じっと手を見ず

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元「L'eroe Ovest」

しばのブログです

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フィレンツェで働いているK氏は、非常に貧困しており、氏の働いているレストランで後日会う約束をした日でさえ、旅人の自分に、「奢ってほしい」と言うほどであった。


その言葉に嘘がないことは、実際会ったとき。

レップブリカ広場のメリーゴーランド前で500ml入りの缶ビールを鞄から取り出し、「このビールは50チェンティージモ(日本円で約50~60円ほど)だよ」と言った時の表情でわかった。


「自分はビールをもってきたから、芝さんはランプルドット(フィレンツェ名物のモツバーガー)でも買ってよ」


というわけで、屋台に行きランプルドットを手に入れた我々は近くの教会の広場で食事をすることにした。

後から考えると30過ぎた男二人でそうするほど、自分は貧困していなかったが・・・

狙ってくる鳩に警戒しつつとったこの昼食は、思い出に残るものになった。


いろいろな話をした。

彼が、この地になぜいるのかを一生懸命説明しているのを聞き、

ふと僕は、テレビでイチローが王さんのことを語っていたのを思い出した。


「王さんて、なぜあんなに白いんでしょう」


聞き手の糸井重里が曖昧な返事をするとイチローはゆっくりと付け加える。


「王さんに会うたびに思う。この人は真っ白だと。何色にも染まれるし、染められる・・・『本当に自分に自信のある人』」


我々はまだ、自信がなくて自分を分かってもらいたくて、散々言葉を使って相手にわかって貰おうとする。

しかし、本当に自分のしていることに確信があるのなら、人に分かって貰おうとしたり、試したり、きっとしなくてもよいはずだろう。


お互いに未熟であることを再確認しただけのようでもあったが・・・

懸命な友人に励まされた。


「会えてよかった」とお互いに言い、別れた。

「日伊サービスマン対談」


って大層なタイトルを付けましたが、普通にお茶しただけなんです。

なので、そんなに大げさなものじゃないんですが、自分としては面白かった部分多々ありました。


僕と話してくれたTさん。

彼は18歳の時にイタリアに来てから10年間、サービスの仕事をしています。

当然イタリア語は完璧でむしろ、「日本でやることは今考えられない」のだそうです。

すべてではないけど、何となくわかる気もします。



ワインの値段などはやっぱり全然違う。

お金の流れを聞いてわかりました。イタリア人からすると、

「うまいから飲もう」の他に、

「安いからワイン飲もうよ」というニーズがあるので、

今後日本がイタリアのようにワインを毎日飲むっていうのはなかなか難しいでしょう。

日本で言うところの「焼酎をボトルで入れとく」よりももっと手軽なのです。


日本でワイン売るには、その価値に代わる何かをサービスたる僕たちが、どうやって付随させるかが鍵ですね。

そういう意味では、イタリアやフランスはちょっとやり易いでしょう。



僕は「イタリアではどんなサービスしてるの?」

Tさんは「日本ではどうなの?」


という好奇心を持って話し始めましたが、二人とも、ややマイノリティー気味なのか、

「他の人は知らんけど僕はこうやってます」という話に終始する事になったので、

一般論として使える話では無かったです。(興味のある方だけどうぞ)


ただKさんが「共通点がある」というのには、少々合点がいきました。


一つはこれといった師匠をもたず、ほぼ独学で仕事をこなしてきたこと。


もう一つは「客主観」ともいうべき、自分で自分を見る感覚を持っていること。



独学で仕事をこなすために必要なのは

「俺がそんなに間違えるわけない」という根拠のない自信と

「俺よりも、できる人は沢山いる」という由来無き不安だと思っています。

これは段々、具体化してゆくものなのですが、大ざっぱに言えば、この二つで仕事は始められます。


「客主観」という言葉が存在するのか知りませんが、


「自分をもう一人の自分が見ている感覚ってあります?」と質問すれば、どっちかすぐ分かります。


ある人は「ある」と答えるし、ない人は「どういうこと?」と聞いてきます。

ある人にとっては、この質問はかなり具体的な質問なのです。


もう少し具体的に言うと、

ここに一個の「おまんじゅう」があるとします。

そしてそれを見ている「私」がいます。


ここに「おまんじゅうと私を見ている私」が加わるかどうかです。(逆にややこしいわ)




さてこれは、優劣ではなく性質の違いというものです。

ただ、サービスに関して言えば「客主観」はかなり役に立つことになると思います。


というのは、サービスとはつまるところ、


「自分がして欲しいことをして、自分がして欲しくないことをしない」


という、当たり前が極意であり、自分のことを観れる人のほうが、この答えにたどり着くのが簡単だからです。


僕はいつもお店の人に話しかけられたい訳でもないし、逆にほっておかれたい訳でもない。


そんな時自分がどんな雰囲気でいるのか観ていると、お客様を見たときに、想像力が働きます。

そして、この想像力は、「自分に足りていないものを自覚する」という事に必要不可欠です。


自分がオシャレをして、食事に行くときはどんな時か?を観ていれば、

オシャレしてきたお客様がどんなモチベーション・シチュエーションで来ているのか?という想像力につながり、

さらに、オシャレの事をちょっとは分かってないと!というモチベーションにつながるわけです。



もう一つ「客主観」の良いところ、これは悪いところでもあるのですが、

「自分を疑う」というところです。これが癖になっている人が多い気がします。


「俺・・・これで、いいんだろうか」グルグルまわって「うん・・・今回はこれで」と自問自答。


結構めんどくさい性格なのですが、これは「人の評価に惑わせれないこと」につながる気がします。


Tさんは、お客さんに「今日のサービス良かったよ」といわれ、

「どこがだよ!!!」と、後で店のごみ箱に蹴りをしたことが多々あるそうです。


なんか殺伐とした例ですね。でもすごいわかるんですよ。人の評価よりもまず自分の評価。

自分が自分を評価できないと、サービスする人はなんか可哀そうなんです。


本当になかなかうまく、いかないですから・・・。失敗を繰り返すしかないし、落ち込むことも多い。

「毎日恋愛してるようなもんだ」って何時だったか、ソムリエ世界一の人が言ってました。

それをせめて、自分で分かりたいんですよ。

他人に「間違ってる」なんて言われるような、そんなドライな心情で、サービスマンは仕事していないのです。





一方、「客主観」を持たない人間は、ある意味とても純粋なのではないか、と考えています。

「客主観」は場合によっては「雑念」であり、「無我の境地」などとは対極ではないでしょうか?


何となく、本当の天才はこちら側にいる気がするんですよ。

物事を処理するのに時間をかけない分、道を間違えなければすごい人になる可能性があると思うのです。




お店をやるなら、やっぱりこの二種類の人間はいたほうがいいですね。

相性も決して悪くない気がします。



ただ、上司部下となると・・・

イタリアでも日本でも、サービスの人間を育てるのは本当に難しい。

Tさんと僕、大体同じ悩みを抱えていました。


その答えは、まだまだ出せる段階ではないようです・・・。


これからも僕たちは、色々と試行錯誤して行くのでしょう。


イタリアでも日本でも。




仲間が一人増えたことをとても喜ばしく思いました。

シエナからフィレンツェへは各駅停車で1時間半くらい。この区間はほぼ、葡萄畑しかありません。いわゆる、キャンティー、それも限られた「クラシコ」地区です。
じっと手を見ず


さて、今フィレンツェには以前レロエで働いていた人間が二人います。

一人は僕より随分年下なのに、僕より随分しっかりしたY(♀)。
もう一人は僕より4つ年上なのに、そうは思えないK(♂)さん。
じっと手を見ず
Yと待ち合わせして、フィレンツェを案内してもらい、夜を待ってKさんの働いている店に食事に行きました。

フィレンツェで今密かに話題になっている、魚介類専門のリストランテです。店の作りからサービス、そして料理に至るまで、かなりのコダワリを感じます。

生半可な気持ちでは食せない、挑みかかってくるようなタイプの店ですね。

このあたり、人によって解釈は変わるでしょうけどギラギラした感じは嫌いじゃないです。

本気じゃなきゃつまらない。
フィレンツェで魚介専門というのも、考えてみれば、かなり異色です。

Kさんにいろいろ聞くと、
「シェフがキレてるから」
とわかるような、わからないような応えがかえってきました。

ちなみにこのお店には、シェフ以外イタリア人がいません。日本人が大半です。

接客するのも日本人で、彼はとても綺麗なサービスをします。

日本でしかサービスしたことのない僕と、イタリアでしかサービスしたことのない彼。



Kさんが、彼と僕に共通点があるというので、後日じっくり対談をすることになりました。


(因みにこの記事は日本に帰ってきてから書いている記事です。ただいま!!)