大学病院の医者は、私のレントゲン写真を見て


「左の胸に大きな腫瘍がありますね、精密検査が必要です。できれば今日から入院してください。」


と言いました。


左の胸に大きな腫瘍がある、町医者と同じセリフでした。


私は、完全にパニック状態の中、大学病院の先生にも腫瘍って癌なんですかとか色々まくしたてるように


聞きましたが、大学病院の医者は精密検査をしないと、病名、治療方法などはわかりませんと少しうざそうに


答えただけでした。


当時、私は、都内の大学院の2年生で、実家も都内でしたが、1人暮らしを行っておりました。


実家の父親との折り合いが悪かったためです。


私は、コンビニのバイトを行いながら、家賃3万2千円のボロアパートに住み、大学院生活と公認会計士になるた


めの勉強を行っていました。いわゆるダブルスクールというやつです。たまに日雇いのバイトも行っておりました。


そして、私は真っ先に都内の母親に電話をしました。当時はまだ、携帯電話を持っていませんでした。


公衆電話から実家に電話すると、母親が出ました。


「お母さん、○○○だけど、今、大学病院で胸の検査を受けたんだよ、何か、俺の左の胸に大きな腫瘍があるみ


たいなんだよ」


と言いました。


母親は、


「何、○○○の胸に腫瘍があるの?、何で急に腫瘍ができるの、この前まで元気そうだったじゃない。」


と言い、案の定、状況が理解できてませんでした。無理もないと思います。


私は


「さっき医者から、今日から入院しなさいってい言われたよ、お母さんも、大学病院に来てくれない?」


といって母を呼び寄せました。


母親は、すぐに駆けつけてくれました。母親はとても心配している顔をしていました。


母親が来るとすぐに入院の手続きを済ませ、内科の病棟に入院しました。


そのうち、医者が病棟に来ました、医者は


「翌日、CTスキャンと腫瘍細胞を搾取し、腫瘍細胞を調べます。何の腫瘍かは明後日わかりますので、そこで


今後の治療方針を話し合いましょう。」


といいました。


その日から入院生活がはじまりました。病棟のベットの中で私は不安で不安で仕方ありませんでした。心の中で


頼む良性の腫瘍であってくれ、無事に退院させてくれと何度も祈りました。


やはり、不安でなかなか、眠りにつけませんでした。不安で眠れないと看護士さんに言うと、看護士さんは、


ハルシオンという睡眠薬をくれました。その睡眠薬を飲むと無意識のうちに眠りについていました。


しかし、2時間後には、息苦しくなり眼が覚めました。 今まで感じたのと同じ息苦しさで、やはり、俺の胸には


腫瘍があるんだと改めて思い知らされました。その後は、眠れずに朝を向かえました。





















やはり、私のいやな直感は的中しました。


医者が左の胸が真っ白になっているレントゲン写真を見ながら


「残念ですが左の胸にかなり大きな腫瘍がありますね、ここでは(町医者)治療ができませんので、大学病院に


紹介状を書きますので、そこで精密検査を受けて治療してください。」


といいました。


かなり大きな腫瘍、何だそれ、もちろん私は、訳がわからず、パニックに陥りました。


私は医者に


「腫瘍って何の腫瘍ですが? 良性ですか悪性なんですか? ちゃんと治るんですか?」


とまくしたてるように言いました。


医者は、いたって冷静に


「そういうことも全部ここではわからないんですよ、大学病院に行って精密検査を受けてください。」


と言いました。



パニックに陥ってからは、余り記憶がなく、気がつけば、大学病院についており、呼吸器外科で


診察待ちの状態でした。


診察待ちに間、私はきっと何かの間違えだ、大学病院で精密検査を受ければ、きっと問題なしになるに違いない


と心の中で祈っておりました。


そして、大学病院の先生の診察が始まり、受付で渡した紹介状を読んで、


「左の胸に腫瘍があるそうですね、まずレントゲンを採りましょう」


と私に言いレントゲンを採りました。


医者に再度呼ばれるまで さっきは、きっと何かの間違いだ、今度は左の胸に白い影は写らない


と心の中で祈りました。


そしてレントゲンの結果で出たため、再度医者に呼ばれました。


そこに、写っていたレントゲン写真は当たり前ですが、私の必死の祈りに、厳しい現実をたたきつけるもので、


先ほど町医者で取ったレントゲンと同じく、左の胸が一面真っ白でした。





 25歳の時、ある日突然、真夜中にパッと目が覚めました。息苦しい、胸が重い、そんな感覚が私を襲いました。


 今まで経験したことのない感覚でしたが、その時は病気と疑う気持ちは微塵も無く、知らないうちに夢にうなされたのかな程度に思っていました。


 次の日も同じようにベットに入り、いつもと同じように眠りにつきました。その日の真夜中2時くらいに、昨日とまったく同じ、息苦しい、胸が重い、感覚が私を襲い、またパッと覚めました。


 さすがにちょっと怖く感じましたが、今日は体調が悪いのかっと勝手に決め付けて、また、眠りつきました。


 この二日間で普段と変わったことは、夜寝ている最中に息が苦しくなることだけで、日中は普通に学生生活(大学院)を送り、食欲も旺盛で、酒も飲んでいました。

 

 夜息苦しくなって3日目は、無意識のうちに寝るのが怖くなったのか、いつも12時くらいには眠りについていましたが、その日は3時くらいまで起きていたのを覚えています。


 それでも、3時くらいに眠りにつきましたが、またしても、朝の5時くらいに初日に感じた息苦しい感覚が私を襲いまいた。


 さすがに、何かヤバイなと感じ、今日病院に行こうと決心しました。 その日はそのまま2度寝することなく、病院が開く朝9時までテレビなんかを見てすごし、朝9時になると、すぐに病院に行きました。


 病院に行く最中は、何の病気なんだろって不安になりもしたが、正直、当時は貧乏学生で初診料も含め3~4千円払うことになる診察料のことが頭に重くのしかかりました。なにしろ、当時は、1日500円程度で生活して貧乏学生でしたから。後で考えいると、診察料なんてどうでもよいことになるのですが・・・


 最初に行った病院は、町の内科でした。受付で症状を聞かれ、寝ているを胸が苦しくなると答えたのを覚えております。


 診察に入ると、医者からも症状について色々聞かれ、寝ていると胸が苦しくなると端的にこたえました。

医者も当時のちょっと肥満気味の血色の良い私を見て、単なる風邪程度に考えいるのではないかと私は感じました。

 診察が進み、それでは、念のため、胸部のレントゲンでもとりますかって医者言いい、私は、わかりましたと答えました。恥ずかしながら、レントゲンと聞いて、貧乏な私はいくらかかるのかなって診察料のことを考えレントゲン室に行ったことを覚えています。


 レントゲンを2枚とり、約5分後ぐらいに医者に再度呼ばれ、レントゲンの結果を見せられました。


 そのレントゲン写真は、異常な状態を示唆していることが明らかであり、左の肺がほぼ一面、真っ白で素人の私でも、ヤバイと直感的に感じるものでした。


 


 


私は都内で公認会計士として働く38歳の男です。

昨日、癌が再発していることが判明しました。

今思えば、癌との戦いは長いものです。


・13年前、私は、公認会計士の勉強を始めて5ヵ月後に癌に冒されていることが判りました。

・過酷な抗がん剤治療、肺等の摘出手術により心身ともボロボロになりました。

・それでも、公認会計士になる目標は諦めきれず、再度勉強を開始して、何とか合格できました。

・その後、結婚もし幸せになれるかと思った矢先、がん治療により、無精子症になっていることが判りました。

・そして、公認会計士(会計士補含む)になって10年目の今年、癌が再発しました。


私は癌になり様々な経験をしました。そんな心情、思いをブログに書きたいと思います。