民主主義ってなんですか?って言われたらどう答えたらよいかと考えていると、いつも見ている裏古事記のサイトにスッキリ納得がいく図があった。

六次元弁証法という哲学を発表している山本健造氏は、すでに現在の世論を見通していたかのように、なるほどと考えさせられた。

人間は、唯物論か唯心論または、唯空間か唯時間に偏る癖が誰でも持っていて矛盾のない真理を悟るには4つの方面から眺めなければならないと言う哲学である。

1.空間に(縦・横・高さ)
2.時間的に
3.エネルギー的に
4.志向(または方向)的に

縦・横・高さで3次元に時間を加えて4次元、エネルギーを加えて5次元、志向を加えて6次元となる。

山本健造氏は、六次元論的に考えてゆけばどんな問題も矛盾なく解けて行くと力説する。

こちらのサイトの下の方に表示せれていた図である。
http://roots-hida.info/kosintou/

新民主主義とは


腰痛(ヘルニア・坐骨神経痛・変形性腰痛症など)は、8割かた原因不明が現状である

腰痛が3ヶ月以上続くと慢性腰痛と認定される

最近、テレビ等で心(脳)と腰痛の関係が解りはじめ、「治る」と思えば治る事が解ってきた。
2015年7月12日(日)放送「NKKスペシャル」を参考にどうぞ

腰痛・治療革命
~見えてきた痛みのメカニズム~


平成12年に、長谷川淳史著『腰痛は《怒り》である』春秋社を読みさらに、原本となる『サーノ博士のヒーリング・バックペイン』を読んだ。

腰痛は怒りである

書いてある内容は、「NHKスペシャル」で言っている事をさらに詳しく書いてある。

現代医学は、「脳」イコール「こころ」と観ているだろうか

「心」とは、どんな働きがあって、どんな力があるのかを理解するのに参考になったサイトが
『赤ちゃんや子供のアトピーには暗示が良く効く』というサイト

暗示が心に染み込んで行く様子がよく分かります。
「治る」と思えば治るという、最近の腰痛治療は催眠の原理が解れば当然のことだと思うのだが、最新治療と言っている

福来友吉博士(1869年12月5日1952年3月13日)は、明治39年に『催眠心理学』を発刊し、催眠で腰痛から坐骨神経痛・ヒステリー・神経衰弱等に効果がありその原理を紹介した。

心(意識)の力、「病治れ」と念じて病気を治す事は、古代大和民族が「日抱きの御霊鎮め」現在の精神統一を精神文化として日々行い日常的に使っていた力である。

大和民族に神通力者が、多く現れた事を紹介しているサイト
パワースポット飛騨「天孫宮」に神秘現象が頻繁に起こる3つの理由
にくわしく書かれている。

わたしも、「日抱きの御霊鎮め」を実践中






日本人は現在の乗鞍岳の丹生(にゅう)の池から、ニュ~っと生命が湧き進化してきた。

なぜなら、ある一定の地域にだけ、進化の法則が成り立つのは法則と言えないから


じゃ~、日本人はどこから

海から一番最初に顔を出した、飛騨大陸で条件がそろい生命の誕生が起こった。
ここからだよ

生命誕生の丹生の池

情報の出所は、いつもの『裏古事記日本人のルーツ飛騨』というサイトです。

飛騨に伝わる口碑では、淡山(あわやま=現在の乗鞍岳)と言っていた。
『あ』とは、『天』の事。
『わ』とは、『地』の事。
天に届くほど高い山の意味。

私は、痛くて歩けないほどの『魚の目』で小学校の頃、体育の授業が嫌だった一人です。

もう、30~35年ぐらい前の話ですね。
小学4~5年生当時、左足裏(土踏まず辺)に魚の目が出きて歩くと痛いし、砂利道などを歩くと特にひどかった。

当然、市販の薬はためしたが効果がなく、母親が霊媒師に連れて行ったら「墓が傾いている」って言うけど、まだうちでは墓がないし

そうしたら、たまたま手にした本、松田隆智著『丈夫な体をつくる東洋の秘法』佼成出版社に書いてあった内容にビックリ

魚の目に東洋の秘法


魚の目にはイチョウの葉

本に書いてある通りにやって1ヶ月、お風呂から上がって魚の目を見ると、ふやけていた。

思わず、ピンセットで引っ張ると根こそぎ取れた事にびっくり

7ミリほどの陥没が見られたが血は流れず、新しい皮膚が下にできている。

なんと、それいらい足のあちこちにできていたイボがきれいになくなった。

「東洋の秘法」恐るべし











最近興味をもった、「裏古事記日本人のルーツ飛騨」からの受け売りですが、「天照大神(あまてらすおおみかみ)」は後の人が讃えて呼んだ名前で、本名は、「ヒルメムチ」と言うそうです。

昼のように明るい
(ヒル)女性(メ)で尊い(ムチ)と言う意味だそうです。

日本では神話を教えてはならないと戦後プレスコードで決められたために誰もしらないのではないでしょうか


以下、「中学社会 新しい歴史教科書」自由社 P255引用

プレスコード


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お盆や正月になると、「嫁の本家にいく」とか「本家にあつまる」などとわたしの田舎では言うが、「本家・分家」っていつ誰がつくったの
と疑問に思っていたところ、その答えが「裏古事記日本人のルーツ飛騨」というサイトに見つけた


本家と分家の起源

原日本人は、淡山(乗鞍岳)の丹生(にゅう)の池で生命がニュ~と湧き淡山のふもとで暮らし気候の変化等によって下山し日本中に広がったといっている。

日本人の先祖は大自然を拝み先祖を拝み、丹生の池に映る太陽の光を眺めては心を鎮める事を行っていた。
これを、日抱御霊鎮(ひだきのみたましずめ)と言って後に、その場所がひだ(飛騨)となる。

大淡上方様(おおあわのうわかたさま)と言う人が、日抱御霊鎮中に、海を渡ってくる異民族が元々幸せに暮らしている原日本人に乱暴をはたらき、侵略してくるという近未来の透視が発現。

どうしたら侵略を防ぐことが出来るかを考えた末、皆が一つに纏まるために国造りをはじめたのが大淡上方様である。

大淡上方様を中心として国造りをはじめるのだが、大淡上方様の長男と次男には苗字を与えて分家とし、危険な場所を見張らせた。
中心となる大淡上方様には苗字がなく総本家とし、末っ子が継ぐことになっている。

2500年前に日本の国が侵略されるのを防ぐために国造りをはじめ、本家と分家で力を合わせ、国防を成し遂げると言う内容である。
古事記には、書かれていないが口碑として代々飛騨の若田翁に伝わっていたと言う内容である。

興味がある方は、サイトを読んでほしい。

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