こんばんは!

 

タスと申します。

 

今日は、今の世間が求める学校って何なんだろう?ということを述べていきたいと思います。

 

今僕は教師になりたいと思って日々教育について学んでいます。もちろん教科での専門的な知識は勉強していますが、教師はそれだけでは無理です。それをしたいのであれば予備校や塾の講師になったほうが有意義な人生を送れると思います。

 

では、教師は何者であるのか?

私は教師というものは教育の専門家だと思っています。法律の専門家、料理の専門家と様々な専門家がいますが、教師は教育分野における専門家だと位置づけています。子供をどう教育していけば世間(国)の求める人材を育成していくことができるかを研究する。これが教師の責務だと思います。

 

しかし

教師は教育の専門家であるが、「教育」に関係のあるものすべてが教師のいる「学校」に責任があるのだろうか?

例を挙げるとすれば最近、苦情を入れる先は個人に対してではなく、その子供が通っている学校に入れることが多い傾向がありますよね。

おそらく苦情を入れる際学校に連絡するのが手っ取り早いという判断もあるのかもしれませんが、もう1つの考えに「社会のルールを教えているのは学校だから学校に責任がある」というのがあるのではないでしょうか。

 

そもそも論になりますが、社会におけるルールを教えるのは「親」であり、教育の責任者は親であるのは教育基本法にも記載されています。

だがいつの間にか学校にその責任が課せられるようになっている…

 

僕はここに世間が求める学校があるのではないかと思いました。

 

もともと学校というところは、子供たちの思考力、判断力、表現力を養う場であり、知識・能力を養う場でもある。また、学びに向かう力、人間性を養う場でもある。この3つが今の国が学校に求める人材である。

 

しかし、今世間が求めているものは違っている。いわゆる社会に生き延びていくために必要な受験に役立つ勉強や社会に出たときに必要なマナーやルールといったことを求めているのでないだろうか?

このような齟齬が生じている結果学校の教育についての疑問が表れている部分があるのではないかと思います。

 

これから、ますます学校における教育の責任範囲というのは拡大しつつあると予想していますが、教育のそもそもの目的を今一度見直して、社会にしってもらうことで学校の存在意義が学校側と世間との齟齬がなくなり、より集中的な教育をしていけると思います。

 

以上が今日の内容です…

んー文章が下手ですね。しかも、初めて述べるような内容じゃない気が…笑

勉強します笑

 

もしなにか思われた部分がありましたらコメントお願いします!歓迎いたします。

 

長々とすみません。これからもよろしくお願いします!!!