あれから、二年が過ぎた。
平安の都は荒れていた。当時の帝、令泉帝は奇行が目立ち2年で退位。その後令泉上皇となった。
元々、村上天皇の子である令泉帝はおかしかった。親である村上天皇の手紙の返事に陰茎の絵を描いて返した。帝になってから儀式の途中で冠を脱ぎ捨て、近くに居た命婦(みょうぶ:高級女官)を引きずり出して部屋に引き込んで姦した。その後も突然笑い出したり。周りの人々は帝は悪霊か鬼に憑かれたと噂した。
安部清明は帝のことを祈祷し、北東の鬼門に鬼が住んでいる、その鬼を退治すれば治ると言った。それで源頼光らが鬼退治に出かけた。
大内裏(だいだいり)は荒れていた。東の門は崩れ落ち、武徳殿(ぶとくでん)は荒れ果てた。宴の松原(えんのまつばら)は草木が生い茂り、野良犬が悠々と歩きまわる。
茨木童子は宴の松原の林の中から内裏の様子をうかがっていた。
(これが平安の都を司る場所か、この大内裏すら修(なお)そうともしない連中が都の政治(まつりごと)を行っているというのか)
老朽化した建物の廊下を人が歩く。遠くで女の笑い声が聞こえる。
(平安の都など、この中でくだらない連中が贅沢をして生きて行ける為にあるのか。帝になれば、しばらくして帝を辞めるといったり、醜く奪いあったり、官位が欲しいからと人まで殺したり。令泉帝の奇行の基が俺らのわけが無いだろう、安部清明とやらの祈祷師もいいかげんなものだ。こんなやつ等のおかげで、棟梁らが無くなった。夕霧までが居なくなった。渡辺綱や源頼光だけは許さん、しかし、一人ではどうしようもない…)
二年前、源頼光らが倒した酒呑童子の首は老ノ坂峠の首塚大明神に葬られた。都からそのような不吉な首を都には入れるな、とも突然石のように重くなって動かなくなったのでそこに埋めたとも言われているが本当のことはわからない。
(老ノ坂峠の首塚大明神。ここに酒呑童子が眠っていると言われる)
ふと見ると、木陰に野良犬がいた。右にも、左にも。しかし襲っては来ない。
(もしや)
茨木童子は犬笛のように、修練を積んだ人しか聞こえない声を出した。
(もしや、虎熊童子ではないのか)
(そうだ、茨木童子。久しぶりだのう。無事だったか)
(ああ、俺は無事だが酒呑童子も夕霧もこの世には居なくなった)
(そうか、わしは棟梁が亡くなった時に屋敷から必死で逃げてきた。鬼ヶ城もやられたのだろうな)
(やられた。夕霧も死んだ)
(そうか、それで敵討ちを探しているのか。茨木童子よ、今からわしの家に行こう。)
(行こう、どこにある)
(羅城門の裏手にある。ついてこい)
二人は、羅城門へ向かった。
渡辺綱は客人と酒を飲んでいた。
「最近は、鬼の話は聞かなくなったのう」
「確かに、あの酒呑童子以来鬼の話は聞かなくなった」
「なんでもあのときに逃げた鬼がいたそうではないか」
「なに、鬼一匹では何もできんよ」
「そういえば知っているか、近頃羅城門に妖怪が出ると。その正体は鬼だというものもある」
「久しぶりの鬼ではないか」
「鬼ならば、綱よ、お前の出番だ」
「もうそんなことは、どうでもよい」
「なんだ、近頃は怖気づいたのか」
「わしが何に怖気ねばならんのだ」
「鬼だよ」
「はっはっは、そんなものはおらんよ」
「行ってみればわかる」
「面倒くさいの、そこまで言うなら行ってやろう」