「WALK UP」を観てきました。

面白かったです!

 

 

ホン・サンス監督の作品を観たのは今回で3作目です

 

最初に観たのは、「逃げた女」(2021年)でした

正直、なんだかよくわかりませんでした(笑)

主人公の女性は、5年間ずっと夫と一緒にいたらしいのですが

夫の出張で久しぶりの都会に出てきます

 

そして昔馴染みの女友達と会っていきます

日を置いて、個性の違う3人とです

ほとんどは、固定カメラで撮っている会話シーン

少し中途半端な親密さと、相手には伝わっていかない自己主張

会話を聞いていても、ふたりの距離感が見えてこない

 

映画は進むのですが、話は進展しない

女が何から逃げてきたのか

よくわからない

最初と最後とで、主人公になんらかの変容があったのか

それもよくわからない

 

ナンダコレハ

 

で、つまらなかったかというと

そうとも言えない

最後、主人公が映画館の赤いシートにひとり座っているシーンには

孤独を認めながらも、どこか新しい場所につながっていくような解放感がありました

 

 

次に観たのが「小説家の映画」(2023年)

 

これは楽しめました

ホン・サンス映画に流れる

ある種の「時間感覚」に慣れたせいかもしれません

 

まず、発言を手掛かりに、その人物の内面を推理する面白さ

そして皮肉にずれていく会話の楽しさに気づきました

 

そして

どんなシーンにも

常に微量な毒のような「不穏さ」が含まれている

 

 

次のシーンがどう転がるか予測がつかない

会話があらぬ方向に曲がっていったり

思いがけないものが現れたりする

 

そこにわざとらしさや作為が見えないので

奇妙に感じながらも自然と受け入れてしまう

後半、たまたま出会った映画監督夫婦と小説家の女性とが

お互いへの社交辞令的な賞賛を接ぎ穂に

かみ合わない会話を繰り広げ

急に小説家が怒り出したりする


そこにまた、映画に出なくなった女優(「逃げた女」で主演したキム・ミニ)が

偶然あらわれ

彼女だけが、煩雑で汚れた現実原則から一歩引いたような

独自の存在感を示します

 

 

そしてラストシーン

それまでのモノクロの画面が

小説家が撮ったのであろう映像だけがカラーで映し出され

その映像の中で

さっきまでは不機嫌な会話に囲まれて不安定に見えていたキム・ミニが

奇跡のように美しい風景と安らぎとに包まれて、生き生きと存在している

この映画で、ホン・サンス作品が大好きになりました

 

 

そして今回の「WALK UP」です

今回は、地下1階地上4階、各階一部屋だけの小さなアパートメントが舞台

1階ごとに違った女性との話が展開されるという

ちょっと演劇的な設定になっています

 

主人公はホン・サンス自身を思わせる映画監督です

演じているのは「小説家の映画」でも映画監督をやったクォン・ヘヒョなのですが

この作品で彼は、映画を撮らない(撮れない)映画監督です

(フェリーニの「8 1/2」に似た設定ですね)

今作、チラシに「パラレルワールド」などという言葉が見えるように

1階ごとに時間が移り、相手の女性が変わり、関係性が変わって、主人公の性質が変化していきます

 

以下の文章は、ネタバレを含みます

 

この作品では、新たな状況に視点が落ち着かないまま、次へ次へと状況が変化していきます

それがどこか、「虚」と「実」とが交じり合っている感じなのです

 

1階では、アパートの女性オーナーに、連れてきた娘の就職を頼んでいたのに

2階の料理店のシーンでは、娘はすでにそこを辞めているのがわかったり

 

2階の料理店を営んでる女店主が

「私は監督の大ファンで、作品はすべて観ています」と言いながら

具体的な作品名も、印象的なシーンさえも、挙げることがなかったり

アパートのオーナーと料理店主、ふたりの女性に歓待され

おだてられながら、料理を食べ、何本ものワインを空け

調子に乗った監督が

制作中止にされた映画についての怒りを語るのですが

机をたたきながら憤懣をぶつけるそのそぶりに

どことなく「わざとらしさ」が見え隠れしたり

 

3階では2階の料理店主とすでに同棲しているのですが

健康を取り戻すために、野菜ばかりを食べさせられ、映画は撮れず

料理店は客が来ないのに、家賃の値上げを言われている

 

住み始めた主人公の様子をさぐりに来た女オーナーに

上階からの水漏れを訴えても、はぐらかされてしまう

といったかなり複合的な閉塞状況

 

疲れて、服を着たままベッドに横になり

胎児のようにまどろんでいると

どこからか自分自身と料理店主との会話が聞こえてきたり

 

4階では、やり手の不動産業の女性の「囲い者」となっており

年齢に似合わぬ男性的機能を褒め称えられながら

バルコニーで、ステーキ肉や朝鮮人参を食べさせられ

焼酎をストレートでぐい飲み

「これは絶対に秘密なんだが、俺は神様を見たんだ」と不思議体験を語って

「可愛いひと 」と、女性に頭を抱きかかえられたり

 

この作品

最初に娘とともにアパートの女性オーナーを訪ねてから

4階で不動産業の女性の「囲い者」になるまでの

どこか寓話を思わせる物語となっています

 

主人公は、まるで昔話の主人公のように

女性たちからの思いがけない歓迎を受けながら

どこかに微量に抱えていたであろう「自堕落さ」のために

アパートの上階に向かって転落、いや転がり登っていきます(笑)

 

それは、馬鹿な男と愚かな女を嘲笑しているところもあるのですが

それよりも、人生の苦さを知る者としての共感とアイロニーに溢れています

 

 

最後に

4階の女を見送ってアパートの下で煙草を吸っていると

娘が買い物から帰ってくる

 

こうして物語は

時間を捻じ曲げて円環をなし、そして閉じて見せる

 

主人公は苦い思いを抱えながら

新しい煙草に火をつける

 

 

ホン・サンス監督作品としては

わかりやすく

映画技法の手練手管を楽しめ

そして大変味わい深い小品佳作

 

おススメです