2012年09月10日 | 塾
表題は、今朝開いたメールにあった言葉です。メールは23年桜修館合格者のお母さまからのものです。「阿部先生との出会いで勉強するということの意味に気づくことができた」ということをとても喜んでいるとの主旨でした。また先日の記念祭では22年合格の杉山太一君のお母さまとご一緒されて役員の仕事をしたとのことでした。竹の会を通じて結ばれた不思議な縁を嬉しく思われたともありました。
 実は、竹の会に通った子たちというのは、一様に表題のような感想を持たれているようです。
 以下は「草枕」2010年1月8日からの転載です。旧HPの記事から転載したものです。
 ●下記の文章は平成9年に日大二高に合格したNさんの合格体験記です。この体験記は竹の会の体験記集に載ったものでした。Nさんは中学1年のときお母さんに連れられてやってきました。いつも笑顔を絶やさず話すとき必ずにっこりとほほ笑みます。Nさんは, 早稲田に行ったS君と同じ上原中の同級生です。たしかどこやら人気の英語塾に行っていたと思うのですが, したがって英語の素養はあったと思うのですが, いつしか竹の会の受験英語をよく信頼し熱心に今は絶版となった私の「英語ポイント集」という小冊子を読みこんでいました。中3のときは竹の会のパスポート会員でしたから毎日のように長時間いた感じです。12月の代ゼミ模試では確か日大二高は無理との判定でした。S君と同じでした。このころの竹の会は過去問指導法の完成記で過去問電話帳を紐で綴じて何回も解き直すという合格スタイルもこの時期に完成しました。彼女は結局日大二高に合格します。しかも入学後に実施された日大系列(二高・鶴ヶ丘・櫻丘・豊山等々のすべて)の統一テストで8番という成績をとるのです。ここにいたって竹の会の面目躍如というところです。今年の年賀状には同級生のS君の結婚のことが書いてあり, 「いつまでも子ども気分がぬけないけど次は私も」とありました。彼女は二高から津田塾大に進み今は確かライターとして活躍しているはずですが, よく知りません。
 →Nさんのことを私はずっと「ゆかりちゃん」と呼んできました。彼女から去年日大二高の同級生と結婚したとの写真入りのはがきが届きました。よかったですね。


◎体験記 注 平成10年のものです。
私は数学が苦手だったのですが、竹の会に入っている友人が「数学のテストの点数が上がった」と言っているのを聞いて、入会を決めました。私自身も入会後、いつの間にか数学と英語の力が伸びていたように感じました。
 竹の会は先生と生徒がよい具合にうちとけていたと思います。冗談を飛ばしあったり、学校の事を話したり、時には厳しく叱られたり。こういう光景は竹の会ならではの温かみがあって、とても印象に残っています。先生と生徒が信頼し合っていたから、わからないことは、先生に質問しやすかったし、私達が納得のいくまで、説明して頂くことができたのだと思います。生徒同士も学校や学年を問わず、仲が良かったので、精神面で助け合うことができ、とても楽しんで勉強できました。
 今から考えれば、三年生の夏期講習や冬期講習はすさまじいものでした。朝九時~夜十時という長時間の勉強は初めての経験でした。最初の頃はすぐに疲れてしまい「体がもつわけがない」と思いましたが、日に立つにつれ、体力と集中力がつき、「一日があっという間にすぎてしまう」といった感じでした。長時間、机に向かうことができる環境を先生が与えてくださったので、自分なりの勉強のリズムをつかむことができました。それは高校生になった今でも大変役に立っています。竹の会で毎日勉強していたので、家では単語や漢字を覚える程度。入試の直前や前日も数学と英語を見直しする程度でゆとりのある生活でした。入試の日は少し緊張したものの、やるべきことはすべてやっていたので、心には余裕があるぐらいでした。数学でわからない問題が出ても、日頃から先生に「捨ててもよい問題」と「絶対に解かなければならない問題」の区別を教えてもらっていたので、特に焦ったりするようなことはありませんでした。
 竹の会に入る前、私は数学でわからない問題があればすぐに答えの本を見ていたし、英語もただ問題を解くだけで、要点をおさえていない勉強をしていました。しかし、竹の会に入って私の勉強の仕方では伸びないということを教えられました。例えば数学ではまず基本を教えていただき、次にプリントで問題を解きます。この時点で、私が理解していないところを先生が熱心に教えて下さるので、基本問題は完璧にできるようになります。入試の問題は一問につき一時間くらいは自分で考えます。それでもわからなかった問題は先生が解説して下さいます。一生懸命考えた問題はその分、解法も頭に焼きつきます。この「考える」というスタイルは竹の会で得た一生ものの宝です。英語では、オリジナルテキストが大いに役立ちました。重要な構文や文法、入試頻出問題を選りすぐったものなので、このテキストだけで、英語はほぼ完璧です。長文も普段から難しいものを出されるので、入試問題を解くときに簡単に感じました。
竹の会で学んだことのすべてが、高校に行っても役に立つことばかりなのです。私にとって、現在の高校は挑戦校だったのですが、ここでも竹の会の勉強法は通用するので、塾に行かなくても十分上位の成績がねらえます。大手の塾には決して真似できない入試指導だと思います。少人数なので先生の目が隅々まで行き届いているように思いました。また、個別指導とも違い、友達をライバルとして意識し、切磋琢磨することも出来ました。

 どうですか。竹の会に通われて成功していったみなさんが、竹の会との、私との邂逅を心より得がたいものとして大切に思ってくれることを、とても嬉しく思います。
 これから竹の会で学ばれるみなさんが、竹の会の指導を通して、勉強のなんたるかに気づかれることを念じております。

 By 竹の会



いまだ慣れぬ環境、完璧とはいえない状態にあって、
何故この若き天才は、結果を出し続けられるのか。
自身もメジャーのマウンドを知る桑田真澄氏が、
初登板から7戦目までのダルビッシュを解説する。

僕は今まで、メジャーで50年、100年後にも大きく取り扱われる日本人選手はイチロー君だけだと言ってきました。でも、今のダルビッシュ君にもその可能性を感じます。身体能力と技術の両方がピカイチで、精神力も年々強くなってる。持って生まれた長身に加え、身体能力があり、トレーニング方法や食事の勉強、野球のこともよく考えてるし、心配なのは私生活くらい(笑)。

僕は、彼のことを天才だと思ってるんです。なぜかというと、すごいボールを投げるピッチャーは過去にもたくさんいましたけど、とんでもなく速い豪速球を投げられて、しかも七色の変化球を操れた人は一人もいない。僕が天才だというのはそこなんです。彼は、まっすぐの他に、あらゆる変化球が武器になっている。そんなピッチャーは彼くらいでしょう。だからこそ末恐ろしい存在だし、メジャーの歴史にもその名が残るかもしれないと思うんです。

4月9日のテキサス州アーリントン。ダルビッシュのメジャー初登板は、想像もしない結果となった。イチロー、川?宗則を擁するマリナーズを相手に5回3分の2を投げ、被安打8の5失点。フォアボールを4つ与えた以上にコントロールに苦しんだ印象は、4点を奪われた初回に費やした42球もの球数からもたらされたものだった。

マリナーズ戦の初回は、ほとんど狙ったところに投げられなかったんじゃないかな。

これほどまでにコントロールが定まらない原因は、二つあると思います。一つは、ボールの違い。

日本のボールと比べてもひと回り大きく感じるし、明らかに滑る。しかも、ファウルとかワンバウンドで、審判から新しいボールが来るたびに不安になります。大きさも不揃いだし、縫い目の幅や高さもバラバラなので、ボール交換がいちいち気になるんです。

まずはそのボールに、どれだけ早く慣れるかということ。滑るボールを気にしてしまうと、トップの位置にボールを持ってくるまでに滑らないようにしっかり握ろうとするため余計な力が入って、微妙にフォームを崩す原因にもなります。滑らないように意識することで今まで使わなかった部位を無意識に使いますから、肩やヒジへの負担も大きくなる。指にボールを馴染ませるための自分なりの工夫を早く見つけることが大事だと思います。

メジャーのキャッチャーと日本のキャッチャーの違い。

もう一つは、キャッチャーの違いです。

日本のキャッチャーの技術は世界一です。メジャーのキャッチャーは、良い音を鳴らそうとか、投手が投げやすいように構えるとか、あまり意識していない。低めに投げるとミットが落ちて“パサッ”と捕るし、高めに投げても音が出なくて“ボンッ”と捕る。そうすると、目と耳からの情報で、あれっ、今日はボールが行ってないのかなと錯覚してしまいます。日本のキャッチャーは低くてもミットが落ちないようにしっかりとめてくれるし、高めでも、“パーンッ”といい音を鳴らしてくれますからね。この違いは大きいんです。

最初、メジャーのキャッチャーは体が大きいし、構えも大きいから、一瞬、キャッチャーまでがすごく近く感じられて、投げやすく感じます。ところが、いざ投げてみると、集中できない。写真を撮るときにファインダーを覗いてもぼやけて、ピントがスパッと合わない感じかな。マイク・ナポリもヨービット・トレアルバも、ミットと顔がものすごく離れてるんですよ。

メジャーのキャッチャーは「ピントを合わせにくい」?

日本のキャッチャーは低く構えられるから、ミットとキャッチャーマスクとヒザの3点で小さい三角形を作ってくれる。そうすると、ピッチャーとしてミットに向かったとき、フォーカスしやすくなります。それがメジャーのキャッチャーの多くは背中を伸ばして大きく構えるから、顔は高い位置にあるし、股関節や足首が硬いから低く構えられない。そのくせミットだけ低い位置に置こうとするから、いびつで巨大な三角形ができちゃうんですよね。目標が分散されてピントを合わせにくいんです。これって、日本のピッチャーにしてみれば、ものすごく投げにくいものなんです。

苦しんだマリナーズ戦では打線の援護で白星を挙げ、その後も結果だけを見れば順調に白星を積み重ねているダルビッシュ。それでも、彼のここまでのピッチングをつぶさに見ていくと、引き出しの多さでバッターを抑えてはいるものの、まだ苦しさが垣間見えると桑田は言う。ボールが抜ける、甘いコースを痛打されるといった、日本ではあり得なかったシーンも少なくない。

ダルビッシュ君の“らしさ”が感じられないのは、キャッチャーが構えるミットの位置にも原因があります。日本のキャッチャーは追い込んだら、ボールゾーンにミットを置いてくれますが、メジャーのキャッチャーはストライクゾーンの甘いところに平気でミットを構えます。ダルビッシュ君ほどのピッチャーになると、ボールがミットに吸い込まれていくような感覚で投げているはずです。キャッチャーが構えたミットに正確に投げてきたから、体がそれを覚えている。そんなところに投げたら打たれちゃうよというところに構えられたら、本当にそこに投げちゃうんです。

イチローとの初対決を分析すると……。

マリナーズ戦では、2回からフォームを変えていましたね。あんまり低めにいかないので、足を上げてから低く出ようというフォームになってました。でも、あれじゃ、キレのあるボールが投げられない。押し出すように投げるとボールが死んじゃうんです。高いところから叩かないとボールにスピンがかからない。イメージ通りにボールを操るためには、本来の投げ方でないと難しい。まだ体の使い方がうまくいってないのかもしれません。

イチローには、いきなり3本のヒットを打たれた。第1打席は技ありの一打でストレートをサードの後ろに落とされ、第2打席ではツーシームをライトオーバーに弾き返される(二塁打)。第3打席はフゼストゴロに打ち取ったものの、第4打席では強烈なピッチャーライナーがセンター前に抜けていく。イチローが、貫禄を示した。

イチロー君との初対決で、ダルビッシュ君は外へ逃げるツーシームを上手く使っていました。このとき、彼は日本時代とは逆にプレートの一塁側を踏んでいたんですが、ここを踏むと左バッターのアウトコースに逃げていくツーシーム、いわゆるシュート系のボールが有効になるんです。

左バッターの視界を考えると、一塁側を踏んで投げられたシュート系のボールは、ピッチャーの手を離れた瞬間からストライクゾーンの中にあります。そこから逃げる軌道になりますから、バッターはどうしてもそのボールを追いかける形になる。実際、この初対決の打席で、イチロー君は4、5球目のアウトコースのツーシームを追いかけて、ボールゾーンにバットを出していました。それでも空振りすることなく、カットするあたりはさすがなんですけどね。結局、この打席ではストレートをサードの後ろに落とされましたけど、第3打席はアウトコース低めのツーシームを引っかけさせたものです。このボールがダルビッシュ君のイメージに一番近いボールだったのかもしれません。(Number Web)