太平洋の奇跡 135連隊木谷敏男曹長のサイパン戦① | 太平洋戦争の傷痕 次世代への橋渡し

太平洋の奇跡 135連隊木谷敏男曹長のサイパン戦①

7月6日斉藤中将の命令でタポチョ山から地獄谷まで移動せよとの命令を受け

135連隊の20名の部下とともに移動した

その時、米艦船からの艦砲が司令部に被弾したのを目撃した

心配で様子を見に行くことにした


そこで木谷の見たものはサイパンの全陸軍の最高指揮官である斉藤義次師団長であったが、その姿に衝撃を受けた

弱弱しくやつれて、シャツは血で染まり、受けた傷には包帯が巻かれ、これが生きている人かと思われるほどであった

そしてその洞窟には50人ほどの各部隊の将校が集まっていた

その中に混じり斉藤中将の訓示を聞いた

それは南雲中将の発した訓示であった


木谷はその後、総攻撃に備え洞窟へ戻る途中に32人の兵隊を集めることができた

そして木谷はもう一度、司令部へ行くことにした

すると、洞窟の中央にローソクが二本立ち、その前に新しい白布が敷かれて、サラシに巻かれた軍刀が置かれていた

中央に南雲中将・斉藤中将が座り、その両脇に中部太平洋方面参謀長の矢野英雄と第三一軍参謀長である井桁敬治が並んでいた

すぐに死のうとしていることはわかったが、年齢的に玉砕の先頭に立つことは難しいため、防衛できなかった責任を取り、自決するということを知った


玉砕という言葉を初めて聞き、全身の力が抜けていくのがわかった

明朝の決死の突撃が死へ向かうものであることを、痛切に感じさせられたのである


並んだ4人は前に立っている将校に軽く頭を下げた

それぞれの副官が拳銃を取りだし正座している4人の後ろへまわった

ゆっくりと南雲・斉藤両中将が軍刀を取り上げサラシをうしろへ引いた

キラキラ光る刃がむき出しになると、刃先を腹にあて低く鋭い声で叫んだ

「天皇陛下、万歳」

ほとんど同時に4人の刃は腹を突き破った

一瞬の間をおいて副官たちが拳銃の弾丸を撃ちこんだ

7月6日の午前10時でした


突撃の指揮は43師団参謀長の鈴木卓爾大佐に任せられた

木谷は以前、鈴木大佐の元で戦ったことがあり喜びを感じていた

司令部を訪ねた木谷は鈴木大佐に旧友のように迎えられたが大事な任務を頼まれた


それは敵の戦闘配置を確かめることだった

夜を待って部下を引率し敵陣へ向い、敵を挑発しながら位置を確認していった

この報告をもとに鈴木大佐は作戦を決定したのです

そして道案内も兼ね、部隊の戦闘を任ぜられた


木谷は勝利がほとんど見込めないまま戦うのは初めてだった

この突撃に参加する兵士の半数以上が武器を持っていないことを知っていた

持っているものの中でも、棒の先に銃剣を縛りつけただけのものや、木の棒にありとあらゆる金具を縛りつけただけのものが少なくなかった

自分は一番最初に死ぬだろうと思った


バンザイ突撃が始まった

前方、百メートル先で炸裂した照明弾が、鈴木大佐の顔を照らした

大佐の顔が普段と変わらず、少しも動じてないのに感銘を受けた

差し迫った死に、たじらうこともなく、いかに敵に打撃を与えるかのみに心を向けているのだ

二つの高い丘が見えたとき鈴木大佐は木谷に改めて合図をするまで攻撃を待つように命じて本隊に戻って行った


しばらくして

ついに、後ろの方から突撃を合図する拳銃の音が鳴った

湧き上がる歓声を耳に、木谷は飛び上がるように立ち上がると暗闇の中を疾走した

彼の後ろを1500名の兵士が突撃していた

弾丸が飛び交い、手榴弾が炸裂する中を走っていると、柔らかいものを踏んだ

そして足のスネを掴まれた

思わず銃剣で突き刺した

掴んでいた力が緩むと同時に銃剣を抜いたが、次には銃弾を脇腹に受けてしまった

即座にそこに小銃を撃ちこみ、銃剣で突いた

肉体に食い込むまで突進した


照明弾があがると日本兵がバタバタ撃たれ倒れる姿が見えた

米軍の迫撃砲が10メートル先で数秒の間もおかぬ速さで規則的に発射されているのが見えた

持っていた手榴弾の一つを投げつけた

そしてジープに引かれていたトレーラーに向かって突っ走り、もう一つを投げ込んだ


その後、20メートルほど走ったとき、至近距離で榴弾が爆発し穴の中に吹き飛ばされた

しばらく意識を失ったが傷は無かった

起き上がると周囲は米兵ばかりいた

残っていた手榴弾を投げつけ、銃を腰に構えて撃ちつづけながら突撃を再開した

一刻も早く自分の命を終わらせてくれる敵弾を待ち望みながら、ひたすら突進し続けた


突然、目の前に黒い影が現れた

本能的に敵を貫きとおせとばかりに体重を一杯かけて身体ごと銃剣を突き刺した

ところが強い衝撃で跳ね返され銃剣は折れた

衝撃でしばらく起き上がれなかったが、上体を起こすとそこには大きなトラックがあり、そのタイヤに寄りかかっていた

体当たりした黒い影はトラックに映った自分の影だったのだ


遠くでまだ戦闘の音がしている

夜が白みはじめていた

木谷は敵の前線を超えてしまっていた

戻ろうと思ったが戦闘の音も消えそうになり、戻ってもどうにもならないとわかった

しかしどうすれば良いのだ

自分は死に損なってしまったのだ


薄明るくなったころ、木谷は敵に見つけられることも気にしないで立ち上がると、ジャングルに向かって静かに歩き出した