黒沢清の「Cloud クラウド」封切り後すぐに観てきました

 

 

いやあ、面白かったですね!

 

黒沢清映画でおなじみの「あの手」「この手」が満載の感じ

観ていて、どきどき、わくわくでした。

 

ただ、その「手」になじめなかった方も多かったようで

残念ながら、ネットの感想では不満の声も多いです

 

実は私も過去に、そのとき観た黒沢清作品が理解できず

強い不満を持ったことがあります

ですから、悪口を書き込む人たちの気持ちも、正直わかります(笑)

 

では、具体的なストーリーを追いながら

本作の具体的な面白さに触れていきたいと思います

(注意:ネタバレ全開です)

 

 

導入部

 

冒頭、暗く薄汚い「町工場」で、いきなり主演の菅田将暉が出てきます

「転売ヤー」である菅田は、売れなかった「高級健康器具」を

工場主から買い叩こうとしています

 

まず観客は、ここで「軽い違和感」を感じると思います

いつもスタイリッシュな菅田将暉が、妙に薄汚く見えるのです

ここから既に黒沢監督のマジックは始まっています

 

※頬に生えた変な髭、オーバーサイズの着古した服

セーターの裾から出たシャツの長さも中途半端で、ダサい

 

菅田の職業は「転売ヤー」で、

「自分は生産活動をしないくせに、裏でうまいことやって金を儲けている」

という、これも汚れたイメージで

世間の人たちに嫌われたり憎まれたりする存在です

 

今風に「転売ヤー」と言っても、

菅田のここでの行為は、昔からある「バッタ屋」と同じものです

 

「バッタ屋」というのは、傾いた会社などの情報を得て、

(例えば発行した小切手が不渡りになりそうで

すぐにでも「現金」を用意しないと倒産する!とか)

そんな相手の足元を見て、二束三文の「現金」で商品を仕入れる商売です

かつて、そうした商品は「バッタ物」と呼ばれて流通していました

 

「天才たけしの元気が出るTV」で有名になった

家電量販店「城南電機」の宮地社長

そうしたやり方で、一代で財を築いた方でした

 

※ワシのベンツにはいつでも

「札束の詰まったアタッシュケース」が乗せてあると豪語

 

菅田は潰れかけた町工場で、1台「3千円」で仕入れた機械に

「あの幻の健康装置(半額)!40万円→20万円

と表示しネットに出品します

モニターに映った30個のサムネイルには

しばらくすると、「SOLD OUT」の表示が次々と表れて完売します

9万円の元手で、実に600万円の売り上げです

 

リアルな現実では、こんなことはありえないでしょう

ですから、この話はある種の「寓話」であるとわかります

(まあ、黒沢清の映画の多くは「寓話」なのですが)

「お爺さん」は山へ芝刈りに、「お婆さん」は川に洗濯に

「転売ヤーの菅田」は、わらしべ長者のように金を儲けるのです

 

基本的な人物設定

 

菅田は、普段は大きなクリーニング工場で地味に黙々と働いています

社長の荒川良々からは素質を見込まれて、自分の片腕となってほしい

「まず青年部の取りまとめ役から始めないか」と誘われます

 

※皮膚感覚的に好ましくない人物が、自分を評価して近寄ってくる

実に嫌な感じ

 

組合活動じゃあるまいし、今どきの会社に「青年部」なんて変ですね

観ていてなんだか納得がいかない

ここでも設定が「リアルさ」から微妙にズレている

それは観客の神経を「居心地の悪い」感覚に陥らせるためだと思います

 

菅田は、この会社での出世にはまったく興味がないので

社長の誘いは「失礼がない程度に辞退」して帰宅します

 

自宅マンションで

PCモニターの前で「オタク系の商品」を仕入れようと集中していると

同棲している可愛い彼女、古川琴音が菅田の背後から現れます

この場面もどこか不穏で、微妙に神経を苛立たせます

 

※この作品での古川琴音ちゃんは、もちろん可愛いのですが

「必要以上の可愛さ」を見せません(笑)

 

また、普通の映画なら見せるはずの

女優としての「ハッとするような魅力・瞬間」というものを

なぜか全く見せてくれない

着ている服も、どこかあか抜けない感じ、そして

「可愛さ」を見せたかと思うと

その分の掛値として「何か」を奪っていく

 

この登場場面では、可愛く甘えてくれた代わりに

菅田はオタク系商品の落札をしくじります

 

この物語では、彼女は最初から最後まで

主人公に対して常に「駆け引き」をしてくる油断のできない女

として存在しています

それが、この物語における彼女の重要な役割なのです

ユング心理学の「元型」(アーキタイプ)を思い出す人もいるかと思います

 

私がここまで書いたことで、ある程度わかっていただけると良いのですが、

観客が「あれ?」「なんだこれ?」と感じてしまう、奇妙な違和感

 

「リアルをずらした噓臭さ」「思ったように進まない期待外れ感」

などはすべて

監督がわざとこの作品に仕組んだ「仕掛け」です

 

これを「つまらない」というフォルダに分類してしまうと

この作品の世界からはぐれてしまうのです

そして、あとは雪だるま式にどんどん不満が溜まっていくことになる

 

 

また、本作に

「通常の現実原則」や「面白いストーリー展開」を期待しても無駄です

さっきも書いたようにこれは「寓話」なのです

 

「Cloud クラウド」の世界を支配しているのは

実は「夢の中のリアリズム」なのです

そして登場人物たちを理解しようとするときも、

その人物が表面的に見せている力や能力よりもむしろ

その人物が隠しているもの、人格的に欠落しているもの

を探るようにした方が、深い理解につながると思います

 

なぜなら、夢の世界では

関係の表面に現れている見せかけよりも

「背後で象徴的に表している役割」であったり

「欠落」し、「隠れている」ものこそが

夢見る者の「潜在意識」を揺さぶり、圧力をかけてくるからです

 

映画のスクリーンを通して

観客の「無意識領域」にダイレクトにコミットしてくる

それこそが、黒沢清作品が独自に持っている力だと

私は思います

 

 

細部の検証

 

ストーリーに沿っていくと長くなってしまうので

気になるエピソードをかいつまんで検証します

 

〇「外階段の、紙に包まれたねずみの死骸」と「樹に張られたワイヤー」

どちらも、見知らぬ者が見知らぬ者に向けた「悪意」です

菅田がその被害に遭いますが、「悪意」は菅田個人に向けられたものではない

言わば「ビルの窓から放り投げられた汚物」のようなもので

誰かが被害に遭ったら面白ェー

という「愉快犯的な悪意」であり

菅田が生きている世界には

そういう無責任な「悪意」に溢れていることを表すエピソードです

 

〇「バスでスマホを盗み見る暗い影」と

「引っ越した新居の窓から投げ込まれる謎の物体」

どちらも無防備な日常を破壊するように発生

身を護るすべなく

恐怖心に身がすくむ場面です

黒沢清監督が得意とするホラー的な場面とも言えるでしょう

 

自分自身の気持ちとは関わりなく、誰かにじっと観察されている

また、見えない第三者に理由のわからない憎しみを持たれている

そんな不安

 

投げ込まれたのは大きな自動車部品の一部で、

そんなものが、突然二階の窓ガラスを破って転がり込む

その暴力的な「理不尽」さに言葉を失います

間もなく来るであろう

「外部世界からの攻撃」の予兆を示すエピソードです

 

〇自らの攻撃性にのまれ、やがて主人公への「襲撃」に加担する者たち

主人公は、転売する商品を、ババ抜きの「ババ」に例えます

本来の価値はどうでもいい

仕入れた商品を、人々がその「価値」を信じているうちに売りさばく

流通の末端、最後まで商品を握っていた者が、このゲームの敗者

 

そんな危なっかしいゲームに主人公が勝ち続けているうちに

ネット上のバーチャルな存在であった彼に対して

「転売の常勝者」であることを妬んだり

正体を暴こうとしたりといった反応が

少しずつ「憎しみ」を形づくりながら

同時多発的に

まるで雲(Cloud)のようにわらわらと湧き上がってくる

それはネット上でのみつながるひとりひとり

「集合無意識」のような憎悪です

 

その不穏な雲に乗るかのように

現実の彼に憎しみを持つ人たち

・転売業の先輩だが、今は彼の後塵を拝している高専の先輩

・「高級健康器具」を彼に安く買い叩かれた工場主

・彼に目をかけていたのに、職場を去られた元の会社社長

この3名を中心にして

まるで「闇バイト」に加担するような輩を加えた集団が

彼の命を奪うために襲撃を実行するのが、後半のストーリーです

 

 

主犯の3名の「恨み」も、独善的な個人の思い込みで

正直言って八つ当たりのようなものです

どれも、客観的には、主人公側に大きな落ち度はない

けれど、ひとりは言います

「どうせ、俺のことなんか覚えてないんだろう。でも俺はお前を絶対に許さないぞ!」

べつの一人は言います

「自分が何をしたか、わかってないのか。

君のその鈍感さ、それが本当に我慢ならないんだよ!」

 

世間の底辺に渦巻く暗い心情

「こんなに努力しているのに、なぜか自分の人生はうまくいかない」

「絶えず傷つきながら生きている自分を、誰も理解してくれない」

 

前を向き、良かれと思い、期待して働いた分だけ

望みがかなわなかったとき

「裏切られた」という落胆は抱えきれないものになる

 

「不公平な社会」「見えない誰かが動かしている社会」に対して

みんなが漠然と抱いている憤懣と恨みつらみ

その澱のように溜まった毒を吐き出す場所として

この襲撃は発生しています

 

主人公は、かれらにとって「スケープゴート」

贖罪(イケニエ)の山羊です

 

※捉えられた菅田と、彼の顔をバーナーで焼きながら殺す様子を

ネット配信しようとする襲撃者たち

 

長くなったので、「その2」に続きます