たろうです!






大工さんと同じで、
医療職って相当職人気質なところがあって、
ぼくもOTを極めたい!
なんて思っていた訳なんですが、、








結果、自分にはそれはできなかった。




なので、


ぼくは、
1つの専門領域にひたむきに向き合い続ける方を、本当に尊敬しています。




ぼくが思うに、
作業療法を極めた先にあるのは
作業療法であるだろうということと
と、
恐らくその先でも0が1になることは無いだろうなということ。



作業療法というサービスのクオリティは上がるかもしれない、
けど、
サービスを創り出す力は永遠に0だろう。




と、いうのも、、






療育に行っている長男、
今、月1回OTを受けています。
(混んでて、それが限界。)
この場合、
うちの長男の変化は
作業療法のおかげなのか?
それとも
ただ長男が成長したおかげなのか?





(なぜか知らないけど、あの全身不器用な彼が、

急に自転車に乗れるようになった。。)




これは、
かなりグレーな話題。
それでもOTを極めようとするならば、
そのような状況でも、
エビデンスを出せるよう事例検討としてまとめるであろうが、


それは究極的に言うと
利用者のためではなく、
作業療法のためであると、



そう思う訳です。






保育園も療育も、
親の視点をもって初めて気づいた。


困っている人たちがたくさんいるのに、
それをサポートしてくれる専門職が少なすぎる。



いま長男が行っている事業所も、
初診は半年以上待つらしい。






困っているのは
今なんだよ、今!





だから、
OTがいくら発達業界に優れた治療法を持ち込んだとしても、それを提供する場がなければしょうがない。






(某発達の治療法の勉強会で某OT先生に
「治療法の理論は素晴らしいと思いました。
ですが、サービスを提供する場が圧倒的に少なくそれについてはどう思うか?」といったような質問をしてみたが、そもそも質問の内容すら理解されなかった笑)




よって、いまの作業療法は、
提供する場を増やす力はほぼないと言っていい。



0を1にする力は、ない。



少なくともぼくには、ない。





これは明らかに
作業療法自体が
作業療法を提供するというスタンス
であったり、
リハビリを提供するというスタンス

であることが原因だと思う。
(臨床をする人を育てる訳だから、
当たり前と言えば当たり前なんですが。)



そして、ぼくが最近感じてしまっているのが、
リハビリを提供するという作業自体、


地球上に生えているすべての木の数を数えろ


とかっていう、
理論的には可能、
だけれども
現実的には不可能
な単調な課題を突きつけられている気がして辛い。





だからひたむきにOTとして、
その他専門職としてサービスを提供し続ける人を本当に尊敬しています。




そんなこんなで、






ぼくに必要なのは
サービスを提供する力ではなく、
サービスを創り出す力が必要であって、




それには、
作業療法士という資格ではなく作業療法の理論
があればよいのかなと思った次第でありまして、






この度、





次のステージに行くための小さなステップを踏み出しました。






保育士試験

受験してきました!

(もう先月の話)




気になる結果は次の記事に、、。