1000mlだったのが、900mlになっていた。値段は変わらないが、中味を減らす値上げ。

 

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牛乳パックは、古紙として再生できると聞くが、プラを増やして、何だかななのだ。

 

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最近はモズが元気。

 

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雉はますますうるさい。

 

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峯さん土産・・冷凍しておくと、美味しさ変わらず保存できると分かった!・佐野の有名な「桜アンパン」。笠木さんが好きだったな。

 

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近年めっきり花を咲かせなかった、山ツツジ。今年は何故か咲いた。

 

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3月のコンサート後しばらくぶりのロストだった。

思い出すのもつらかった、3月のコンサートの俺のギター。

まぁ、実際のステージではほぼフォークはボーカルが持っていてしまうから、俺のよたよたのギターを気になったお客さんは少ないだろう・・・・

 

 

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練習はうそをつかない。

それなりに練習した。

練習は座ってやっていたが、ステージは立って弾く。これが問題で、弦に対しピックの当たり方が違うのが大きい。自主練習も定期練習も、立って行うを実行した。

 

これが功を奏したか?

 

今のところ、8月のコンサートが決まっている。1時間。

演目も決めた。

新曲は1曲。これが難物と思ったが、ソロ順なども決まり、旨く歌手の声質に合わせたアレンジが出来た気がする。

 

そしてまだ進化しそうな構想がある。ますえの三線を入れたい。そうすると、ベースは峯さんにでも頼むか?

 

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何だか、スイーツの集まる日だった・・・・

 

わし、チョコは好きなのだ。白いなんとかはいらない。