こんにちは、キュウです。
今日のテーマは「憧れの人」と「ウォレットチェーン」です。
誰しも憧れの人というのはいるものだと思います。
音楽が好きな方であれば、カート・コバーンだったりジミ・ヘンドリックスだったり、まあ例を挙げればキリがありません。
多分に漏れず僕もそういったロックスター、ラッパー、俳優に憧れる中、一人普通に暮らしている一般人で憧れる人がいます。
それは高校の先輩です。
高校に入学し、軽音部の扉を叩き、部室へと通された時がその人との初対面でした。
寡黙で目つきが悪く、金色の頭をした近寄りがたい人でした。
明らかにその人からは「学校」という守られた空間とは異質の空気が放たれていました。
その先輩達のライブがあると聞き、チケットを買った僕と友人は観に行くことになりました。
ステージの上には禍々しい17歳が立っていました。
曲が始まり、その17歳はリードのパートを弾いていたのですが、その音は呪詛のように僕に取りつきました。
それは計算された不協和音とノイズで、バンドはその人のために狂気を帯びているようでした。
心からかっこいいと思いました。
そんなとんがった先輩とも10年以上の付き合いとなり、お互いポンコツの大人になり、何とか社会のシステムの中で生きています。
そして僕も先輩も、大人しくなりました。
正確には「服装以外は」大人しくなりました。
先輩は特に自分の好きなブランドの中で気に入ったものを買う主義のようで、あまり流行を追う様子はありません。
それに憧れてか、僕もその傾向があり、本人は嫌がるかもしれませんが、ファッションのお手本は先輩です。
結局流されていることには自分自身に苦笑します。
そんな先輩と、最近ウォレットチェーンの話をすることが多いです。
どうやらクロムハーツかガボールのウォレットチェーンがほしいそうなのですが価格のために躊躇っている様子です。
現在は昔買ったあるブランドの真鍮のチェーンを使っているそうです。
対して僕はポーターのレザーのウォレットコードを使用しています。
断捨離の傾向がある中ものを買うことには少し抵抗がありましたが、僕もシルバー925のチェーンを眺めているうちに、自分も身に着けたくなってきました。
今は金属アレルギーで指輪、ネックレスはステンレスのブランドのものを使用していますが、以前はウルフマンB.R.S.のオオカミのモチーフのものを愛用していました。
先輩がスカルのリングを長く愛用していて、「お前にはオオカミがいいと思うよ」と勧められたことがきっかけです。
もともとシルバー925のアクセサリーを人生の半分近い期間愛用していましたが、最後の7年くらいは大きいオオカミの指輪を、先輩と同じ中指にはめていました。
上述のように今では使えないため、憧れの人とのつながりはウォレットチェーンなのではないかと思っています。
この鎖は、ある意味苦楽を共にしてきた先輩との絆だと思っています。
ウォレットチェーンとgoogleの検索ボックスに入力すると「ダサい」と出てくる時代なのに、と思います。
ポンコツの大人たちは情報に疎いのでしょうか。
ただ、ライダースジャケットにデニム、ドクターマーチンを履いてウォレットチェーンを着けて、何がおかしいのか理解できないくらいには時代から取り残されています。
一つ言えることは、アクセサリーに強いメッセージやポリシーを込めている人もいるということです。
何となく手にしたものを着けているのではなく、憧れを投影しているということです。
僕の方は今回購入したウォレットチェーンは大した値段ではなく、細目のものですが、その先が憧れの人に繋がっていることを願いながら腰にぶら下げようと思っています。
今日も駄文にお付き合いいただきありがとうございました。