2025/12/28. 第九 ノット@東響
ノットのシーズン最後の第九。前回ノットの第九が魂がぶつかるようか熱演で、最後を飾るにふさわしい。と期待をあげて、S席を購入。しかし、今回の第九はアプローチがかなり違うことが衝撃的だった。結論的には感動した。しかし、通常の第九と異なる感動。逆に言えば第九はこんな音楽でもあったのかと気づきが。オーケストラはかなり小編成。バイオリンは4プルしかいない。古楽的アプローチ。冒頭からノンビビラートにて弦楽器は演奏。ノリントンの第九にあまりよい思い出がないので、悪夢が蘇る。ノットは自分には当たり外れがあるので、まさか最後に実験的な演奏か、と二楽章まではややそんなことを思いながら。しかし、三楽章のppにて効果に気づかされる。花園の美しい場所というより、完全に夢うつつなぼんやりした音楽。金管の目覚めのような音もぼんやり。完全に個人的な物語。そして、4楽章にて真価に気づかされた。モーツァルトのアンサンブルのような音楽。美しい。調和的、バランスがとれた、宗教的なといった形容詞が似合う音楽。声楽がソリスト、合唱ともにはっきり聞き取れる。各パートの歌手たちがバランスよいこともあいまり、見事なアンサンブル。オーケストラもかなり抑制されたからか、オケが歌を邪魔することもなく、絶妙なバランス感覚。シュトラウス、サロメやエレクトラで大音量で鳴らしていた指揮者とは思えないくらい繊細な第九だった。第九の特に四楽章で、こんなに美しい音楽が随所に書かれていたとはと、感動した。自分の好みからいえば、やはり魂がぶつかるような情熱的な第九がすきなことは間違いない。しかし、ベートーヴェンはこんな一面もあったという気づきが衝撃。そして、ノットがいまだに楽譜に真摯に向き合い、新しい側面を実験的にとりいれて、また新しいアプローチをする。やはり東響は素晴らしい指揮者に導かれていたんだなと痛感。自分も就任から追いかけきたが、一区切り。ワーグナーがコロナでキャンセルになったのが悔やまれるが、感謝。また、来年以降も客演を期待。