とっつぁ~んのお散歩写真 -2ページ目

決断の時

ようやく転院が叶ったものの、救急搬送できないので
自分の車で移動。 翌日、近くの大学病院へ。

 

そして最初の検査で見せられた胃カメラの写真。

 

転院前の病院で見せてもらった写真とは比べ物にならないくらい

鮮明な画像。 そして、一面のクレーター状の病変。

 

一目で癌とわかるものでしたが、先生の説明では原因は

別のところに有るので更なる検査が必要との事。

 

入院から20日が過ぎた。 いよいよ先生からの説明がある。

 

病名は「悪性リンパ腫」。

正確には、「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」。

 

今後の方針として、

   「なにもしない」                                ・・ 余命3ヶ月

  「延命治療(抗がん剤治療ではない)」  ・・余命1年

 「抗がん剤治療」               ・・ ??

 

抗がん剤治療のリスクとして、高齢(86歳)で有るので体力が持つか。 

体力が持っても、胃にできた病変が抗がん剤によって収縮した時に

胃壁に穴をあけでしまうこと。(穴が開いたら、もう間に合わない)。

 

まずは、弟と連絡を取って相談。

本人の意見は、「痛いのはいや! 眠るように逝かせて。」

 

そして・・・ 先生に告げた結論は、「抗がん剤治療する」でした。

 

どうしても、生きる望みのない治療は決断できませんでした。

 

先生と治療方針を話し合い、メンタル面のサポートは

 

私が全力で行いますのでよろしくお願いしますと伝えました。

 

転院後、平日は会社帰りに、休日は13以降、毎日病院に

 

行って付き添う日々が始まりました。

 

と、同時に写真を撮りに行けない日々の始まりでした。

 

次回は、いよいよ治療開始。

 

【 ハイタカ ・・ 1月1日】

 

 

【 ハイタカ ・・ 1月6日】

 

 

 

 

【 ハイタカ ・・ 1月6日】

 

 

 

 

 

【初日の出が見れなかったので、1月1日の夕日】






 

あけましておめでとうございます。

去年も、この言葉で始まって
順調に滑り出す予定だったのですが・・・

 

ここからは、備忘録。 長文、ごめんなさい m(__)m

 

実家の母からの「腰からわき腹にかけでの痛みで寝れない」との電話で一変。

病院に行っても、骨が滑ってるからとの診断で改善しないとの事。 

私は内臓疾患を疑って早速迎えに行って近くの大学病院に診せたのだが、
CT検査、血液検査をしても内臓には問題なし。

 

2~3日様子を見ても痛みが取れないので、近くの個人病院で痛み止めを貰って、
自宅へ送って行ったのだが・・・

 

送った翌日、また実家からの電話。

 

「お風呂で気分が悪くくなった。 最高血圧が100無い。」
「でも、今は少し改善た。」との事。

 

あわてて帰っても、どうにもならないので、
とりあえず様子を見てもしもの時は救急車を呼ぶように伝えた。

 

で、翌日。 私の携帯が鳴った。 

病院からだった。 救急搬送されて入院してるとの事。


第一報は、「貧血がひどい」との事だった。

 

早速、病院へ直行。 胃から出血したようだが、検査中との事。

 

入院手続きするとともに、遠距離で対応できないので、
私の地元の病院に転院を希望して帰宅。

 

翌日、また電話が・・

 

今度は、「輸血しないと危ないとの事」。


緊急輸血でなんとか持ち直す。

 

翌日、弟が茨城から帰省。 

 

それから4日後。 また携帯電話が・・・


今度は、おばさんが亡くなったとの事。 はぁ~!

 

転院して15日過ぎた。 今だ転院の許可が出ない。

 

転院許可が出たのは、入院してから22日目。

 

ここまでに使った交通費は、なんと12万円。

 

次回は、私の地元の病院での告知と決断。

 

今年撮った写真。 (文章とミスマッチですみません (^^ゞ)

 

【 エナガ 】

 

 

【 ルリビタキ 】

 

 

【 イソヒヨドリ 】

 

 

【 イソシギ 】

 

 

【 ウミアイサ 】

 

 

【 ウミネコ 】

 

 

【 クロサギ 】

 

2017初撮り・初鳥

あけましておめでとうございます。

 

本年も、宜しくお願いします。

 

 

今年の初撮りは・・・

 

10年ぶりに見る、初日でした。

 

薄明~日の出まで。

 

 

 

 

 

 

皆と同じのは嫌と、工場バックの日の出を撮ろうと「軍艦防波堤」に行ったんだけど、

 

まさか、タンクの間から昇って来るとは・・・ (^^ゞ

 

通称:軍艦防波堤 (響灘沈艦護岸)。

 

  旧日本海軍艦艇を解体して、防波堤として利用。

  この場所には、駆逐艦「涼月」「冬月」「柳(初代)」の3隻の

  船体を沈設して作られた。 

 

 

 

 

 

 

 

そして、初鳥は・・・

何時もの海岸で、「ハヤブサ」を撮りました。

 

 

 


そして、年末年始休暇でエネルギーを貯めこんだので、
お散歩で、ほんの少し消費してみました。