いつも正門前が綺麗な浦添中学校。
2月からガイドツアーが毎月続いている。後は6月に入っていて、それで、お仕舞。
10月か11月に1人でまったり旅で多分、今年は終わり。およそ3つの基本ツアーのうちの1つが今回で、毎年行っている場所なので、詳しい解説はしないで、ダイジェストに記録する。
ミッキーがお世話になっているベーベー達がメンバー。長野・岐阜のベーベー(もうすぐおばぁかっ?)なので、題して「NGベーベーと行く沖縄」である。
初日は午後2時那覇の行程なので、せんべろで乾いた喉を潤し、市場など歩いて買い物の品物色だった。2日目のメイン、激戦地「前田高地」を歩く・そして「佐喜眞美術館」観賞だった。浦添の民俗文化財など見ながら前田高地に向かう。
火の神様・部落発祥の拝所など見学。
浦添は頑張っていて、この戦跡は今も調査が行われ、見学箇所が増えている。
まずはようどれ館で文化財やかの戦争のビデオを見る。
激戦の崖(ハクソーリッジ)に立ち、この激戦の主力、北海道の部隊の慰霊碑を拝む。
両軍のランドマークだったニードルロック(日本では為朝岩)。
3年前に整備され、ここも行けるようになった。
この兵員壕は2月には無かった。調査が終わり、公開された壕だ。重症者の収用が行われていたようだ。
タクシーを頼み、前田高地から宜野湾の佐喜眞美術館に行く。佐喜眞さんが粘り強い交渉を重ね、米軍基地だった土地を返還してもらい建てた美術館は、すごい収蔵品が季節を変えて展示されているが、何といっても丸木さんの「沖縄戦の図」が白眉。
わしは何度も見ているのでロビーでまったり、NGベーベーたちは、館長自ら詳しい解説をしていただき観賞したらしく、かなり有意義な時間だったようだ。
6月23日、慰霊に日に夕日が沈む屋上の階段と小窓の前で記念写真。
ここへ昇る階段は6段と23段で出来ている。
3日目、沖縄第二高女「白梅学徒隊」追体験だ。松山の丘に校舎があった。その跡地に立つ「白梅の乙女たち」の像。
彼女たちの勤務した八重岳第一外科壕からおよそ500m弱か?
この勢理ぐすく(ジリグスク)に立つ富盛の大獅子。ここから外科壕を狙撃する米軍の記録写真はすごい凄みがある。獅子には反撃した日本軍の弾痕が、今も生々しい。
外科壕に入る。わし、骨折中につき、階段は難儀。
外科壕はすぐに満員になり、後方の2つの自然壕に分院が出来る。
その1つ「ヌヌマチガマ」にガイド付きで入壕。
そして、南部へ南部へ撤退を重ねる軍と一緒に撤退を重ね、やがて進退窮まり、自決した2つの壕。そして亡くなった女子学徒たちを、生き残った仲間が建てた「白梅の塔」を見学、これで白梅の旅は終わる。
すぐそばには、世界中に戦争を仕掛ける米軍だが、ここで砲弾で死んだ、バクナー中将は、未だ米軍の戦争で死んだ最高位の軍人だ。連合国軍最高司令官だった彼の死以降、米軍はまさに弔い合戦となり、見境ない殺戮を行ってゆくのだった。これ以降の1週間は無防備な民間人まで銃を向けることとなった。
戦後、収容所から返された人々は、土地を耕すが、おびただしい人骨に悩まされ、米軍の許可のもと、骨を集め収骨堂を、お金を出し合い作る。作った方々の、浄財と名前が乾き切らないうちにコンクリに刻んでかかげてある。行政が後にあちこちに作る、立派なお金をかけた慰霊碑と違い、ものすごい凄みがある。ここは見せたかった場所・・・。
この後、ビーチに行く予定だった(少しは観光?)が、ビーチより、「荒崎海岸」に行ってみたいとのことだったので、「ひめゆりの自決の地」荒崎海岸に行く。
残念ながら、骨折に俺が歩ける海岸ではない。最後の写真は、昔撮った写真・モデルはせいごうちゃんである。海岸の防風林をぬけ、琉球石灰岩の鋭い岩肌の中を200m弱進むとこの「ひめゆり散華の地」にたどり着く。
こうして、今回の学びの旅は終わったのだった。
ウドが芽吹きはじめ、いつもの軟白を作るべく、囲ってもみ殻を入れる。
サツマイモになるコンテナの土の更新。馬糞多め。
肥料を買いに行く。これで在庫含め、秋まで困らない。
大根第一回間引き。育ちによって、1本立ちと2本立ち。
間引き大根が殊の外好き。
昨年壊滅的だったショウガ。やめようかと思ったが、大ショウガを止めて、中ショウガ。芽だしをネットで調べ直し、培養する土も新しいのにして、挑戦することにした。
深さなどマニュアルに従い・・・
温室で、上はビニールで覆う。
これらを、苗にすべく種を蒔いた。
4種の多肉植物の寄せ植え・・・1年でこぼれんばかりになる。
各種類確保して、増えた大半は処分して、新しき仕立てる。
もう少し太くなると香りが増すが・・・待ちきれず、蕗、初物。
1度植えたら、すごい繁殖力なので、育てるのを止めたが、それでも根が伸びて、あちこちに痩せたワラビが出る。まぁ、出れば食う。お山のワラビには勝てないが、それでもワラビ、初物。
新しい、クレソン島を発見した話は書いた。
さっそく、後日採集に向かった。
ベーコンは大きめに切り、オリーブオイルで炒める。熱々のご飯いヨシ・酒のつまみに最適。5食分ぐらい採ったから、しばらくクレソン。クレソンは4月から5月初旬が旬。大人の味の苦みもついて、香りも豊か。
ナムルにするとクセがかなり穏やかになる。
クレソンの旨しおビーフン。
三つ葉の吸い物が美味い。
第二回タラの芽。
相対的に貧しい離島を狙い撃ち。宮古・石垣・与那国と自衛隊の前線基地が浸食している。
反対運動をしている方々の島で、若い子育て世代のベーベーが「基地が出来て、給食費が無償になって助かります」とインタビューに応えていた。
4期16年町長を務め、まさに基地誘致を主導した男のインタビューが沖縄タイムスに1面含む大きな記事で載っていた。
積まれた金でどこでもそうだが、巨大なインフラが建つ。1例を上げれば・与那国町のごみ処理施設の建設事業費には、防衛施設周辺施設整備助成事業という防衛省補助金21億円が使われた。本来は厚労省の管轄だろう?
自衛隊基地の土地使用料収入年間1500万円を活用して、町の給食費無償化が実施される。あたかも軍事基地開設の「恩恵」と映るが、本来、離島の教育や医療、衛生といった社会サービスの水準は、いわばナショナルミニマムとして、基地の存在とは無関係に保障されるべきものだ!「離島の福祉水準の引き上げ」が、「軍事要塞化」と引き換えになっている現状ととらえ直し、憲法の保障する「健康で文化的な生活」との対比でその現状のいびつさを考えるべきだ。
有事最前線の島では、中国との戦争に巻き込まれる可能性に、赴任する医師が無いという。自衛隊は医官の派遣を模索したが、「医療をまるごと自衛隊に任せれば、島は2度と自衛隊依存から抜け出せなくなる」と、受け入れていない。
1度受け入れたら、歯止めの効かない現状に、恐ろしくなったのだろう。その恐ろしいと思う感情は大事だ。
約束を守らないのは、この国の政府の常とう手段だ。
基地があるから、攻撃される・・・・
今頃、気づいたのかということはさておいて、
基地も何もない原野に、爆弾は落とさない。基地があり、自国に向けられたミサイルがあるから攻撃するのだ。
住民のこんな声もある。
4期16年・・・気づいたなら、こうして声を上げて欲しい、今だ反対の声を上げる、貴方の街の住民と今からだって連帯できるよ。
いつの間にか、キャップ付きになって・・・1000mlだったのが、900mlになっていた。値段は変わらないが、中味を減らす値上げ。
牛乳パックは、古紙として再生できると聞くが、プラを増やして、何だかななのだ。
最近はモズが元気。
雉はますますうるさい。
峯さん土産・・冷凍しておくと、美味しさ変わらず保存できると分かった!・佐野の有名な「桜アンパン」。笠木さんが好きだったな。
近年めっきり花を咲かせなかった、山ツツジ。今年は何故か咲いた。
3月のコンサート後しばらくぶりのロストだった。
思い出すのもつらかった、3月のコンサートの俺のギター。
まぁ、実際のステージではほぼフォークはボーカルが持っていてしまうから、俺のよたよたのギターを気になったお客さんは少ないだろう・・・・
練習はうそをつかない。
それなりに練習した。
練習は座ってやっていたが、ステージは立って弾く。これが問題で、弦に対しピックの当たり方が違うのが大きい。自主練習も定期練習も、立って行うを実行した。
これが功を奏したか?
今のところ、8月のコンサートが決まっている。1時間。
演目も決めた。
新曲は1曲。これが難物と思ったが、ソロ順なども決まり、旨く歌手の声質に合わせたアレンジが出来た気がする。
そしてまだ進化しそうな構想がある。ますえの三線を入れたい。そうすると、ベースは峯さんにでも頼むか?
何だか、スイーツの集まる日だった・・・・
わし、チョコは好きなのだ。白いなんとかはいらない。
カウンター席10の店は、いつ行っても満席。俺の30年来の行きつけの店だ。
2人の時は予約・3人の時はメンバーを見て予約・4人からは申し訳ないので行かない(マイルール)。女房もお気に入りで子供をここに連れてきたくて、2月沖縄で、マスターに頼んだら、空けておきますとまぁ常連ならではか?ありがたかった。
ちょっと癖のある泡盛が飲みたく、島の島酒、伊是名村の「常盤」にした。
乾杯!そしてお通しのモズク。
するるー(きびなご)の南蛮漬けとキラちゃんご所望の海ブドウ。ここのは新鮮なので、薄い塩味で味わう。
やはり大人気だった「島豆腐揚げ」。美味いったらうまい。
外に2席、立ち飲みスペース。
こちらの「ソーミンチャンプ(そうめんちゃんぷるー)」は沖縄で1番美味い。
キラちゃんがとても喜んだ「島かまぼこ揚げ」。最近の新メニュー。
しっかりした歯ごたえに、ワサビが合う。
こちらも最近のメニューか?あおさとモズクの佃煮。
しかしこれは、つまみより、熱々のごはんが欲しかった。
最後は、モズク天でお開き。初日の夜の那覇だった。
一足早く、孫を連れて観光に来ていたこのお方からメールがあって、タンパラヤに居るってんでちょいと覗いた。乾杯して少し話などして、初日の夜は暮れていった。
客層が若く、食い盛りなので店選びが今回は違う。まずはハイボールで乾杯!
海鮮が美味い「魚まる」にやってきた。寿司が仰山並ぶ。
俺は島の高級魚、ミーバイの刺身で行った。
お代わりは、泡盛のロック。
若いというのは、羨ましいほど食べる。昨日のリバイバルで島豆腐揚げとソーメンチャンプルー。
キラちゃんは、寿司のエンガワ追加で・・・
最後は、和牛炙り寿司で2日目の夜は暮れていったのだった。
3日目・最後の夜は、女房の希望でタンパラヤ。
乾杯!
皆、この沖縄そばがお目当て。実に、これだけは美味しい。
さくらは、フーチャンップルーが大好き。
な・・・感じ。おそろいのオリオンビールTシャツにハイビスカスの花飾り。
今、トレンドらしく、国際通りを歩くと、ベーベーや子供たちは、皆、オリオンTシャツとハイビスカス飾りで歩いているぜ。
メニューが増えた。せいぼーも頑張ってるのか?
鳥かわ餃子がメニューに加わって、美味しいぜ。
酒も、高級なやつがワンショット500円で飲めるようになっていた。
さっそく「泡波」!久々に飲んだが、やっぱり美味しい。
こうして、今回の夜の那覇は、終わったのだった。うりずんの沖縄旅日記も終わりなのだ。
悲しい・・・最終。
風なし・・風があれば、桜吹雪か?半分、葉桜。
八重は、少し遅れて、見ごろであった。
新緑に、桜やハナミズキ、ツツジなどあって、広い。
この公園は、よく整備されているが、散歩が数組と広さに対し、人が少ないので、好き。
桜が終わるとツツジ、そしてハナミズキ。ツツジ咲き始め。
シュウカイドウ、満開。
新緑がね、俺は大好き。
公園の西側には大きな川があるのだが、この辺りは水が伏水していて、ところどころ湧いては、川にまた沈んで、湧いている場所に、クレソン島発見!!!
この日は、長靴など無いので、後日だな!!!