オフィスの備品棚をガサゴソやっていたら鉛筆を発見した。
「三菱鉛筆-NO.9800 」
どうせ誰も使用しないだろうと未使用のものをボックス毎頂戴してきた。
最近は何かとキーボードが文字表現のツールとなってしまい、筆記具を使う機会は少なそうだが僕は相変わらずシコシコとペンを走らす日々だ。
元々筆圧が強いため、一般のボールペンは殆ど使用しない。ここ数年はゼブラ社製ハイパージェルというジェルインクタイプのボールペンを愛用している。
頃合い見て文具屋に出掛け、一度に10本ほど購入する。ご存知のようにボールペンの構造は先端に金属製のボールが填め込まれており、このボールを紙の上で回転させ芯の中のインクを送り出す仕組みだ。
筆圧の強いヒトはこのボールを転がす部分に異常な力が入り、その反作用で手を傷めてしまう。
ボールペンで思い出すのが、映画『エンジェル・ハート』(1987年A.パーカー監督)。
この映画の中でミッキー・ローク演じる私立探偵がジョニィ・フェヴァリットという人物の生死を確かめるために、片田舎の病院を訪れる。時代設定は1955年。
病院の受付カウンターでジョニィの入退院記録をチェックすると、彼は1943年に転院したことになっている。
記録に残された担当医のサインを見た探偵は言う。
「この当時ボールペンで書いたとは変だなぁ」
ボールペンという筆記具が完成されたのは、おおよそ1943年。それが一般的に普及したのは50年代に入ってからである。だから、記載上の転院記録とそれにサインされた時間的なズレに気が付いて探偵は疑惑を持ち始めるというシーンだ。
鉛筆に話を戻すが、久しぶり手にした鉛筆の感触は実に新鮮だった。机の引き出しからカッターナイフを取り出し、丹念に削っていく。芯の部分を約5ミリくらいまで露出させ、その先を更に丸くなるように削る。仕上げに、紙の切れ端の上で、何度か試し書きをして太さを調整する。削り上がった鉛筆に鼻先を近づけると、プーンと木と微かな鉛の匂いがする。
黒鉛を含む芯の匂いだ。
鉛筆はこの黒鉛の量で「硬度」が段階分けされている。黒鉛の多い芯は軟らかく濃く、逆に黒鉛の少ないものは硬く薄い。
HBは最も一般的な鉛筆の硬度だが、実際どれ位の幅があるかというと、硬いほうで9H、軟らかい方で6Bまである。こんな感じである。
9H・8H・7H・6H・5H・4H・3H・2H・H・F・HB・B・2B・3B・4B・5B・6B
Hは「Hard」、Bは「Black」を意味している訳だが、意外と知られていないのが「F」。
以前若いヒトにそのことを尋ねてみたら、「Freeでしょう」という。(衣類じゃないっていうの)
FはFirmの頭文字で、“堅い”という意味です。
僕の親父に言わせると、昔のヒトは学習の前に鉛筆を一本一本削りながら精神の統一をしたというが結構眉唾な感じだ。確かにカチカチとノックして使うシャープペンシルでは、削る手間がない分愛着が沸きにくい。
三菱鉛筆と言えば「uni」が有名だ。昭和33年に発売されたロングセラーブランドである。更にハイエンド商品として「Hi‐uni」があるが、ダース価格で比較すると600円位高額だ。
uni鉛筆は小学生だった頃の憧れの鉛筆だった。赤紫のボディにオシリが円錐形で黒く塗装され、そこにゴールドのラインが刻み込まれている。プラスチックのケースに入っており、見るからに高級だった。まさに「大人のための鉛筆」で当時レタリングや設計の仕事をしていた伯母が愛用していた。
冒頭に書いたNO.9800 は、深いグリーンのボディに、金文字で「“MITSU-BISHI”9800」と刻印されている。よく見ると飽きのこない、なかなか渋いデザインである。(主に事務用に使用されているということだ)9800は1941年の発売なので、ユニよりも以前に発売された。当時の値段は1本80銭。さらに、三菱鉛筆には9000という商品もある。これは1950年の発売。僕が小学校の高学年で使用していたのは、確かこのNO.9000だったと記憶する。
9000に9800かぁ。精密機械でもない鉛筆のような製品に、こういうネーミングがされていているって、ちょっと素敵だ。こんな時代に、再び鉛筆の書き心地を楽しんでみるのも悪くない。
「鉛筆の先をナメナメ」というのも、忘れ去られようとしている風景なんだろうな。
