どうも、たりーずです。
すっかり夏模様になってきましたね。
北海道や熊本では地震があったようで、
お住まいの皆様は大丈夫でしょうか?
くれぐれもご用心くださいね。
さて、久しぶりですが
発症当時の様子を書いていきたいと思います。
あっという間に月日が流れる感じで
記憶も怪しくなっていますが…。
【お願い】
これから先の記事は読まれる方により
不快に感じられる表現もあるかと思います。
陽性症状に関する妻の様子を書いていますが、
個々でご判断の上お読み頂ければと思います。
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自宅に戻ると妻は、家の中をうろうろしています。
「どうしたの?まず座りなよ」
「座っていられない。狙われているから止まると撃たれる」
「撃たれるの?誰に?」
「あんたのお母さん!ほら、窓の外で狙ってるよ」
もちろん誰がいるわけではないですが、
これはあまり逆らわない方がいいと思い
とりあえず妻がしたいようにさせていました。
この辺りから、私の乏しい知識なりに
妻は統合失調症では、と考えていました。
インターネットや学生時代の教科書を調べ、
症状からほぼ間違いないだろうと。
ただ、統合失調症ガイドのようなサイトにはどれも
『受診は無理に連れていかないこと』
『可能なら本人が納得した上で…』
などと書いてありました。
その時の妻とはほとんどまともに
意思疎通ができない状態でした。
子どもたちを見ると束の間ですが
二言三言やりとりすることもありましたが、
その他は叫ぶか独語かうろうろするか、
食事も席には1分と座っていられないので
私がおにぎりを握っていました。
夜は夜で、いきなり家を飛び出し
3~4時間帰ってこないことも何度かありました。
最近妻に聞いたところでは、
何か『この場所へ行け』『家に戻るな』という
命令が聞こえていたようです。
そんな日々が2週間ほども続いたでしょうか。
妻も私も憔悴しきっていて、
家の中は散らかり放題で荒れた状態でした。
さすがにこの状態はまずいと思い、
私は両親に相談して子どもたちを
預かってもらいました。
子どもたちがいなくなり、
家には私と妻の2人きりになると
『子どもたちをどこにやったんだ!』
『あいつ(私の母)のところにいったのか?!』
『敵に預けるなんて、お前も敵だ!』
妻の興奮状態はピークでした。
1時間ほども経ったでしょうか、
電池切れのように妻は2階へ上がっていき、
そのまま眠ってしまいました。
居間で一人、私は泣いていました。
妻は、子どもたちは、私たち家族は
これからどうなってしまうのか、
そのことがただただ不安でたまりませんでした。
その次の日、私は出社して上司に事情を全て話し、
妻を病院に連れて行くことにしました。
職場の上司も同僚も理解のある方ばかりで
(今でも何かと気遣いを頂いています)
その時も快くお休みをいただきました。
前日の興奮状態の反動なのか、
妻へ病院に行くことを話すと
意外にも了承してくれました。
(心身ともに消耗しきっていたことは確かです)
何件か精神科や心療内科の病院を
リストアップして、その中から予約制ではない
個人のクリニックを受診したのです。
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長くなりすぎましたので、続き(④)はまたの機会に。
読んでいただき、ありがとうございました!