無駄な我慢はやめました!
人間我慢をすることが良い!と
なんだかすり込まれているような気がします。
我慢ができないのは×。ダメ。
我慢の種類も無限でしょうね。
歌や発声、芸事に
多少の才能があっても
少しの困難を乗り越えるには
忍耐我慢が求められます。
私は、
人間関係ではもう我慢しないことに
決めています。
特に、先生と生徒のような場合は
どちらが上、下ではなく対人間として
接しているつもりです。
世間的な先生業は教えることで
何かしらのお礼をいただくので
生徒はお客さん?なのかもしれません。
逆に生徒はお礼を出すんだから
客なんだぞ。という隠れた心理からの
態度の見え隠れ。
冗談じゃない。
こっちは全神経を使って
身をケズッテ全力でやってるんです。
そんな態度ややる気のない人間に
全力で指導なんかできるほど
僕は神様じゃない。
それに
我慢をやめるのも
一回二回、
これは何なんだろう?という
脳内のはてなマークで我慢をやめるわけでも
偉そうに、師弟関係を辞めていただくように
宣告することもしません。
なんども何度も、
我慢し、自分を納得させて、
改善して欲しい要求も言い、
そうして
何年も様子を見てさようなら。
という。
それでも我慢が足りない。という方が
おられるかもしれないが
僕はそれ以上に我慢を続けたら
健康がさらに悪化するので
○○歳を境に
我慢をするのをやめました。笑
心は切っていても
まぁ表面上は普通にできるような
演技力も多少はありますが、
それさえもうっとうしくなってきました。
孤立することを恐れず、
地道に進めば、それに見合った
仲間が出てくるはずだ。
そう信じて生きることにします。
お世辞や、言い訳・・・おべっか・・・
そんなんでしかコミュニケーション
できないなんて虚しい。
「先生」という響きが好きな人がいる。
と聞いたことがあります。
なんでだろうと考えた?
先生ってのは上の存在??偉いのか?
そう考えれば
先生って呼ばれたい人がいるのもわかるかな。
所詮人間だろうに。
それに偉そうなセンセイも
利用価値がなくなれば
人間なんてスグ離れていきます。
利害関係なく
真の友人がいると言える人間が
1人でもいれば
それは相当恵まれているのだろうと
思います。
★残念ながら
真の友達がたくさんいるんだ!
と、思い込もうとしている人がいました。
偉そうですが、かわいそうに感じました。
惨めだなぁ・・・。
あっ、それ俺のことじゃん!
さぁ、淡々と生きよう。