スピンオフ
四月某日。僕は東京へ旅行に来た母に呼び出され新宿御苑に行くこととなった。サメの脳ミソと揶揄された首相に勝るとも劣らぬバカ主催の税金垂れ流しイベント「桜を見る会」が数日前に開催されたこの地を訪れるのは少し億劫だった。好きなお笑い芸人もその会にニコニコ笑顔で参加していて失望したものだが、ソメイヨシノだかシダレザクサだかよくわからない桜もきれいな時期だし何より大好きな母親に会うためならその程度のことは面談拒否の理由には当たらない。男というのはいつまでもマザコンなのだ。
新宿御苑前駅で母を待っていると、母は程なくして現れた。見たことのない白人男性を連れ。「コンニチハ。バンデンハーク(仮名)と申します」。片言と言うには忍びないが、流暢とも言えない日本語を話す彼は一体何者なのか。元来、自由奔放な母で僕が中学生の頃には自宅にどこの馬の骨かもわからぬ西洋人を約一ヶ月ほど滞在させるような人だから(父は父でなぜそれを許したのか不明だが)、まさか恋人じゃないだろうなとは思いながらもまぁそうなのかも知れない。そう思っていると母の方からそれらしいコメントがあった。
案の定。自分も成人し、ここまで育てていただいた義理もあり母のやることなすことにとやかく言う資格はない。未だにわからぬ父との婚姻関係の整理だけしていただければ、言うことは何もない。
合流後、近くのコンビニでブルーシートを購入し新宿御苑へと移動する。齢50の母と20前半の息子、そして息子とそう年齢の離れていない西洋人。平日ということもありスーツ姿のサラリーマンを多く見かけるが、この道を行き交う人々の目に我々はどのように映っているのだろうか。知る由もないし、多忙を極める大都会の人々に赤の他人を気にする余裕もないだろう。
御苑で何を会話したのかあまり記憶にない。母が東京に来ると言い出したからにはただ事ではないという予想はあったので、ならば面倒に巻き込まれる前に自分から面倒になればいいと、ストロング缶500mlを面会前に仕込んでいたからだ。会話の大半は他愛もないことだったと思う。就活がどうとか卒業できるのかどうかとか、彼が何をしているのとかそんなものだったはずだ。それに桜がきれいだった。
「仕事し始めたら、旅行なんか行けんくなるし卒業前に行ったら?」
という母の言葉はぼんやりと覚えている。母が移住するのか、それとも彼が移住するのか。その辺をあまり決めていないようで、今のうちならば先方の家を宿にできるというのが今行く意味だ。まさか、これが鶴の一声になるとは露知らず..
やぶさかだ。先の世界一周(以前の記事を参照されたい)の経験を通じ海外になど二度と行くものか、そう思っていたしそう思っている。それなのになぜまた外国に行くことになったのか。
遡ること、今から二ヶ月ほど前。ツイッターに
「今なら宿あるんで、一緒に旅行しませんか?」
と軽い気持ちでつぶやきを投稿した。すると、すぐに魚が食い付いた。大学時代に親しくしていた友人、ピラフという男だ。
「行きてえ!」
ジョークのつもりだったし、向こうは卒業して仕事をしているのでまぁ冗談だろうと鷹をくくっていた。
「10月くらい行こうと思ってんねん」
思ってないけど。
「オッケー」
そんなところでやり取りは終わったはずだ。まさかこのあとヨーロッパに行くとは思いもしなかった。
「航空券取ったわ」
という連絡はそのやり取りの数日後に来た。自分が向こうに行くのはまだわかるが、ピラフが単身渡欧して相手の宿にタイマンで宿泊するのは意味がわからない。こういうわけでそれほど乗り気ではないが、また海外旅行に行くことになったというのがことの顛末である。
なんやかんやと、行き先を調べていたら楽しみになってきた気もする。ピラフ含め、今回は一人じゃなく四人のパーティー。以前の反省を活かして楽しい旅にしたい。アムステルダムへ。
続く