僕は幼少期から大学卒業まで、場面緘黙だった。
今となってはほとんど克服できたが、当時を思い出すと緘黙しても仕方なかったと思う。
自意識過剰だったのと、恥ずかしがり屋だったのと、寂しがり屋だった。
もっと人と話したい、仲良くなりたい。
でも話しかけるのが恥ずかしい。嫌われたらどうしよう。
そんなことばかり考えていたので、他人と話しても自分の意見を言うタイミングを逃してしまったりで、結局押し黙ってしまう。
さして親しくもないクラスメイトとグループを作る時などは緘黙が炸裂した。
僕が押し黙っている様子を見て、首を傾げる、睨むクラスメイトたち。
僕は泣きそうになり俯いた。
イジメに発展しなかったのが救いだった。
本当はみんなの輪の中に入ってワイワイ楽しくおしゃべりしてみたかった。
学校での昼食は、中学からクラスメイトだった人たちと食べていた。
でも、本当は1人で中庭のベンチに座って食べたかった。
晴れの日は日差しが降り注いで、中庭の真ん中にある噴水からこぼれ落ちる水滴がキラキラと綺麗だった。
それをボーッと眺めながら弁当を食べて、たまにウトウトしたりして過ごしたかった。
そんな学生生活だったが、今僕は大人になり主夫をしている。
落ち着く場所に落ち着いた感じだ。
緘黙は大学卒業と共に消えてゆき、代わりに故意に沈黙する方法を覚えた。
場面緘黙のときの自分に言ってあげたいことがある。
「そのうち治るから大丈夫だよ。得られるものもあるし、辛すぎるなら逃げても良いんだよ。」と。