丹波には本当に鬼が棲む 父が亡くなった時の話【丹波の妖怪】 |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

 (これは父の病気の話ではなく、其の時に起こった怪奇現象の話です)


 もう何年前になるだろう。


 私の父が亡くなった。病名はすい臓癌治る確率が2%といわれる絶望的な癌。


 最初は健康診断の時にわかった小さな腫瘍を、癌になる前に取って置こうということで手術を行った。


 手術台の上にはカメラがぶら下げてあり、手術の一部始終を別室のモニターで見ることができる。私は息子ということもあり、そのモニターを見ることができた。


 手術は午前十時に始まった。最初に全身麻酔がかけられてしばらくした後、父親の腹部にメスが走った。お腹の脂肪というものは驚くほど分厚いものだった。すい臓は奥のほうにあるので、腹部を切り裂く長さも半端ではない。医師は宝箱の中の忘れ物を捜すように、父親の内臓を掻き分けてすい臓の場所を発見した。それから、すい臓の腫瘍を探り当てて一部分を切除することになる。


 しかし、医師はしばらく手を止めた。モニターからは細部まではよく見えない。しばらくして医師の手が動き始めた。焼き鳥で食べるレバーのような色をした切除物が医師の手のひらに乗った。


 しばらくして、手術中のはずの担当医の声がスピーカーを通して私を呼んだ。私は(なんだろう…)と思い手術室の入り口の扉まで移動した。まもなく扉が開けられてグリーンの手術着に帽子、マスク、手袋をした医師が看護士とともに出てきた。医師はこの手術の責任者となっている私と母に先ほど切除した肉片を、手のひらに乗せて見せた。


 その肉片は濃い意赤紫のきれいな肉片だった。しかし、中央にあった1センチほどの丸い変色部分に目が止まった。それを見ていた医師が説明を始めた。

 「最初は良性腫瘍ということで手術を始めたわけですが、これを見るとどうも癌の疑いも出てきました。それで予定より深く切除するべきかどうかを相談することにしました。どうされますか?」

 「すい臓ってどこまで切れるものなんですか」

 「そうですね、あと2,3センチですね。それ以上の場合は手術が急に難しくなります。中枢神経に気をつけてすい臓を取り除いた後大規模なバイパス手術が必要ですので、術後はいろいろと大変になります。」



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(すい臓を全部切除するということは胃の一部から小腸までが無くなるということでもある。)


 私はここで決断に迷った。私が父ならどうする。父は簡単に腫瘍を取り除けば普段どおりの生活に戻れると思って手術を受けたはずだった。わたしは医師に「バイパス手術にならないぎりぎりのところまで切除していただけますか」と伝えて手術が再開された。


 それから1年後、2度目の手術もむなしく、真夏の暑い日に父は亡くなった


 私はあのときの決断が正しかったかどうか、喪主を努めながら、ずっとそのことを考えながら葬儀をすすめた。


 父が灰になり、蒼天へと旅立った日の夜


 私は実家の二階で、嫁と布団を並べて眠りについた。眠る前に枕元で葬儀参列者の名簿を見ていて、それを頭の上に置いて寝た。


 夜中も深まった時、何かの物音らしいものがして、嫁が目を覚ました。


 部屋の中は蛍光灯の豆電灯が点いていた。彼女は目だけをゆっくりと「気配」のほうに動かした。気配の場所は私の頭上だった。彼女の目は一点を凝視した。


 (以下は彼女の記憶に頼る)


 私の頭上で青黒い肌をした小柄な生き物が、寝る前に私が見ていた名簿をゆっくりめくりながら見ていたという。彼女が状況を把握しようと、その生き物を見ていると気づかれてしまった。その生き物は顔だけ振り向いて彼女をじっと睨んだ。


 目が大きく鬼のような顔で、しかし角は無く、小柄で青黒い。


 その生き物は彼女に向かおうとした。彼女は身動きができないまま目を閉じた。


 (彼女はとにかく寝付けずに、目だけを閉じて朝を待った)


 目が覚めると朝だった。


 彼女はじっと私が起きるのを待って、夜中の話を聞かせてくれた。


 わたしは頭上の名簿を見てみた。名簿は無造作に壁際にまで移動していた。寝る前は枕の上に名簿をきちっと置いたはず。しかも私は寝相が良いほうで、いつも天井を向いて足首を交互に組んで寝る。左右に一度二度寝返りを打つ程度だ。


 「…ざしきわらし、って言う妖怪かな」


 「いや、違うと思う」


 彼女は「みずきしげる」が好きなので、ざしきわらしならばわかると言った。


 「大江山の鬼やろか、ツノあったの?」


 「そこまでよくわからへんけど、鬼に近い感じやった。小柄やったけど顔は怖かったで、私が見てるのがばれて怖い顔してこっちに来ようとしてたから、怖くて朝まで必死で目をつぶっててん」


 一体なんだったのだろう・・・、その後不幸といえば、私が経営していた小さな会社がつぶれた事くらいだろうか・・・。



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大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)


追記



 この地は京都の北にある丹波というところ。日本三景の天の橋立の近くには大江山という山がありそこには鬼が住んでいたという。大江山については後述するが、古事記に記された、崇神天皇の弟 日子坐王(ひこいますのみこ)が倒した土蜘蛛の話、そして、能の演目、大江山(五番目物の鬼退治物)にもなっている酒呑童子(しゅてんどうじ)の話がある。

 信長の部下であった明智光秀は、この丹波を平定した後に本能寺の変を起こした。この丹波の地は難攻不落の地で平定にはかなりの骨を折ったという。信長はそれがわかっていて光秀に対して不退転の覚悟を持たせるために、所領を没収してから丹波を攻めさせたのかもしれない。それが後々の本能寺へと動いていったのではないかと私は思っている。

 この丹波で長く光秀を悩ませたのが波多野氏と黒井城の赤井(荻野)悪衛門直正だ。直正は「丹波の赤鬼」と呼ばれていた。

 丹波地方は古くから鬼との関わりが深そうな所だ。

 今回の出来事もそう考えると、丹波のざしきわらしは鬼だったのかもしれない。

 

 怖くはあるが不思議とどこかに親しみを覚えるこの妖怪らしいものに、会ってみたい気がする。




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(壺坂寺の鬼さんは上の物語とは関係がありません)