空港からのバス、ハバイストスルタンアフメトに。
イスタンブール観光の中心広場であるここからは、ブルーモスク、アヤソフィアなどの寺院が見え、広場にはでかいオベリスクが2本。
しかし雨。今は見学している場合ではない。
これからホテルに行って、荷物を置かなくては。
ホテルはここから歩いて15分ほどのはず。
早朝、誰もいない街を、Googleマップを頼りに、雨の中、ひたすら歩く。歩く。。
雨水は川のように道を流れ、ずぶ濡れになり、遭難しそうになったころ、
着いた。
アーメット エフェンディ コナギ (Ahmet Efendi Konagi) エクスペディアで、口コミ評価の高さからここに決めた。
とりあえず荷物を預け、そこらで朝食をとることに。
ホテルすぐ近くのパン屋に入り、菓子パンとトルココーヒーで一服。10リラ。
一息ついたところで、さっそく観光開始。
まずはバスを降りた、スルタンアフメト広場に戻ることに。モスクのミナレットを目印に、また雨の中を歩き始める。
トラムに乗ってみる。
中はこんな感じ。
フェリー乗り場のあるエミノニュ(Eminönü)で降り、とりあえずそこに泊ってたフェリーに飛び乗ってみる。
運賃はイスタンブールカードで払う。
イスタンブールのアジア側、カドキョイ(Kadıköy)行きであった。
ただやみくもに、その辺を歩き回る。
飽きたので、またフェリーに乗る。
乙女の塔が見える。
今度はカラキョイ(Karaköy)へ。
ガラタ塔が見える。そこを目指すことに。
塔を目指し、坂道を歩く。時おり雨が降る。
着いた。
朝だからか、雨だからか、観光シーズンではないからか…、人は少ない。
待ち時間ほぼ0で塔に登れる。
夏のハイシーズンには1時間待ちも当たり前のとことである。
塔の上では外の回廊を歩ける。
塔自体が高台に建っているので、非常に高い。したがって眺めが良い。天気が良ければもっと絶景だろう。
カモメがいる。逃げようともしない。
塔の最上階は喫茶室になっている。
ここでコーヒーを1杯飲んで、下に降りる。
塔から坂道を下り、ガラタ橋を渡ってエミノニュに戻る。
橋の下はレストラン。
呼び込みされるが断って通り過ぎる。
このレストランには、地元民向けのメニューと、観光客向けのメニュー(もちろんこちらが高い値段)の2種類があるんだとか。
ガラタ橋は1992年に火災で焼け落ち、今の橋はその後再建されたもの。
バブルの頃の懐かしい歌番組「ザ・ベストテン」、このガラタ橋の上で「飛んでイスタンブール」を歌う庄野真代を生中継したことがあるとか。
エミノニュに戻ったら、お約束の鯖サンドを。
鯖サンドに、ムール貝にお米を詰めて蒸した(?)もの。なかなか美味。
腹ごしらえができたところで、エジプシャン・バザールへ。
バザールに入る前から、野菜、果物、菓子、海産物などを商う店が並んでいる。
で、エジプシャン・バザールに入ったら…。
強烈なスパイスの香り、まばゆい光の洪水、反響する声。
圧倒的な人間のエネルギーを感じる。
店を冷やかしていると、日本語で話しかけてくる店員が多い。
みんな異様に上手な日本語を話す。
ガイドブックや、旅行者のブログなどでは、「日本語で話しかけてくる者に注意」みたいな記述をみることがあるが、外国人観光客にその国の言葉で売り込みをするのは当たり前のことだろう。
東京の築地場外でも店員の兄ちゃんは、英語、中国語、韓国語、スペイン語など、あらゆる言葉を勉強して呼び込みをしている。
バザールで声をかけられないと、バザールらしさがないというものだ。
「土産は明日買う予定なので、今日は見るだけ」と、日本語でのやり取りを楽しむ。
店員もしつこく付きまとうことなく、紳士的だ。
エジプシャン・バザールを抜け、そのままグランド・バザールへ。
入り口にはセキュリティがいて、金属探知ゲートをくぐらされる。これはエジプシャン・バザールも同じ。
こちらも中はすごい熱気。エジプシャン・バザールより広く、迷うこと間違いなし。
グランド・バザール内の両替所で、3万円をリラに換える。
レートは1万円=540リラ。空港での1万円=440リラというのが、いかにぼったくりのレートであったかがわかる。
グランド・バザールを抜けたところで、時刻は3時前。そろそろホテルでチェックインすることにする。
チェックインを済ませ、部屋で荷物を解く。
すでに歩数は2万歩を超えており、脚はパンパンだ。
Googleマップを見るとホテルから5分ほどのところにハマム(ハンマーム)があるのがわかる。
トルコに来てトルコ風呂を経験しないわけにはいかないだろう。
さっそく部屋を出て向かう。
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中東・イスラーム世界は、かつてのローマ帝国の東南部を征服した際に、ローマ人の浴場文化を引き継ぎ発展させたと考えられている。
常に心とともに身体を清潔に保つことを重んじるイスラムの教えに浴場の目的が合致するために、公衆浴場が一般に急速に普及していった側面もある。
イスラーム世界の都市では、ハンマームはモスク、神学校(マドラサ)に次いで重要なものだと考えられている。かつては各街区に必ずモスクや市場(スーク、バザール)とともにハンマームが存在し、多くのハンマームがワクフ(寄進財産)として維持建設されてきた。それらの公衆浴場とは別に、国家の君主・有力者は宮殿や自宅に私的な浴場・浴室を建設した。
〔Wikipediaから〕
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ハマムには、アヤソフィアに付随した「Ayasofya Hurrem Sultan Hamamu」https://www.ayasofyahamami.com/のように、超豪華、超高級(1回の入浴で1万数千円)のようなところもあれば、ジモピーが主な客の庶民的なところもある。
自分が行ったハマム「Kadırga Hamamı」は、もちろん後者だ。
派手な看板はないので、ちょっとわかりにくい。
狭い通路を奥に進むと、ハマムの入り口がある。
扉の向こうは脱衣所の広間。その広間に面して個室の脱衣室が並んでいる。
親父がメニューを示し、入浴、垢すり、マッサージのフルセットで75リラと言う。料金は後払いだ。
脱衣室の中で服を脱ぎ、腰に布を巻き付ける。そして浴室へ。
浴室に湯船はなく、蒸し風呂。そしてサウナが。
サウナに入ったり、外で水を浴びたりしていると垢すり(三助)が登場。
腹のでっぷり出たおっさんである。
おっさんの指示に従い、大理石の台の上でうつ伏せになったり仰向けになったり腰掛けたり。
全身をごしごし擦ってくれる。消しゴムの滓のような垢がびっくりするくらい出てくる。
おっさんは、「スクラブ!」、「マッサージ!」、「☆&%#*+▽!!」と叫びながら、体を擦り、石鹸を溶いたお湯を頭からかけてくる。
マッサージは悲鳴が出るほどきついが、脚がほぐれてくるのがわかる。
20分少々の垢すり、マッサージが終了。肌がつるつるになった。
このあと浴室に残ってサウナに入ったり、蒸し風呂で横になっていてもいいのだろうが、こちらはもう充分堪能したので外に出る。
広間に行くと椅子に座らされ、体、頭に乾いたタオルを巻いてくれる。ミノムシのような格好で、出されたチャイを飲む。
このハマムはどうやら由緒あるハマムらしい。1700年代にできたとある。(おそらく)
番台(?)も趣があり、その後ろにはこのハマムに関係する人の古い写真が飾られている。
着替えを終えてから、親父に断って写真を撮らせてもらう。
「どうもありがとう、それじゃ」と出ようとしたら、「おいおい!?」と親父。
そうだ、後払いの料金を払い忘れてた。(^^;
慌てて100リラ札を出し、釣りの25リラをチップに。これはちょっと奮発しすぎた。親父は喜んでいたが。(当たり前だ)
すっきりしたところで、またまたスルタンアフメト広場へ戻ってみた。
今度は2本のオベリスクをじっくり見たり、
アヤソフィアを眺めたり、
ブルーモスクを眺めたり。
このとき時間は5時半ころ。しかしまだ明るい。
冬至の翌日の5時半で日本ならもう真っ暗なはず。
イスタンブールの時間は、グリニッジ標準+3時間であるが、どうも経度とずれている感じがする。
このため冬にもかかわらず、夜は7時を過ぎてもまだ明るいが、朝は8時になってもまだ暗い。
ちなみに、ほぼ同経度のキエフはグリニッジ標準+2時間である。
さすがに疲れたので、ホテルに帰って休むことにする。
その前にどこかで食事をしたい。
ホテル近くの四つ角で、レストランの店員に声をかけられた。
広い窓をもった2階の店。ここならぼったくられることもないだろうと、店員について店に入ったのだが…。
まずはビール、そしてスープを注文。ちょっとした前菜と、メインはひき肉のケバブ。
と、ここで店内を見回すと、自分の他に客がいない。
で、メニューを見ると、一つ一つの料理がバカ高いではないか。
注文した料理の値段を頭の中で計算すると、700リラ(1万4千円)を超える。
ぼったくり店であったか!?。しかしメニューにちゃんと値段が示されているのだから、仕方がない。
店の親父は親しげに英語で話しかけてきて、「日本からか?」、「日本人は大好きだ」、「日本人はまじめで誠実だ」などとおべんちゃらを言う。
その誠実でまじめで大好きな日本人から“ぼる”つもりか?と口から出そうになったが、ぐっとこらえて料理を食べる。
ケバブはぱさぱさでまずかったが、スープは美味い。
このあといろんな店でスープを飲んだが、イスタンブーのスープはどれもめちゃめちゃ美味しかった。
料理が終わると、「サービスだ」と言って、チャイとトルコ菓子(バクラバという、パイにシロップをかけたもの)を出してくれる。
この菓子が、頭が痛くなるくらい甘い。
とても完食できず、半分残して勘定を頼む。
ドキドキしながら値段を見ると、250リラ。ん!?自分の計算と違う。いや、確かにこの内容で250リラ(5千円)は高いが、ぼったくりというほどのものでもない。もしかしたら日本人なので情けをかけられたか?そういえば勘定を頼んだあと、店の奥で親父と若い店員(息子か?)がなにやら言い合っていたような気もするが、この勘定についてのことだったんだろうか?
10リラをチップとして置いて店を出る。
ぼったくり店であったのか、単なる観光客値段の店であったのかは明らかでないが、食事するところを選ぶ際には、① 店頭に値段の入ったメニューが掲げられている店を選ぶ、② 客のいない店には入らない、の2つを教訓として得た。
2日目はこれにて終了。ホテルの部屋で死んだように眠った。
この日の歩数は2万5千歩だった。