誰かの人権も守れないような社会では
いつ自分の人権も侵害されるかも分からないということ 人が生まれながらに有する人権は
何人であっても守られなければいけないし
それが、近代民主国家の大原則
現に、外国人の人権すら守れない日本は
同国人の人権すら侵害している
政財界一致による構造転換の結果
仕事を奪われ
働く者の三人に一人が非正規雇用
働く者の四人に一人が、年収150万円未満
働く者の半数が、年収300万円未満
生存権すら脅かされる人を
この国は救おうともしない
それどころか、「自己責任」という言葉で
逆に責める始末
誰かの人権を守れないようでは
その矛先は、いつ誰に向けられてもおかしくない
だから、法やそれに携わるものは
例え、犯罪者の人権であっても
無料ボランティアであろうが
勘違いした正義感を持った馬鹿野郎に暴力を振るわれようが
守ろうとする
当然、外国人の人権すら守れないようであれば
日本人の人権も守られることはない
万人の人権を守ること
それはすなわち、万人のメリットなのです
◆上のコメントを、理論的に補足する関連日記
『なぜ障害者の人権を守るのか?』
社会全体、みんなの人権を守るために
障害者のみならず
万人の人権を守るのだ
障害者がかわいそうだからじゃないんだよ
そんな偽善じゃない
もちろん、本道は
誰もが生まれながらに有している人権だから
それが侵害されることはおかしいということだが
なぜ他人の人権を守ることが
自分のためになるかについて
以下に説明します
過去に、「なぜ犯罪者の人権を守るのか?」
という日記で書いた文章の再掲載ですが
論理は同じなので、紹介させていただきます
犯罪者の人権を守るのは
私たちみんなのためです
このニュースの中身はともあれ
この手の話題になると
「犯罪者に人権はない」
と、叫ぶ人たちがいる
しかし、犯罪者の人権を守ることは
私たちみんなのために必要なことなのです
人権は誰もが生まれながらに有しており
それを、誰からも奪われないために
法があります
このことは、現代の市民法、民主的法の根本です
社会をよりよく運営するために
人類が長い歴史を通じて、経験に学び
人権を社会のルールの根本に据えたのです
大勢の者が
「コイツは許しがたい罪を犯したので人権を剥奪してしまえ!」
そう言って、犯罪者の人権を奪うことにしたとする
こうやって、誰も奪われるこてがあってはならない人権を
「特別な理由」として奪っても良いとしましょう
要は、ルールを破って特例を作るわけです
犯罪者には人権がないのだから
「俺は無罪だ!」と主張して
裁判のやり直しを求めても
当然、聞き入れられません
まだ記憶に新しい冤罪の足利事件
犯罪者に人権がないとすれば
無実の者に、永遠に罪を被せることになりました
犯罪者の人権は、何も犯罪者を守るためにあるのではなく
社会のみんなを守るためにあるのです
もう一つ、お話しましょう
大勢みんなが「良し」とすれば
道理に反するおかしな事柄でも
大きな声をもってして、それがまかり通ることにもなりかねません
実は格差や派遣は、本人よりも社会に責任があるのに
まるで本人が悪いかのようにいって
彼らを助ける制度など税金の無駄だと言って
働く者の権利が、どんどん侵食されています
それどころか
社会福祉を後退されらかねない状況です
戦前の日本もそうでした
戦争に反対すれば、逮捕されるような時代です
ナチスなども、ユダヤ人の人権を侵害しました
人気のある為政者が出てきたときに
簡単に世論は誘導されます
一度、ルールに特例を作ってしまえば
それはどんどん都合よく利用される危険性があります
そうやって、どんどん特例の対象を新たにみつけて
その結果、社会のルールの根本である「人権」が
削られていきます
「自分は犯罪者でないから安心」
そんなことを思っていると
自分はがんばって生きていたのに
突然の会社の倒産などで
派遣に陥ったとする
でも、その時には
「派遣は本人が無能だから自己責任」という
為政者におどらされて道理に反した世論によって
働く者の権利や、社会福祉が削られていた
そんな事態になっているやもしれません
実際に、今もその傾向がありますけどね
私たち自身を守るためには
おかしな特例など作ってはいけないのです
だから、誰の人権であっても
守られなければならないのです