昨日はおつかれさまでした🙇‍♂️

またしても突然の訪問、大変失礼とお邪魔致しました。

こちらのブログで毎月開催されていることは知っておりましたが、

日常の忙しさにかまけ、なかなかお伺いできませんでした。


しかし、その私たちが言う“忙しさ”がゆきみさんにお会いして旦那様の自転車で2000キロも走る話や、

ゆきみさんご自身も昼夜働き、家庭教師の仕事では数学も学び直して英数教えられるレベルになったとか、睡眠毎日2〜3時間よ。

などと明るく楽しそうに話す姿に毎日毎日疲れたと言っていた自分が恥ずかしい限りで、たくさんの元気を頂きました😣


話しを聞いていると本当にすごい方だといつも思います🙇‍♂️

私も頑張らなくっちゃ💦


本題のゆきおくん。

とても良い子です。

今はまだちょっと戸惑いや不安があるのかもしれませんが、この子、きちんと里親さんが見つかり、愛情を持って対話をすればすごく飼い主思いの賢いワンちゃんになると思いました。


目がとても優しいんです🥺

リブログの下に写真を数枚貼っておくので是非みてください。

この子、きっと立派な飼い主思いのワンコになると思います。


立ち姿も凛々しいです🥹👍




ゆきお、良い主人と出会えると良いな👍

その日もそうだった。

 

チラチラ舞い落ちる雪を尻目にドアの鍵穴を探す。

 

ドアを開けると闇の世界が広がっていた。

 

無造作に電気を点け辺りを見渡す。

 

寒々しい部屋が孝子の心を針で突く。

 

軽いため息をついて食事の支度に取りかかる。

 

もう長い年月が経ったような気がする。

 

中学生にしては大人びている孝子は、うっすら雪化粧をした外を窓越しに眺め思いに耽る。

 

あれは孝子が小学6年生の時だった。

 

母の変わり果てた姿を、、、

 

一生、、、

 

心に刻もうと、、、

 

決心した。

 

そう、私はあのとき決心したのだ。

 

生まれてくるはずの弟と一緒に「さようなら」も言わず遠い旅へ出てしまった。

 

父と孝子、孝子の妹一人と弟二人を残して。。。

 

母は弛緩出血だった。

 

残された父と孝子は、言葉では言い表せないショックを味わった。

 

母が荼毘に付すまで、これは誰かにウソだと言ってほしかった。

 

しかし、悪夢は覚めなかった。

 

つづく

 

まえがき

 

この話しは実話です。

私のお袋は昭和21年生まれの四女。

お袋の兄妹は五人姉妹。

五人姉妹の一番上の姉の子供、孝子さんの体験記です。

私と孝子さんとは従姉妹になるわけですが私とは一回り近く年は離れています。

 

私が幼少期の頃、お袋からたー(孝子さんのあだ名)やぱぱしゃん(たーのお父さん)のことをよく聞かされていました。

 

孝子さんも岩手県宮古市で生まれ育ち、このような現実が起きるまではその当時では決して困窮はしていない、

比較的裕福な生活を送っていました。

 

たーのことを話すとき、お袋はいつも泣いていました。

その話しを聞いて、私は子供ながらに両親が居るということがどんなに有り難いことなのか、なんとなくですが

いつもそんなことを考えていたように思います。

だからよく買い物のとき、荷物持ちで付いて行っていた。そんな幼少期の気持ちの記憶が私の中に残っています。

 

私のことは置いといて、次からは孝子さんの体験記のはじまりです。

 

※ 更新は不定期です。

 

 

 

ボクがここに来て、2回目のお正月🎍を過ごしたよ。皆んなでお正月料理を食べて楽しかったよ爆笑


あんちゃんがお仕事お休みだと、ボクは嬉しくなって、オラとポッ歩一緒に行くべ?と誘ってしまうんだ🐶




あんちゃんとのポッ歩、何が楽しいかって?普段は行けない、“遠い大きな公園”まで連れて行ってくれるんだ🐶


そして今年の冬は、冷え込みが厳しいからママが

お洋服を着せてくれたよ。水色とピンク色。どちらも亡きタラオ兄ちゃんのお下がりなんだって。

決して会うことは出来ないけれど、ボクはタラオ兄ちゃんの存在をこのお家でいつも感じてるんだ。

どこか似てるでしょ?




ボクはそんなに寒くないから大丈夫だよ!と言っても、ママは心配してボクに帽子を被せてくれるんだ。こんなの初めてだけど、悪くはないかな🤭


お友達もたくさん出来たよ❗️

朝、文化会館へ行くとたくさんのお友達が歓迎してくれるんだ。なんだか照れ臭いけど毎日楽しく過ごしてます🐶






テツと過ごした1月はあっという間に過ぎてしまいました😊