その1

全ての始まりは…

(歌手ソン・シギョンの誕生と恋人たち)

 

【注意:この物語はファン・フィクションです。キム・ヒョンソク氏という実在の人物名を借用しておりますが、すべては架空でありフィクションです。】

タシ トキ 作

登場人物

  A :ある放送制作会社で働くアシスタントプロデューサ

  P :Aの上司。プロデューサ

  B :Aの職場の後輩(男性)

  C :Aの職場の後輩(女性)

   I :Aの恋人

  G :警備員

 

 

第1 幕 1場

(2000 年X 月X 日 放送制作室X さほど広くないスタジオ件事務所。一方の壁は音響機

材や様々な機器が収まるラックに埋め尽くされ、2,3人のスタッフがそれぞれ

に働いている。反対側の壁は小さな録音室との境になる窓がありブラインドが下りている。

その手前に録音コンソール一式、部屋の中央には楕円形のテーブルとパイプ椅子が5,6脚

あり、テーブルには雑誌やチラシが広げられている。)壁際に立っていたアシスタントプロ

デューサA が、つけていたヘッドホンを外し、機器横のフックにかけ、紙資料に目を通して

いる。プロデューサP が入室。

A:(入室したプロデューサP の方を見て)チーフ、おはようございます。

スタッフB と C:おはようございます。(すぐに仕事に戻る)

P:ああ、おはよう。(テーブルへ歩み寄り、おいてあるチラシに目をやり何枚か手に取る)

A:コーヒーどうですか?

P:…もらおうか。ありがとう。

A:はい。(部屋の一角にある小さな流し台のほうへ行く)

(間もなく小さなお盆に湯気の立つマグカップを載せてA が戻ってくる。)

A:どうぞ。

P:サンキュー。(マグカップをとりすぐ一口飲む)あのサイバー歌謡祭、アップしてどのく

らいかな?

A:(キャビネットからファイルを取り出し、ぱらぱらとめくり、)二週間です。

  先々週の火曜日に日付が変わる瞬間でサイトを公開したので。

P:アクセス数、わかるかな?(マグカップをテーブルに置く)

A:先週いっぱいのはここに(と、ファイルのあるページを開いてプロデューサに渡す。)

  日曜日の深夜までの分で、それ以降はPC の中です。

P:オッケ。(ファイルの資料を見る)

A:(PC を操作しいくつかの画面を表示させる。振り向いてスタッフの一人B に)

  B 君、応募者の音源まとめたの、どこ?

(B がすぐにやってきて、別のPC を操作し、あるリストを立ち上げる。)

A:(B に)ありがとう。(ヘッドホンをつなぎ、プロデューサへ渡す。)

P:(画面のリストを見て)結構応募があるね…

A:そうですね。まだまだこれからだと思いますけど。

(P、黙って画面のいくつもの項目にポインターを当てたり、機器の調節をしたりする。)

P:…500 超えたら知らせてくれ。あと、音源は極端な雑音やボリューム不足以外は手を入

  れないで。

A:はい。

(P、リストをクリックしていくつかの音源を再生させる。時折うなずいたり、くすくす笑っ

 たりする。A とスタッフ仕事を続ける。)

暗転。

 

第1 幕 2場

(暗転のまま、同じスタジオ、下手スポットでA 登場。A の彼女の I がA に手を引かれ続く。)

A:(ささやき声で)こっち。足元、気を付けて。

I:…え~、何ここ。真っ暗じゃん!

( I の手を引き、暗がりを手探りでスタジオの手元灯スイッチを探してつける。部屋の中

   央あたりに弱い光。)

A:シーッ!(ささやき声で)詰所は遠いけど一応警備員さんはいるからな。

I:わけわかんない!一体何、見せたいものって?

A:見せたいんじゃない、聞いてほしいんだよ。

I:…話ならどこでもできるよ、もう…

A:(携帯画面の明かりで機材に電源を入れ操作している)話じゃないよ。音楽、音楽…

I:(不安そうにあたりを見渡し)え~…怒られてクビになっても知らないから…

(A、セッティングを完了し、彼女にヘッドホンを渡す。自分もヘッドセットを付け、)

A:いい?(PLAY▽ボタンに手をかける)

(彼女、しぶしぶヘッドホンを耳につける。A とI、機器のそばに立って流れてくる前奏に

聞き入る)

A:(前奏の途中で一時停止して)ね、すごいだろ、この音質!ボリュームちょうどいい?

I:(ヘッドホンから少し片耳を外して)あたしに音質を聞かれても…ちょうどいいよ。

(A ちょっと微笑んでまた再生ボタンを押す。「ネゲオヌンギル」流れる。二人とも無言。A

は目を閉じて聞き入る。I、しばらく空中に目を泳がせ、息を詰めやがて静かにゆっくり

と吐き出す。一番が終わったあたりでゆっくりとパイプ椅子に腰かける。曲が終わり、二人

は目を見合わせる。)

I:…(陶然。ゆっくりとヘッドホンを外し、震えるような声で)誰? ねえ、これ誰?テレビ 出てる人?

A:テレビ?(笑って) コンテストに応募してる人の一人だよ。この人は多分アマチュアだ

 よ。(静かに機器の電源を落とす。)

I:…そうなの……なんか…ありえない、この声…なんで…こんなの初めてよ。(少しの間沈黙。)Aちゃん、ありがと、聞かせてくれて。

A:(にこりとして)さあ、行こうか。

I:…(立ち上がろうとして)…ちょっと待って…

A:え?いや、そろそろここ出ないと。(彼女に目をやって)だいたい、なに座ってんの?

I:…立てない…さっき歌聞いているうちにもう、足の力が…

A:腰砕けかよ!(声を殺して大笑い)

(しばらく笑って、やがてA、 急に真面目な顔で彼女を見る。)

I:…どうしたの…

A:…いや、ただ…(彼女の椅子の横にひざまずく。)

I:ただ…何?

A:俺ね~、二人で聞きたかったの、これ。

I: …

A:…なんか、…すごいだろ。いいだろ?

I:…♡…

A:これ初めて聞いた時さ、君の家族に会いに行った日のこと思い出してた。…俺、まだ「あ

  んな仕事してるやつ」と思われてんのかな…?

I:(うつむく。 少しの間二人無言)………

A:こういう宝石の原石みたいなものを誰より早く見つける感動とか、あるんだけどな…きれ

  いごとばっかりとは言わないけど。

A 彼女:(顔を上げると、涙が一筋こぼれ落ちる)…父さんに…そう伝えるね…

(二人抱擁、キスする。)

(外に人の気配。警備員G の足音が近づく。)

G:(外からドアノブをガチャガチャいわせ、素早くドアを開けて入室、懐中電灯の光を二人

 に向ける)誰だ!? 何してる!?

(A、I にあたる光を遮るように警備員と彼女の間に立つ。I、ぱっと立ちあがる。A、それを 見て愕然とした表情。)

G:(よくA の顔を見てあきれ) A さん!何なんですか、こんな時間に。(部屋の明かりをつ

け、懐中電灯を消す)

A:あっ!…すみません!あの…

I:ごめんなさい、私が…あの、近くで二人で飲んでて具合が悪くなっちゃって…

G:(『その割には酒臭くないな~』と思いながら二人の顔を見比べ心中ニヤリとして、)そ

れにしても…先に知らせてくれればいいのに。

A とI:…すみません。

A:( I に)もう大丈夫?歩ける?

I:うん。(警備員G に頭を下げ)お世話になりました。

(A とI 、G の前を通り過ぎ部屋を出る。G、部屋の中の様子を確かめ、しばらく二人

を見送り、外へ出るドアが閉まる音がすると、明かりを消し、懐中電灯をつけ、歩き始め

る。)

G:(舌打ちして)っったく!俺なら応接室に行くよ、ソファーがある応接室に!

(G 上手へ消える。暗転)

 

第1幕 3場

(2場から数週間後)

1、2場の制作室に隣接する応接室を廊下から覗き見ているスタッフB,C とアシスタントプロデューサA。応接室には布張りのソファーがあり、そこに腰かける男性の横顔が少しだけ見えている。プロデューサが背後から近づき、目顔でスタッフたちに制作室に戻るよう促す。

(A,B,C,P 制作室に戻って)

P:(小声で厳しく)全く、子供じゃないんだから大騒ぎするな!プロに徹して自分の仕事を

  しろ‼

B:チーフ、まじっすか?あれ、ほんとにキム・ヒョンソク氏ですか?

P:(めんどくさそうに)ああ。

C:え~っ‼‼

A:(げんなり) だから俺がそうだって言ったじゃん!

P:(叱りつける)余計なことは言わんでいいから!とにかく、ちょろちょろ出てこないで

  ちゃんと仕事しとけ!

(P、テーブルに用意された資料を抱え、もう一度スタッフを一にらみすると、応接室へ入っ

 ていく。)

B:…(ひそひそと)あの歌謡祭の入賞者なんでしょ、用件は。

C:誰かしら?

B:…あの女の子のグループじゃないかな?

A:…いや、たぶんあの男子だろう。大学生の。

B:(A のほうに向きなおり)A さん、やけに自信ありげですね。…まあ、上手さはダントツ  とは思いますけど。

A:なんていうか…あの声はヒョンソク氏の歌を歌う声だよ。(そしてもし彼がプロになった あかつきにはヒョンソク氏や他の作曲者が彼のためにこぞって音楽を作るんじゃないか な?と想像するA)

C:ふ~ん…私まだちゃんと聞いてないんですよね、今ちょっとかけちゃってもいいですか?

  聞いてみたいわ。チーフ、まだしばらく戻ってこないでしょう?

A:(少し廊下の外の様子をうかがってから)じゃあ、ちょっと音しぼるね。ドア、ちゃんと

  閉めてるよね? (機器を操作する)

A:(女性スタッフに向かって)C さん、座って聞きなよ。(ネゲオヌンギル流れ始める)

C:(微笑んで)A さん、やさしいんですね、ありがとうございます。でも仕事もしないと、

  です!(流れる歌声の中、足取り軽くキャビネットへ向かい、何か機器を取り出し、 作業卓へ戻りながら)あ~、なんか素敵、この歌。いやされますね!

(仕事に戻る。音楽続く。)

A:(C の様子を見て首を傾げ) …効果には個人差あり?

B:(A を見て)…?

https://www.youtube.com/watch?v=-4MV7jYc0Io&list=OLAK5uy_nR-dBPeU8gv6KPL1gyAlY0kpfI7G88Q7c&index=13

 

終幕 エピローグ(あの夜、制作室を出た二人)

(手をつないで夜道を歩きながら)

A:なあ~…

I:ん?

A:なあ~~~、ちょっと傷つくんだけど…。

I:え、なにが? なんで?

A:なあ~、どうよ、さっきのあのリアクション?警備員さんがあの部屋に来た時、確か俺た    ちさあ、チューしてたんだよな?覚えてる?俺さ、今までで一番ってくらい I ちゃんのこ

  と「大好き!愛してる!」って気持ちだったのに(横目で彼女を見ながら半ば本気の文  句)何?あの元気なとび上がり!

  俺びっくりしたもんね。…歌聞いて腰砕け?…彼氏がチューしてるのに元気に飛び上がる  って…(笑いをかみ殺しながら)俺のkissは歌以下?? ねえ、どうなの??

I:(顔が真っ赤。口の中でもごもご)そ、それは…警備員さんが怖かったから…

A:(疑いのまなざし)…

I:(くすくす笑い、)あ~、そう言われたら今になって効いてきたかも…歩けない!

(A の腕につかまる)

A:(ふざけて押し戻す)何を今さら、見え透いてるって!ほれ、ちゃんと歩け。

( I 、走り出す。A も走る。二人で笑いながらしばらく走る。)

(息が切れて二人とも走るのをやめ、立ち止まる。)

A:…家まで送るよ。

I:うん。

(二人歩きだす。雲がとぎれて紺色の空に三日月とまばらな星が現れる。)

A:(空を見て)星だ。

I:(空を見る)…。

(歩きながら)

A:宇宙ってさ、空気がないだろ。

I:宇宙?…うん。

A:真空だから。ほんとに何もない。物と物との間に。地球は大気ってもので包まれてるから

  さ。 え~と、なんだっけ?窒素とか酸素とかが混ざってる…。

I:うん…?

A:その大気があるから、それを振動させることで音って伝わるんだよ。宇宙は無音なんだ。

I:ふ~ん、そんなこと考えたこともなかった。そもそも息、できないじゃん。

A:息や気圧は装備で何とかなる。でも音が伝わらないんだ。……想像できる?俺、地球で

  よかった。

I:(吹き出して)なにを突拍子もないこと言いだすかと思ったら…

A:笑うなって。

I:ごめん!(にやにやしながら)でもA ちゃん、時々とんでもないところから話が始

  まるとき、あるもんね!

A:そうかあ?…そうかなあ。

I:時々ね。…でさ、大体いつも話がどこに着地するかって言ったら「いい音だ」とか

  「素敵な声だ」とか「新しい音楽だ」とか(笑う)

A:そうだよ、そこがツボだから。

(二人歩き続ける)

A:…仕事してるときじゃなくても、「ああ、聞こえるっていいなあ」とか思うことあるよ。

I:(微笑んでA を見る)

 

( I の家が近づいてくる。そして二人はまだ気づいていない、彼女の家の玄関の明かりに

照らし出される、ラグビー選手のような体格の中年男性が腕組みして仁王立ちになっている

シルエットに…)

―――完―――