我ら降伏せず | 太平洋戦争の傷痕 次世代への橋渡し

我ら降伏せず

諦めていた本が復刊されましたのでお知らせ致します

「我ら降伏せず」 田中徳祐著


太平洋戦争の傷痕 次世代への橋渡し

サイパン島が米軍に掃討されたのち生き残った日本兵はジャングルにてゲリラ戦を1年以上も続けた

タポチョのジャングルに潜んだ大場大尉

ハグマン半島に潜んだ田中少尉

戦争が終結したあとも投降せず米軍をとことん悩ませたが12月1日、遂に決心

しかし投降ではない

捕虜にはならないという断固なる決意にて交渉し

最後まで戦った日本兵として命令による投降となったのである


映画「太平洋の奇跡」の最後の投降の場面にて

47名が日本の本領を唄いながら堂々と行進するなか

号令を発していたのが著者田中徳裕です


激しい戦闘の全てから投降の場面までを記憶のある限り書き綴ってます

戦後、帰国した著者はサイパンにて無念にも散華した英霊のことを想い

すぐにこの本を書いた

昭和22年のことである

しかし当時のGHQの検閲に通らずお蔵入りとなった

昭和58年に出版の機会ができ書斎に眠っていた原稿を引っ張り出して

当時に書いたままを手直しせずに本にしたものです


間もなく絶版となっており

私は購入に機会がありませんでしたが、復刊希望の意を各方面に投書し続けました

今回復刊ドットコムにてこの本が再び多くの人に読んでもらえることとなったのです


サイパン戦の状況は大筋のことはどの書物も同じ内容なのである程度は把握できます

しかし肝心の司令官の自決の模様はさまざまです

この本を読んでまた一つ選択肢が増えてしまいました

生き残った人がわずかであり

その生き残りの人たちも長年口を塞いでました

記憶を辿っても全てが正確でないことは明らかです


しかし、あの綺麗な海、青い空のサイパンでの地獄の光景は実際にあったことです

この地獄はサイパンだけでなくほとんどの太平洋の島々でおこったことです

今は観光だけで賑わっている島々であっても

まだわずかたった70年前の出来事なのです


もっともっと多くの人が知っておかねばならない事実であると思います

そしていろんな島に遊びに行っても

そこで何がおこったのか知っておくだけでも

その土に眠っている英霊の慰めになるものと思います



我々のサイパン島での供養は来年35年めとなります

来年の冬は大がかりな供養となります

日時は2月9日お逮夜・千灯供養、10日流水灌頂供養、11日各激戦地供養

節目の年になるので精一杯お祈りしたいと思ってます