自分が気づいていないだけで、去年から前兆はあったようだけど、取り巻く人たちが変わってきている。
今年に入って少しずつ様変わりし始め、9月に変革が起き、10月にコンプリート!!
という感覚。
嫌われたり←
無理して話合わせたり
久々連絡したり
久々連絡が来たり
少しずつ変わってきた。
具体的には、
『好きか嫌いか、合うか合わないか、楽か無理してるか』
の感覚が、研ぎ澄まされてきた、という感じ。
おかげで、去るものを追わず、というスタンスが、トライしやすくなってきたと思う。
そうせざるを得ないようなイザコザもあったけど、、それも感性を養うための神様からのプレゼントね、きっとね。
そんな中、もう一つ体感したことがある。
『SNSで見せる顔は、本当の顔じゃない』ってこと。
中にはそのまんまの人もいるのかもしれないけれど。
SNSに素晴らしい記事、いつもポジティブな記事、笑顔だらけの幸せ写真をアップロードしている人たちを見て、こう思ってた。
↓
胡散臭い、生活感がない
だけど対照的に、
憧れる、素晴らしいな
と思うときもあった。
実際会ったり、深く話したりして気づいたけれど、SNS通りの印象の人は誰一人としていなかった。
良くも悪くも。
SNSは幻想だ。
表向きにいい顔してるな とか
でもコレが素の姿かもしれない とか
頑張ってああ見せてるんだ とか
私と一緒じゃん とか
案外普通の人だな とか
ま、私は違うけど とか
意外にいい人かも とか...
実際の姿は、普通の生身の人間で、自分が勝手に抱いていた幻想キャラとは違ってた。
憧れ、みたいなものはなくなった。
より胡散臭さを感じるようになった人もいたし、ほんと様々。
自分が勝手にイメージを貼り付けてるだけなんだね。
SNSは幻想だ。
ここにおいても、
『好きか嫌いか、合うか合わないか、楽か無理してるか』
が、より明確に、より鮮明になった。
特に、自分が『無理している感覚』に敏感になった。
みんな違ってみんないいけど、当然自分と合わない人もいるし、SNSのよそ行きの顔を見て、それが全てだとその人を判断するのは浅はかだったな、と思った。
色んな『見せ方』があるもの。
SNSから温かさを感じるような人も確かにいるけれど、そういうのではなく、
『みんながいい人、って言ってるからいい人なはず。仲良くしなきゃ置いてかれる!』
というおかしな焦りが付きまとっていたこともよく分かった。
人は人、私は私!
あぁ、すっきり!
これで私もシンデレラガールね!

