ようこそ、タヌキのブログへ💕
このブログは、みちのくの地で生息するタヌキが、
徒然なるままに書くブログです😆
おはようございます☀️😃❗️
お越しいただき、ありがとうございます♥️

仕事が忙しいを通り越して、数人分の仕事を背負っているタヌキです🙀
担当の中で、半数が体調不良でダウンって、すでに複数人の仕事引き受けとりますが、まだまだ序の口ってこと!?🤣
ここ数日、最後の戸締まりするタヌキの姿を警備員さんが目撃して、変わらないなぁ😆と温かく見守られています😸

さて、泣き言叫んでスッキリしたので、本日もフラワーエッセンスのお話をします。
東海先生からの課題が来る前に、ブログにロック・ウォーターについて書いたので、終わった氣でいたら、何と追加の課題あり!

過去「こうあるべき」という

信念を手放した経験について


・どんな「こうあるべき」を手放してきたことがあるか?

・それは、どんなことがきっかけになったのか?

 

う〜ん。
これ、なかなか難しいぞ。
何せタヌキの記憶力は、お墨付きのもの。
一昨年も、去年も、大変で仕方がなかったはずなのに、喉元過ぎれ…乗り越えてしまえば、過去のものとして、辛さの熱量が下がって、氣づけば次の困難に立ち向かっている…。

ただ、こうあるべき、と言うより、価値観が大きく変化した経験ならあるかな。
(どこかでブログにも書いたかもしれませんが)タヌキは、若い時は偽悪的でした。
映画等で、人の善意の姿に目頭を熱くしたとしても、現実世界ではそう簡単には起こらないもの。
世界は、タヌキにとって、一握りの存在を除けば、いつ牙をむくかわからないもの。
人間の善性より、悪性を信じていました。(信じていたと言うより、何かがあれば悪性の方が強くでると思っていた)

それがひっくり返ったのは、亡き母の葬儀の時でしたね。
誰も(少なくともタヌキの親族側では)知らせていないのに、母が若い時に勤めていた会社の人や知人等が、続々とつめかけ、手を合わせてくれたんです。

まあ、がんになって、勤めていた会社(若い時の会社とは別)には知らせたので、もしかしたら、誰かくらいは来てくれるかも。
でも、1人か2人でも来たら、すごいな、そんな程度の期待感だったんです。

ところが、蓋をあけて見れば、喪主(兄貴。東京から駆けつけてきた)が到着するより早く、最後に勤めた会社だけでなく若い時やその後、何回か仕事を変えた職場の人や関係者等たくさんの方が駆けつけ、最期を悼んでくれました。
(タヌキは一般的なサラリーマン家庭なため、そもそも、親せき自体少なく、家族葬で終わるんだろうなぁと思ってたくらいです)

その時に、信念を揺さぶられましたね。
一人の人間の生き様(と呼べるような、すごい生き方を母がしたわけではありませんが)が、こんなにも多くの人を揺り動かすのか、と。

そんな想像を超えることが、わが身に起こるなんて、タヌキは欠片も思っちゃいませんでした。



亡くなったこと自体、(タヌキに伝える手段はありませんでしたので)人づてに伝播していったんだと思います。
でも、伝え聞いた話を、知っている人たちがバトンのようにつないでいって、これだけ多くの人(その影にはこなかったもっと多くの人)に伝え、その人たちが集まってくれたと思えば、小賢しく斜に構えて、偽悪を飾っていた自分の価値観がガラガラと崩れていきました。

母は、最期の最期。
自分が死んだ時に集ったたくさんの人の姿を見せることで、タヌキに最高の学びと気づきを与えてくれました。

世の中は苦しいこと。
周りは敵ばかりで、一握りの存在しか信じられない。
と疑心と怯えを隠すために、斜に構えて、人間なんてそんなもんだ、と悟ったふりをしていたタヌキの横っ面をはっ倒して、もっと世界は広くて、明るい景色を見ることができる、と教えてくれました。

おかげで、タヌキは、亡くなった時に、母ほど多くの人に悼まれるのは無理かもしれないけど、かの心に届く生き方をしよう、と決めました。(あれ、これって、自分らしい在り方にもつながらないか??)

まあ、他の人からすれば、大したことないんじゃない?とか、そんなの普通でしょ?と思うかもしれませんが、タヌキにとってはありえないことだった。
そのありえないと思い込んでいた価値観木っ端微塵に粉砕して、新たな視野を与えた母を、タヌキは誇りに思います😻
(あれ、これで課題の答えになっているかなぁ…😅)

~ Thank You for your reading♥️ ~