2000年秋にイチローはポスティング制度を利用してメジャーリーグシアトル・マリナーズに移籍する。
メジャーリーグ移籍に関して本人は2000年に移籍と決めていたが、恩師である仰木彬に「俺が(監督を)やってる間はダメだ」と言われ、チームに残ったという裏話がある。
なお翌年も仰木はオリックスの監督を務めたが、2000年にイチローが故障しているときに仰木がイチローと妻の弓子を食事に誘い、その席で「もう行ってもいいんじゃないかな」と言われたという。
移籍した当初は日本人野手がメジャーで通用するのか疑問視する声が日米問わず多かったが、開幕戦からマルチヒットを放ち、その後も順調にヒットを積み重ね、オールスターでのファン投票では337万票を獲得し、日本からの68万票を差し引いても両リーグ通じて1位となった。
これは新人によるオールスター両リーグ最多得票はメジャー史上初の快挙となった。
その年、シーズン242安打を達成しアメリカン・リーグの新人王・MVPを獲得するなどチームのプレーオフ進出に貢献、この活躍によって日本の一流打者がメジャーリーグでも通用することを証明した。
メジャー1年目にしてジョー・ジャクソンの新人最多233本安打を90年ぶりに更新、球団記録として200本安打はアレックス・ロドリゲス以来2人目の快挙を達成した。
なお新人でシーズンMVPはフレッド・リン以来2人目。新人としての首位打者はアブナー・ダルリンプル(19世紀以前の記録)、トニー・オリバー以来3人目。
新人王と打撃タイトルの同時受賞はトニー・オリバー(首位打者)、ジャッキー・ロビンソン、ビンス・コールマン(盗塁王)、ウォルト・ドロポ(打点王)、マーク・マグワイア(本塁打王)以来6人目。
また、走・攻・守すべてにおいての高い能力を証明する打率(安打数)+盗塁王+ゴールドグラブ賞の三冠は、ゴールドグラブ賞の歴史が他に比べて浅い事もあるが、メジャーの歴史史上イチローただ1人である。
またレギュラーの1番打者としても1990年にリッキー・ヘンダーソンが受賞して以来である。
メジャーリーグでは、チームの中軸がMVPを受賞することが多いため、1番打者が評価されることは珍しい。
2004年には84年間破られることのなかったジョージ・シスラーの257安打を5本上回る262安打を記録と同時に打率.372を記録し、メジャーでは3年ぶり2度目の首位打者にも輝いた。
同年8月、頭部死球を受け(メジャーリーグではこれが2度目。
1度目は2001年にロサンゼルス・ドジャースのジェフ・ウィリアムス投手から)、容態が心配されたが、故障者リスト入りせずにすぐ戦列に復帰した。
このように一見華奢に見える身体つきだが、チームメイトからも「イチローはタフだ」と言われている。
この大記録達成は内外で高い評価を受けた。アメリカでは多くの新聞紙にその偉業を称える記事が掲載され、アメリカ唯一の全国紙といえるUSAトゥディ紙にはバリー・ボンズが700号ホームランを打った時以来の全面広告でメジャーリーグが祝福の意を表した。
日本では2度目の国民栄誉賞の授与を内閣が打診し、アジアの国々や野球に関心の薄いイギリスでさえ異例の取り扱いで新聞等のメディアがその記録達成を伝えた。
シーズン最多安打で影に隠れているが、7月にシーズン2度の月間50本安打を達成、ジョー・メドウィック以来68年ぶりの快挙を成し遂げる。
8月に球団記録のアレックス・ロドリゲスの月間54本安打を更新し、68年ぶりにロイ・ウェザリーの月間56本安打のタイ記録に並んだが、月間67本安打のタイ・カッブには届かなかった。
ちなみに正式な記録ではないが2004年7月18日~8月17日の間にヒットを67本を打っている
。通算4度の月間50本安打はピート・ローズに並び、他に2ヶ月連続50本安打とシーズン3度の月間50本安打の記録を更新した。
さらに9月にビル・テリーの連続4シーズン918本安打を更新した。
2005年には、日本人選手として初めてメジャーリーグ通算1000本安打を達成した。これは出場696試合目での達成であり、1933年のチャック・クライン(683試合)、1932年のロイド・ワーナー(686試合)に次いで史上3番目のスピード記録となった。
なお日本では史上最速の757試合で1000本安打を達成している。
しかし打率はメジャー移籍以来最低の.303に終わり、初めて他の日本人選手(松井秀喜)を下回った。
イチローの5年連続100得点30盗塁は6年連続のジョー・モーガン、タイ記録のリッキー・ヘンダーソンに次いで3人目。
また史上初のデビューから5年連続200本安打という記録も達成した。
デビューという注釈が付かなければ、1900年以降の近代野球では5人目の快挙で連続記録では史上初。
連続ではなく5度の200本安打100得点30盗塁はタイ・カッブ以来89年ぶりの快挙を成し遂げた。
また、チャック・クラインの連続5シーズン通算1118本安打を抜いたが、ジョージ・シスラーの5シーズン通算1137本安打はあと一歩のところで抜けなかった。
ちなみにジョージ・シスラーは目の病気で1シーズン丸々プレーしてないため連続記録ではない。
2006年には、メジャー通算200盗塁を達成し、その翌日に日米通算400盗塁も達成した。
また6月には日米通算2500本安打を達成。さらに20試合連続安打を日米通算だが8回達成した。
最高記録はピート・ローズの7回(19世紀の記録はウィリー・キーラーの8回)。
7月26日には戦後最多となるウェイド・ボッグスの連続6シーズン通算1274本安打を抜き、8月には1901年以降最多となるロジャース・ホーンズビーの連続6シーズン通算1296本安打を抜いた。
メジャー通算400マルチ安打を928試合目で達成。これは6年目ではメジャー最速。
9月には19世紀以降最多となるウィリー・キーラーの連続6シーズン通算1313本安打を抜いた。