あそこの旦那、急性心筋梗塞だってさ

あそこの旦那、急性心筋梗塞だってさ

50歳、二児の父親。一人会社の社長が急性心筋梗塞になる直前から救急搬送、手術、入院。その後の日々を綴っていきます。

急性心筋梗塞は分かったけど、ところで一体、どこが詰まったの?

って、思われますよね。

なので今回、ICUとHCUの話をする予定でしたが、

急遽変更してどこが詰まってしまったのかをまず説明させて頂こうと思います。

 

ICUは聞いた事あるけど、HCUって何?

 

って、気になってしまった方。ごめんなさい。

すぐにUPしますのでお待ちください。

 

 

今回、救急搬送されて一命を取り留めた私の病巣は

 

『右冠動脈』

 

という場所でした。

 

心臓の筋肉へ血液を供給する『冠動脈』は3本。

右冠動脈・左冠動脈です。このうち左側は、左側へ回り込む動脈と、下側へ伸びる動脈の2本に枝分かれます。

 

 

太い血管から細い血管へと枝分かれして、草木の根のようになっているのですが、

この右側の一番太い箇所が詰まってしまいました。

 

写真は詰まった時と、ステントを入れて改善された後のものになります。

詳しくは分かりませんが、ステントが2本入っているとの事。

 

 

【ステントを入れる前の画像】

 

 

【ステントを入れた後の画像】

 

 

詰まる場所によって現れる『症状』が異なるようで、

問診や状態を診てある程度は何処ら辺が詰まっているか、予測できるみたいです。

 

私の場合、「右かも?」とあたりをつけたようで

まず先に左冠動脈へ行き造影剤を流したところ、本来は存在しない一番下側に右方向へ流れる血管を発見。

 

右冠動脈の閉塞だと確信したそうです。

 

この血管は右冠動脈が閉塞気味になると出来るもので、

おそらく1ヶ月前の初期症状前から少しづつ詰まっていって…

 

血流をカバーするためにせっせと伸ばしてくれていたんですね。

人体の不思議。。。

 

ただ、同じ人間ですから

血管の形や太さは、ある程度の類似性があるにしても

それこそ十人十色。何処が詰まってしまうか誰にも分かりません。

 

分かっているのは、血管が詰まる要因だけ。

ストレス暴飲暴食タバコ運動不足などなど。

 

詰まってしまう前に出来ることから少しづつ。

そんなキッカケになれたら嬉しいです。

 

 

 

 

今回は本編から少し脱線して、

手術入院を経験した方なら共感して頂けるのではないかと思うアレについて。

そう。「尿管カテーテル」 についてお話しします。

 

 

⚠️苦手な方は申し訳ありません。🙇個人差もある話と思いますので、

あくまでも個人の感想として読んで頂けたら嬉しいです。

 

 

そう、アレです。術後に地味に辛いやつ。

全身麻酔に限らず、ベッドに絶対安静の状態で継続的な点滴を受ける場合に処置されますよね。

 

実は私、8年ほど前に経験済み。慢性副鼻腔炎の手術を受けた際に処置されました。

 

あれは31歳の誕生日間近の1月中旬。

突然 鼻の奥がツーン…そしてサラサラの透明な鼻水 が!

 

「風邪かな?」と思ったら、まさかの 花粉症デビュー でした。

 

30代でまさかの花粉症デビュー!

それまでアレルギーとは無縁だったのに、突然の アラサーデビュー 。

アレルギーテストを受けたところ、 スギがランク6以上(ぶっちぎり!) 、ヒノキがランク4。

 

そこから毎年 1月中旬~5月中旬 まで、鼻炎・くしゃみ・目のかゆみに悩まされる日々…。

 

そして40歳になった年、花粉シーズン中にひいた 風邪が原因で急性副鼻腔炎 に。

町の小さな耳鼻咽喉科にかかるも治らず1年が経ち、

病院を変えたところ、慢性副鼻腔炎の診断。(ものすごく怒られました…。)

手術をする事になりました。

 

大学病院での入院、そして手術へ

紹介された大学病院で検査を受け、入院・手術の日が決定。

手術当日、自分で 冷たい金属の手術台 に横たわり、酸素マスクを被せられました。

 

「じゃあ、麻酔しますねー」

 

という声。

その瞬間、硬いはずの手術台が ドロドロに溶けて身体が沈み込むような感覚 …。

次の瞬間には視界が暗く小さくなるように… 暗転 。

ハッと目覚めた時にはすでに4時間が経過していました。

 

目覚めと共に襲いかかる痛み…そして尿管カテーテル!

目が覚めた瞬間、まず 鼻の激痛 。

そして、それと同時に 下半身にも鋭い痛み 。

ヒリヒリした感じ…というか常時尿意w

 

(花粉症エピソードや副鼻腔炎の手術については後日、別のアカウントでUPするかもしれませんが、今回は省略です。)

 

その時は、どうしても我慢できず、申し訳ないと思いつつ看護師さんに相談。

直ぐに抜いてもらいました。

 

あの違和感と痛み、 経験した人にしか分からない辛さ ですよね…。

かなり個人差あるかもしれませんがw

 

で、

 

今回も入れられました。

本編では割愛したのですが、手首の止血後。(だったと思います。)

 

約2日間、ベッドに絶対安静。1日目は座るのもダメ。

 

そして詰まった箇所を探す為に入れた造影剤を出し切る為に、1本500mlの点滴を8本。

これも2日間。ず〜っと注入しなければならないという事で、処置。

 

「はぁ〜い!大きく息を吐いてくださぁ〜い!」

 

と女性の看護師さん。

 

すぐさま襲う激痛。

 

「ヒー!ヒー!ヒ〜ィ!」

 

大きくなんて息吐けません。痛くて(泣

無事(?)管が入り、常時尿意発動。ヒリヒリ痛い。

 

今回、正直一番辛かったのはこの時かもしれません。

 

絶望の宣告「あと2日は抜けません」

尿道カテーテルを入れた日はHCU(高度治療室)で過ごしたのですが、ほとんど眠ることが出来ず…

翌朝、血圧を測りに来てくれた看護師さんにダメ元で相談。

 

「尿管、抜いてもらえるの…いつになりそうですか?」

 

という問いに、前述の理由で最低でもあと2日は無理。との事。

本当に『orz』←これですよ。気持ちはw

 

ところが、不思議なことに 1日ほど経過した頃から常時尿意が薄れてきたんです。

 

「!? 慣れた…?」

どうやって尿が出ているのか、自分ではまったく分からない。

でも、 自分の意思とは関係なく排出されている ようで、だんだん気にならなくなっていきました。

 

患者さんも楽だし、看護師さんもルーティーンで尿の回収が出来るし、異常も発見しやすいし。

 

尿瓶だと汚したりイレギュラーなナースコールが発生しますからね。

本当に大発明だと思います。

 

 

太っ!!

そして2日が経過し、座ることが許されて。蒸しタオルで体を拭く事になったのですが

支給品のオムツを脱いで驚愕!

 

尿管!太っ!!

 

5~6mmのゴム管?シリコン?

乳白色の管が刺さっている…。途中で二股に分かれてる?

何だか想像していたモノより数倍ゴツいのが付いていてビックリしましたw

 

そしてついに…。

 

サヨナラ。忘れない。

とうとう『抜く』日がやってきました。
HCUから一般病室への引っ越しが決まった日。
HCUでの過ごし方をフランクに教えてくれた、気の良いお兄ちゃん看護師さん。
 
「抜きますよ〜っ♩」
 
と、カジュアルな感じでスッと抜いて、処置してくれました。
痛くないかと心配でしたが、ほとんど痛みは無く。
 
その後、自分で排泄する時も
ほとんど違和感無く出来ました。
 
ただ今回は
血液がサラサラになる薬を飲んでいたので、しばらくオムツに少量の赤いシミがついていて
1週間くらい違和感は残りましたが…
 
8年前は、
抜いた後2週間くらい排泄する度に激痛が襲ったり常にゴロゴロするような違和感があったことと比べると
雲泥の差です。
 
おそらく、それは入れたばかりの管を抜いたことで傷ついてしまった為ではないかというのが
私の出した結論です。
 
そんな事、看護師さんに聞けませんもん。
 
 
 
※次回からまた本編に戻ります。
術後のICUからHCUで過ごした2日間を書いてみたいと思います!
 
 

 

 

難しい手術、そして不安

どうやらとても難しい位置が詰まっているらしい。

執刀医の言葉につられて目を開けると、モノクロの画面を見つめながら手元を操作する姿が映る。

画面には、先端が少し曲がった針金のような物体が揺れながら映し出されていた。

 

『大丈夫なのだろうか…』

不安がよぎる。すると突然——

 

「よし!いけた!俺って天才じゃん!!」

 

テンションの高い執刀医の声w

顔には出なかったが、心の中で笑ってしまった。

 

そして同時に、

『あぁ、この人はプロだな。』

と、強く実感する。

 

プロの仕事とは何か?

プロとは、絶対にやり遂げるという強い気持ちを持つ人のことなのだろう。

本気で集中しているからこそ、あの言葉が出るのだ。

 

もちろん、私も同じ気概で仕事に向き合っているが、ここまで自信を持って打ち込めているだろうか?

自分を天才と言えるほどの裏付けがあるだろうか。

「天才じゃん!」という言葉の裏には、果てしない努力がある。

 

努力なしに、あの言葉は出てこない。はず。

私も早く退院して仕事がしたい…!と、心から思った。

 

体の変化と安心の言葉

そんなことを考えている間に、私の体には変化が起きていた。

「よし!いけた!」の言葉とほぼ同時に、喉の圧迫感や胸の痛みが和らぎ始めた。

 

「先生。胸の痛みが小さくなりました。」

そう伝えると、

「頑張りましたね!もう大丈夫ですよ!」

と力強く返してくれる。

本当にカッコいい先生だ。

 

処置の最後のステップ

その後、看護師さんが「これを噛んで飲んでください」と2錠の細長い薬を口に入れてくれた。

味のしない、酸っぱいような渋いような薬。

 

そして「ニトロ。」という言葉が耳に入る。

左胸の上の方で『ポンッ』と軽い衝撃。

 

同時に、左肩から上腕、肘、前腕へと血管の中を何かが流れる感覚。

カテーテルを抜いているようだ。

 

「止血します。痛いですが我慢してくださいね。」

 

透明の四角いプラスチックのようなものを手首に当てられ、特殊な器具で空気を入れ始める。

1回押すごとに手首が痛む。何かを測りながら空気圧を微調整しているようだ。

 

調整後、マジックで何かを書き込んでいる。

 

——22時50分。止血を開始した時間。それは手術が終わった時間。

 

 

21時15分。

119番に電話をして、救急車が到着。搬送されて手術が終わるまで…

 

——1時間35分。

 

後日聞いた話ですが、

決定的な症状が現れてから処置完了まで1時間半で済んだのは、本当に運が良い事。奇跡に近い事だそうです。

 

日中、一人の時ではなく家族と一緒にいる時間に症状が現れ。

たまたま近くにあった消防署から2名の消防隊員が駆けつけてくれて。

救急隊員2名が来るまでの間に段取りを済ませ。

搬送先の病院がすぐに決まり。

その病院が一般車で約10分ほどの距離にあり。

交通量の少ない時間帯に走らせる事が出来て。

遅延無しで施術が出来た。

 

 

術後、ICUに運ばれて直ぐに新たな患者さんが来るとの事で、隣のHCUへ移動。

ベッドでのスマホ使用が許可されてから直ぐに家族宛に5秒くらいの自撮り動画を撮り、

この写真を撮影しました。

 

 

時間の書かれた止血帯。

 

たくさんの人に命を助けて貰った感謝の気持ちを忘れないよう。

生まれ変わった気持ちで全ての事に向き合う覚悟のシンボルとして。

 

 

ストレッチャーから手術台に乗せられて服を脱がされる。

寝巻き姿だった為、下半身はあっという間。少し恥ずかしい気持ちはあったが、それどころではない。

上半身はTシャツと寝巻き。

 

「衣類を切ってもいいですか?」

 

看護師さんにそう聞かれ、うなずく。

次の瞬間、Tシャツも寝巻きもなくなり、全裸にされていた。

どうやって脱がされたのかも分からないほどのスピード。

やっぱりハサミで切ったのかな?

お気に入りのTシャツだったけど…なんて、この後に及んで物欲が頭を擡げる。

浅ましい(笑

 

そして襲いくる、猛烈な寒気。

 

寒い……寒すぎる。

ガタガタと震え出し、止まらない。震えを抑えようと体に力を入れると、なぜかお尻の筋肉が痙攣する。

 

(全裸でお尻が震えてるオッサン……どう見られてるんだろうw)

 

こんな状況なのに、思わず笑いそうになる。

ついさっきまで「死ぬかもしれない」と宣告されていたはずなのに。

 

手首に管、そして局部の処理

「管を手首の血管に入れます。麻酔はしますが、痛いかもしれませんよ。」

女性の看護師さんの声。

その後、温かい『何か』を左手首にかけられ、少しだけチクッとする痛み。手のひらに温かい液体がかかる。

(ああ、これテレビで観た赤茶色の消毒液かな?)

 

どちらが先か記憶が朧げだが、続けて話しかけられる。

 

「足の血管から管を入れるかもしれないので、下の毛を剃りますね。」

 

……えっ。

あっという間に電動シェーバーでジョリジョリと剃られる感触。恥ずかしすぎるw

 

さらに温かい液体がかけられる。消毒液を人肌に温めてあるらしい。

そんな優しい配慮に感動。

でも今は冬。すぐに冷たくなり再び震え出す。

 

するとその時、体に何かが掛けられた。

ビニールっぽい感触のシート。

暖かい……!

少し震えが収まり、ホッとする。

 

カテーテル挿入、そして医師の……

「じゃあカテーテル入れますねー。」

手首にチクッとした痛みが走る。次の瞬間、ズズズ……と何かが痛みを伴って血管を進んでいく感覚。

前腕から肘、上腕へと移動し、肩の下あたりでスッと消えた。

 

本当に不謹慎な話ではありますが、何もかも初めての経験。

自分が今、どんな状況なのか知りたい気持ちが強い。

 

でも、息苦しさ、胸の痛み、寒さ、恥ずかしさ、不安……いろんな感情が入り混じり、

目を開けることは出来ず、ただただ耳を澄ませる。

 

心電図計の「ピッピッピッ」「ポポポポ」という電子音。医師と看護師の会話がそれに重なる。

 

…どのくらい経ったか分からないが、執刀医のセリフに意識のピントが合う。

 

「……あ、ここだ!……う~ん! これは難しいなぁ……。ヤバい。入るか?」


いつもと変わらぬ週末

その日も、本当にいつもと変わらない土曜日でした。

 

次男をスイミングスクールに連れていき、帰宅後はみんなで昼食。

そして近くの公園へ出かけて…。特に何ごともなく時間が過ぎていく。少し寒かったため、早めの18時頃に入浴。

晩御飯の鶏鍋を作って座卓で食事。食べ終わったのはいつもより少し遅めの20時半。

その後、録画していた『ナスカの地上絵』特集をみんなで見て、22時には寝る予定だったのですが…

 

21時15分、異変は突然に

突然、喉の奥に強い違和感が起こりました。

バーンと一気に来たのではなく、ドラムロールのように少しづつ、でも急速に強まっていく。

そのうち胸の中心、鎖骨から下に6cm程度、左右両側3cmほどの部分に、胸焼けした時のような痛みが。

 

「…またきた。」

 

少し焦りながらも平静を装い、座卓に腕を置きやや前傾に。

治るのを待ちましたが、症状は悪化するばかり。

前傾の姿勢が辛くなり、壁に寄りかかるように態勢を変えても痛みや苦しさは変わらない。

そのうち額に冷たい汗が浮かび、喉の違和感は声も出せないほど酷く。

 

妻に伝えたい、でも声が出ない

「このままではやばい。」

妻に状況を伝えたくてもテレビに夢中。

声が出ない。

何とか手を振り、「あー」「あー」と声を絞り出す。

ようやく気づいた妻は、怪訝そうな表情で「どうしたの?」と一言。

 

体が重く、座っていられない

「…ちょっとしんどいから、ほら、救急車呼ぶ前に相談する電話…調べてください。」

 

「え?どうしたの?辛いの?」と言いながらスマホを取り出す妻。

息子たちは相変わらずナスカの地上絵に夢中。

 

体感的には1分ほどだっただろうか。額の冷や汗は脂汗に変わり、ボタボタと流れ始め、手の指先が冷たく痺れ始めた。

目の両端がチカチカし、立ちくらみから貧血に至るような感覚に襲われる。このままでは本当にまずい。

「やっぱり救急車…」と伝えたところで、体が重くなり、座っていられず横に。

 

動揺する家族

「え?え?どうしたの?本当に具合悪いの?」

と少しづつ状況を理解してくれて、焦り出す妻。

 

そして、ようやく異変に気づく息子たち…。

 

「えー!お父さんどうしたの〜?ねえ、具合悪いの?」

心配して寄ってくる兄弟。

 

安心させようと笑顔を作るのですが、上手くいかない。

そのうち呼吸もしづらくなり、深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

天井をボーッと見ながら喉を抑えられているような圧迫感と両胸の痛みに耐える。

チカチカする視界。傍で妻が救急センターの方に状況を伝えている…。

 

次男が私の体を揺すり、「どうしたの〜っ?」と心配してくれるのですが、

ごめん。今はそっとしておいて…(笑)

と、意外と冷静な私。

 

…どのくらい経過したかわかりませんが、体感では本当にすぐ玄関のチャイムが鳴り、妻が応対。

その頃には目を開けていられずギュッと閉じたままだったので、うろ覚えですが救急隊というより消防隊の方が2名。

 

次男の反応w

突然の来客にテンションが上がる次男。LaQで作ったロボットを見せびらかす。

「あぁ、本当に人見知りしないなぁ、ウチの次男は。」と笑えてくる。

 

状況を伝える妻。消防隊の方が私に近寄り、「お名前は?言えますか?」と質問。辿々しく答える私。

次に「どこが痛いですか?」と質問されたのですが声を出すのが辛く、指で胸を指す。

すると血圧を測り始めて、ペンライトで目を照らされる。

そのうち、遠くから救急車のサイレンが聞こえ、近くで音が止まる。

 

妻のスマホが鳴る。しかし気づかない妻。

「スマホ鳴ってるよーっ。多分、あの救急車の人じゃない?」と思うのですが…

慌てている妻には聞こえていない様子。

 

そうこうしていると、どうやってわかったのか救急隊の方、おそらく2名?が合流。

テンションMAXの次男を長男が制し、少し離れた場所から心配そうに見ている。

 

その間、色々と体を触られたり質問されたりしたのは覚えているのですが…具体的な内容は忘れてしまいました。

ただ、「体温36度」という声だけは覚えています。

 

まさかの生理現象との戦い

「じゃあ病院行きますねー」と言われ、おそらく担架に乗せられた私。

それと同時に排泄をもよおす私。しかも大きい方。

 

「ちょっとトイレ…大きい方、行きたいです。」

 

と伝える私に、救急隊の方が強めに「我慢してくださーい!」と。

でもやっぱり漏らすのはちょっと…恥ずかしいですよと思い

 

「いや、すぐ終わりますから…」と伝えるのですが、却下される。

妻がテンパったのかw

「大丈夫!私も出産の時に出たから!」

といきなりカミングアウト。

口元が緩む。

 

その時、「便失禁」という言葉が聞こえ、「あ、もしかして気絶しそうになってる?」

と自分の置かれている状況に気づく。

 

「せーのっ!」と持ち上げられて移動。辛いのに少しワクワクしている私。

 

初めての救急搬送

救急車には、長男が1歳の頃、熱痙攣を起こした時に乗車した事がありましたが、

自分が救急搬送されるのは初めて。

不謹慎ながらも好奇心が勝ってしまう。

 

妻が長男に「おばあちゃん呼んだから、次男くんよろしくね!いい子にしててね!」と話している。

もう21時過ぎ…。

祖母の家は早寝だから、おそらく寝ている。迷惑をかけてしまった。

実母とはいえ、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

救急車に運ばれ、妻が乗車。

本当にすぐ出発。ものすごく揺れて、本当にすぐ病院に到着しました。

実際にどのくらいの時間が経ったのかはわからないですが、体感では5分かかっていませんでした。

急いでくれた救急車のドライバーさん。本当に感謝。

 

病院へ到着ーそして死の宣告

ストレッチャーで運ばれ、グルグルと流れる天井。

白い壁と、少しグレーがかった白色の大きな機械が印象的な広い空間へ運ばれる。

そこで妻は退出。

 

「頑張ってねー!大丈夫だから!」

 

笑顔で手を振る妻。

私も精一杯、笑って手を上げる。本当に、本当に感謝でいっぱいの気持ちになる。

 

「いつも本当にありがとう。いつも本当にごめんなさい。」

 

救急隊員の方々が看護師の方と短い情報交換を終えて退室する気配がしたので

「ありがとうございました」

と精一杯の声を出して見送る。

頷いてくれたような気がして、その仕草にも感謝の気持ちが込み上げる。

 

 

入れ替わるように、青い手術衣を着た若い医師が私に告げる。

 

「こんばんは。あなたは急性心筋梗塞の疑いがあります。正直に言いますが、死んでしまうかもしれません。助けるために全力を尽くします。頑張りましょう!」

 

…そんな感じに言われたように思う。

急性心筋梗塞という言葉と、死ぬというフレーズ。

そして全力を尽くすという、頼もしくカッコ良い言葉。

それがとても印象的に残っています。

 

…でも何か、他人事のような。

 

リアルさに欠けるというか、『死』というものが間近に迫っている状況が信じられない感覚。

大怪我をしているわけでも、激痛で気がおかしくなるほどでもない。

 

それなのに…死ぬかもしれない?そうなの?

 

そんなチグハグな感覚。

 

そして…手術が始まりました。

 

 

ストレス?それとも病気?

ある平日の昼下がり、いつものようにパソコン作業をしていたときのこと。

急に喉の奥に違和感を覚えました。

異物が引っかかっているような、詰まるような感覚。

気になって手を止め首元を触ってみましたが、特にしこりがあるわけでもなく痛みもなし。

ただ、そこに"何か"があるような気がして落ち着かない。

 

五分ほどすると、嘘のように違和感は消えました。

「気のせいだったのかな?」と思いながらも、なんとなく不安が残ります。

そこで、スマホで「喉の詰まり 原因」と検索してみることに。

検索結果は…『ヒステリー球』の可能性?

すると、検索結果に出てきたのは『咽喉頭異常感症(ヒステリー球)』という言葉。

ストレスが主な原因とされ、心理的な負担が大きくなると悪化することもあるらしい…。

 

――思い当たりすぎる。

 

コロナ禍が過ぎた今、私の業界は厳しい状況が続いていました。

売上が低迷し、倒産する企業も少なくありません。

幸い、私は家族や仲間に支えられながら仕事を続けられていますが、それでも常にプレッシャーがのしかかる日々。

そして、大きな出費が予定されているタイミング…。

夜も眠れず、ストレスはピークに達していたのかもしれません。

 

「これが原因か…?」と納得しつつ、

スマホ画面に赤線で強調された『喉を診察してもらっても原因が分からない場合は』という言葉を見過ごしたまま、

自己診断をしてしまい、よく効く漢方があるようなので、今度、ドラッグストアで探してみるか。

なんて軽い気持ちで自分の症状に答えを出してしまったのです。

そして半月後、また同じ症状が…

それから一週間、二週間と何事もなく過ごしました。

「やっぱり気のせいだったのかも」と思い始めた頃です。

 

寒い夜、夕食を終え5歳の次男とお風呂に入り、長めに湯船に浸かりました。

お風呂上がり、のんびりしていたそのとき…。

喉の奥に再びあの違和感が襲ってきました。しかも前回よりも強め。

さらに、動悸が激しくなり

 

「…うわ、しんどい。」

 

と、思わず椅子に腰掛け深呼吸。

焦るほどに鼓動が乱れるような気がして、とにかく静かに息を整えました。

すると10分ほどで症状が落ち着き、15分後には何事もなかったかのように回復。

これって長風呂のせい?それとも…正常バイアスの恐怖

長湯が原因なのか?それとも、ストレスの蓄積が引き起こしているのか?

ネットの情報をうのみにするのは危険と分かっているけど、こうして症状が繰り返されるとやっぱり不安になりますよね。

 

でもこんな時に発動するのが『正常バイアス』です。 

 

半月前に初めて襲った違和感の時と同様に、

漢方で治るレベルの症状だからストレスさえ溜めなければ大丈夫!って、スルーしてしまいました。

この時、もし受信していたら…

もしかしたら違う現在を過ごしていたかも知れません。

 

コロナ禍で変わった生活習慣と健康診断のリアル

少し話が変わりますが、ここで当時の生活習慣と健康診断結果情報の一部をご紹介します。

 

新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに、生活パターンが大きく変わったのは私だけではないはず。

リモートワークが増えて、体を動かす機会が減った方、いませんか? 私はかなり減りました。

 

もともとBtoBの仕事よりBtoCを優先していたため、

定期的に外出することもなくデザインに集中していると一日中座ったまま。

たまに会社事務所へ行ったり、仲間との打ち合わせ、倉庫での検品をしていましたが、そういった機会も感染症予防の観点から直接会ったり伺う回数を減らし、先方で出来ることはお願いし、やり取りもリモートで対応する事が増えて…激減しました。

 

それでも、子供がいるので朝食と夕食は決まった時間に食べる習慣は変わらず。残った食事は夫婦で完食。昼食を抜く日は、だいたい15時ごろに間食することが多く、そんな生活が約4年続きました。

 

健康診断の結果は…?

 

そんな生活を続けた結果、最新の健康診断の数値はこちら👇

• 身長:170cm

• 体重:76kg(太り気味)

• LDL(悪玉コレステロール):132mg/dL(要経過観察レベル?)

• HDL(善玉コレステロール):35mg/dL(要注意!)

• TG(中性脂肪):207mg/dL(軽度異常)

• HbA1c(糖尿病指標):5.9%(通常)

• 血圧:110/60(通常)

 

要注意項目はあるものの、完全に異常値とは言い切れない微妙〜なライン。

お酒も飲まないし、タバコも吸わない。それでもこの数値。

不摂生と言われても仕方ないかもしれませんが、同じような方、意外と多いのでは?

 

そんな状態で息苦しさもなく、親族に心臓疾患も無く

 

「痩せないとなぁ。ダイエットしなくちゃ。」

 

というレベルの認識でした。

 

X-Dayの1週間前——

ある晴れた土曜日のこと。

次男坊をスイミングスクールへ連れて行くために、自転車に乗せて向かっていました。

距離にしてわずか1kmほど。しかし、その道中、予想外の異変が…。

 

中間地点に差し掛かったとき、突然、息苦しさを感じペースダウン。

 

「あれ?こんなに体力落ちたかな?」

 

と驚きつつ、何とかスイミングスクールへ到着。

しかし、心臓がドキドキし、階段を登るのが辛い。

 

「寝不足が原因かな?」

そう思いながら、スイミングの準備を済ませ、椅子に座ると、不思議とすぐに症状は収まり、正常に戻る。

「やっぱり寝不足か…」と、その場は深く考えずにスルーしてしまいました。

 

帰り道は特に問題なく、息切れもせずにいつものペースで自転車を漕ぐことができたので、

その後も何事もなかったかのように日常を過ごしました。

 

走っても大丈夫。

仕事もいつも通り。

入浴しても問題なし。

食事も排泄も普段通り。

 

何も異変はなかった……。

 

しかし、その翌週の土曜日 21時15分——人生最大のピンチが訪れるのです。