昔初めの方だけ読んで、そう面白い印象も受けず、粉雪のような埃を被せていた本を、読み直した。

上手い。
作品を知ったのは、まだ未来に輝ける選択肢もあったやもしれぬ高校生の時。いま、哀れな大人となって再評価をせざるを得ないくらい、その内容は、読ませるギミックは、確固たる面白味を内包していた。

ーー気づかなかったのか。
そして、時が流れれば、物の価値は変わるのだ。いや、対象自体は変わらない。自分が変わったため、見える世界も違ってきたのだ。
この場合は、対象にまとわり付いていた若さ故の靄や霞が、時間という涼風にさらわれて掻き消えたという話だろう。
本来の煌めきが見えてきたと言える。

あれ?寺って素敵だな?とか。
あずきバー、旨くない?とか。
それらと似たカテゴリーだ。
男が、セミを触れなくなるのも、意味合いは反対ではあるが、効果自体は質を同じくする話だろう。

そして思う。
ああ、なぜ、あの時あんなしょうもないことを言ってしまったのだろう、と。
遊びに誘ってくれた人がいた。
真意はよく解らないが、「甘えて良いんだよ」という、今思い出しても信じられない一言をくれた。
それを、けんもほろろにクーリングオフして返してしまったのだ。
相手に同じ施しをして返した、のではない。
受け取り拒否という形で、返したのだ。

何を考えていたのだろう。
いや、よく考えていなかったのだろう。
だから、適当な対応をしてしまったのだ。
別に特殊な魅力があるわけでもないのに。

今なら、また違った対応が取れる筈だ。
ただ、機会は失われてしまった。
本は、ブリザードのようなハウスダストにさらされても、消えずにここにいてくれる。
最後まで、この度は付き合わせてもらおうと思った。
そして読了後もこの本を目に映したときには、「自分が変われば世界は変わる」という手垢の付いた言葉を思い出してみることにしよう。

自分という本を出版するなら、途中数行に印刷されるに足る訓戒を得た。