思い出
1ヶ月前の今日、
私の大切な小夏が天国へ旅立ちました。
感染症の可能性もありましたが、恐らくは急性白血病。
発病から1週間。あっという間の出来事でした。
これ程早く、
小夏とお別れする日が来るとは思っていなかったけれど、
ワンコを飼うと決めた時たら、
最期の日の迎え方について何度か考えてきたためか、
大泣きしながらも冷静に
小夏の 「生の一部」
と向かい合うことが出来た気がします。
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私がジロキチと小夏に望んでいたこと
せっかく犬として生まれてきたのだから、
犬らしく楽しい一生を過ごして欲しい。
たくさん遊んで
たくさん走り回って
思いっきりワンワンして
やんちゃにいたずらして
ご飯を夢中で食べて
たくさんのお友達に囲まれて
溢れる愛を押し付け押し付けられ
自然を感じて
そして過去や未来ではなく、今を思いっきり生きる
小夏が天国へ旅立つ朝、
お兄ちゃんのジロと時間をかけて匂いを嗅ぎあってた小夏。
こんなことは初めてだったので、私も何となくこれが最期になるのかも、
という予感を感じたのですが、
ジロは私を会社に見送るように、
尻尾をピンと立てた状態でくるっと一回転してみせ、
「行ってらっしゃい」
の挨拶をしているようでした。
彼らにとって死とはお別れではなく、
旅立ちの1つに過ぎないのかもしれません。
それから20分後、
小夏は私の腕の中で息を引きとりました。
爽やかに晴れた5月5日のこどもの日。
青空の下でかけっこすることが好きだった小夏は、
迷うことなく一直線に空に向かったことと思います。
私は飼い主として、小夏が幸せに暮らし、
その生を看取る責任を負いました。
本当のところは小夏に聞かないと分からないけれど、
短かく不幸な一生だった、と小夏が思っているとは思わないし、
私の最大の愛を与え、出来る限りの治療を施したことを、
小夏は分かってくれていたと思います。
とても愛おしい小夏の全て。
拾い上げた小さなお骨からも、確かに小夏を感じました。
たくさん撫でた頭、
一緒に歩いたアンヨ、
千切れそうなほど振ってくれたシッポ。
大切に小夏の小さなカケラを納め、
彼女の一生に添い遂げられたことに幸せを感じました。
小夏、私の人生に飛び込んできてくれてありがとう。
小夏のお陰で、私達もジロもとても幸せだったよ。
小夏への溢れる愛は、これからも枯れることはないからね。
コミュニケーション
いつも一緒にいると
なんとなく分かってくることがあるらしく
2人のコミュニケーション能力に感心させられる。
「おやつ」、「お散歩」、「ご飯」 は習得するのが早かったけれど
最近のジロは、
「ボールどこ?」
「遊ぶ?」
「おもちゃ持っておいで」
「何しよっか?」
が全て母からの遊びの誘いだと理解し、
これらの言葉を聞くと
おもちゃ箱から 好きなおもちゃを選んで持ってくる。
「なっちゃんも持っておいで」というと
小夏も自分のおもちゃを探しに行く。
「お父さんは?」というと父の方を見るし、
「お父さんからおやつ貰っておいで」というと
父の側に駆け寄り、おやつの催促をしたりする。
「お出かけするよ~」というと
ウキウキな足取りで近寄ってくるのに
「じゃ、お洋服着ようね」というと
そそくさとベットルームに隠れてしまい、
それなら
「置いてちゃうよ~!!」と叫ぶと
いそいそと
リビングに戻ってきたりする。
言葉は知らなくても、
状況から総合的に判断する能力と
理解したいと思う気持ち。
ジロと小夏が私を理解してくれてるのと同じく
私も彼らを理解してあげれてるかな?
お腹が痛い時、
アンヨが痛い時、
痛いと言えない彼らの痛みが
ちゃんと分かってあげれるかな?
自分の言い分を伝えるだけじゃなく、
相手を理解することも大切。
言葉は使えなくても
もっと君たちを理解できるように
…努力しなくちゃね

























