小豆島の三都半島の畑で、一人のお年寄りに出会った。彼女はよくひとりで畑仕事をしていた。はじめは何気ない光景として見ていたけれど、いつも日暮れまで畑を耕している姿を見て、だんだんと話を聞いてみたいと思うようになった。夏の太陽が山影に隠れはじめた時、私は思い切って声をかけた。

私たちは畑のまんなかに腰を下ろして話をした。彼女は自分が今84歳であること。別の土地からこの地に嫁いで来たこと。身のまわりの家族のことなど色々な話をしてくれた。話好きなやさしい人で、私も気構えずに話を聞くことができた。

畑では今何を作っているのか聞いてみると、特にたいしたものは作っていないという。というのも、近頃は何を作ってもイノシシが畑を荒らして食べてしまうため、作るのが馬鹿らしいのだという。畑には少しばかりシソが生えていたが、これは唯一獣に食べられないと教えてくれた。

「シソはイノシシにも食べられんし、体にも良いから作りよんです。最近はシソジュースにして牛乳とまぜて飲みよんですけど、これがまあ、びっくりするくらいおいしいんです。」

シソと牛乳という組み合わせには少し戸惑ったけれど、ヨーグルトのような味わいと思うと少し納得がいった。畑には他に橙(だいだい)や栗の木も植えられていたが、これも同じく猿やカラスに食べられるとのことだった。昔は猿が橙を食べることなど無かったが、今は片っ端から皮を剥いて食べていくそうである。もとは人の領域だった畑が、今の猿にとっては野山と同じに見えるのかもしれない。三都半島には手入れがされなくなり、荒れてしまった畑がそこら中にある。野山の中に蜜柑の木を見つけ、ここも昔は畑であったと気づくのである。

「今はどこの畑も荒らしてしもて……荒れた畑の土はアスファルトみたいに固いんです。」彼女の独特な土の表現に笑ってしまったけれど、そう考えると三都半島の畑はほとんどアスファルトになっているように思えた。

昔は何を作っていたのか尋ねると、主にタバコと芋であったという。タバコは一反「990㎡」作って年間10万円程の収入で、昔はほとんどの農家が栽培していたという。タバコは出荷をする前に専用の乾燥小屋で、乾燥を行う必要があった。乾燥用の機械が無い時代には、どの農家も3、4日間寝ずの番で火を焚いて、タバコの葉を乾燥させていた。乾燥を終えたタバコはとてもいい匂いだったと、当時の思い出を語ってくれた。農家を象徴する建物だった乾燥小屋は、そのほとんどが老朽化のため取り壊されたそうだが、一部は今でも残っているとのことだった。

話をするうちに日が暮れかかってきたため、お互い帰るのにちょうどいい時間になったと思ったが、彼女はまだ畑に残るとのことだった。

「私は家でおってもろくなこと考えんので、こうして毎日畑に出てきて、日が暮れても畑仕事するんです。畑で草でも刈っとるほうが私は性に合っとんです」そう話す彼女には、昔の農家としての、慎ましい生き方が染みついているのだと思った。私は帰り際に彼女が耕した畑の土を手に握りしめた。畑の土は驚くほどやわらかく、この感触がいつまでも消えないことを願った。