相談日には妻の依頼により妻の両親にも大分から来ていただいた。
Y県への移動の車中は皆口数が少なく、相談場所であるA先生の自宅兼道場が近づくに連れ徐々に緊張感が高まった。
A先生の自宅兼道場に到着したが、A先生は不在であった。
出迎えてくれた次男によると東京からの戻りが遅れているという。
次男は祖父母が来ていることに随分と驚いていた。
それから30分後、A先生が戻ってきた。
相変わらずの威圧感に圧倒されそうになる。

A先生に祖父母を紹介し祖父母が持参した土産を渡す。
そのまま、次男達柔道部が練習している道場へ通された。
(この時、なぜ道場で?と非常に疑問に思った)
道場ではキャプテンである次男の掛け声の元、部員達が練習をしていた。
その横で話し合いが始まった。
「A先生、私達の希望は関西圏内の高校への進学です。関東の〇〇高校への進学という話にはとても驚いています。何とか希望通りの関西圏内への高校へ進学させてください」
「そんな希望は聞いていない。私は息子さんに良かれと思って〇〇高校の先生と十分相談の上、話を進めている。こちらこそ心外だ」
という内容を何度も繰り返す。私は冷静を保とうと必死だったが、業を煮やした妻が立ち上がり
「あなたの思い通りにさせない!」

と言い、A先生から

「無礼者!」

と一喝され、部員達がびっくりする場面もあった。
部員達の掛け声が響く中、虚しい話し合いが続く。30分位経過した頃、A先生が
「分かった。そこまで言うなら関西圏内の高校に進学すれば良い。ただし、関西圏内なら△△高校(Y県内の高校)だ。△△高校の監督は随分と息子さんのことを評価してくれており、前から「うちに来てくれ」と誘われている。△△高校なら良い」
と言い出し、言葉を失った。△△高校は確かにY県内では強豪高校であるが、全国ではほとんど無名である。次男も

「△△高校には行かない」

と明言している高校である。それを理解していてこのような提案をしてきたのだ。私は無性に悲しくなった。
A先生との付き合いは5年になるが、これまではA先生のことを信頼し尊敬もしていた。
A先生は自ら全日本柔道選手権に何度も出場するほどの名選手であり、指導者としてY県の◇◇高校を全国強豪校に導いた名将でもある。退職後は自らの道場で指導を行うとともに、次男の通う中学校から委託を受け柔道部の指導も行っている。全国でも指折りの指導者である。
次男が

「Y県に残って柔道をしたい」

と言った時、散々悩んだがA先生に預けることに同意したのだ。
A先生に預けた後、次男は順調に成長し前述したとおりの実績を残すことが出来、A先生に感謝していた。
それなのに、次男の大切な高校進学に際しては私達の意見を聞かず、自分の考えを押し通そうとしている。
「A先生もご承知のとおり△△高校への進学は息子も希望していません。他の高校に行かせてもらえませんか。具体的にはずっと息子が行きたいと希望していた大阪の☆☆高校です。☆☆高校の先生から「是非うちに来て欲しい」と非公式ですが私達にも挨拶がありました。是非、☆☆高校へ行かせてください」
と必死に訴えた。しかし、
「☆☆高校からの勧誘など一切ない。私が許可する高校以外には進学させない」
の一点ばりで話が前に進まない。1時間が経過した。
全くこちらの意見を聞いてくれない。一歩の譲歩も望めない。柔道ってこんな世界なのか?これが当たり前で私の考えが間違っているのか?A先生の言う通りに従ったほうが良いのか?私の頭の中はどう判断すべきか混乱していた。
お互いの頭を冷やすため、一旦、私達が息子と話し合って、改めてA先生に希望を伝えることとした。