おはようございます。

 

父方の祖母は、右半身不随30年、在宅で家族に見守られながら亡くなりました。

医者の娘だった彼女は、常日頃から「口から食物が入らなくなっても点滴不要。とにかく自然死を」と何度も自分の子供たちに言っていました。

「尊厳死」という言葉が社会に紹介される前の事です。

 

最後の1年は口からものが入らなくなっても、約束通り、点滴で栄養補給はせず、付き添いさんが「今日はプリンを一口召し上がりました」と報告されるような体が求めるものだけの栄養補給をする状態でした。ですから、なくなるときには骸骨に皮が張り付いている、というぐらいやせ衰えていました。

 

でも、体はききませんでしたが、最後まで頭はしっかりしていました。体が食べ物を受け付けなくなり、眠っている時間が長くなった時に、

体はどうだったのかな?と思います。

 

母方の祖母は、最後を施設→病院で看取りケアを受けました。

 

施設で食物が取れなくなった時、施設側から「鼻腔から栄養を入れたい」との申し出がありました。

家族は父方の平穏死の体験がありましたから、「口から取れる分だけにしてください」と固辞したのですが、

施設側としてはそれは出来ない。もし、それに同意してもらえないなら施設から退所していただかないといけないとの説明でした。

 

家族としての氣持ちも、施設側の立場もわかりますし、何よりももう家に連れて帰って介護するのは無理なことから、鼻腔栄養に同意をしました。

 

栄養を入れたことで祖母は最後まで丸々としていました。ただ、体は過剰な栄養を受け入れることが出来なかったようで、

何度も茶色のものを吐きました。

そのたびに病院に入院し、結果的に大腸がんを患っていることが分かったのです。

 

平穏死がいいのか、胃ろうなどで栄養を与えて生かす方がいいのか?

これは医師をはじめとする専門家の間でも議論がなされているところです。

 

亡くなるときの尊厳死や亡くなった後の想いを伝えるエンディングノートは流行っていますが

元気なうちに平穏死を選ぶかどうかを含め「お気に入りのシャンプーやリンスはこれ」「好きな音楽はこれ」「好きな食べ物はこれ」と自分の意思が伝えられなくなったときにも自分の好きで囲まれるように、どこかに書き留めていることをお勧めしたいです。