夫は若い頃から寡黙でした。

 

「喋んない人とどうやって恋愛するのかな?って思いますがどんな感じだったんですか」

知人の方に聞かれてびっくりしたので

思い出してみました。

たまたま仕事の都合で会ったとき

「青木先生のホームページ見てます」って言ったら写真のホームページの名刺をもらって

メールしてみたら返信がきました。

 

喋らないので女性スタッフや女性歯科医師は近寄りがたかったようです。

 

ルックスもいいし、仕事もできるし、多彩で奥が深そうで、すごく稼いでる歯科医師。

ファンの子が多くて、「今日はどこそこの海に行ってるらしい!技工士さんと話してるの聞いた!」

「三線も上手」「インドカレー作って職場に持ってきてくれた〜😍」

と黄色い声が私の周りのスタッフさんにまで、回ってくるほどでした。

 

メールのことはなんとなく皆さんには秘密にしました。

 

たま〜にくるメールにたま〜に返したり

患者さんのケース相談していました。

 

会うことはほとんどなかったです。

 

インドカレーを食べに那覇(私のところからは2時間夫のところからは1時間半)

に行こうと誘われましたが

「3歳の子供連れてっていいですか?それか途中で友達に預かってもらえるけど」

って聞いたら誘われなくなったので

行かなくなったかな、と思ってました。

 

 

全然わからなかったです。

 

長女が小学校に入るタイミングで長野に帰るって知らせたとき

「さみしくなるなあ。そういえば恭子先生とは2回しか会ってないんだな。不思議なもんだ。」

 

めずらしく感情のこもったメールが届きました。

 

「恭子先生とのメールは全部とってあるよ」

 

「VENDA KYOKOっていう蘭を買いに行ってきたぜ」

 

こういうやりとりは去年までは知ってたけど今はもう忘れたかもね。

 

電話でお話ししたあとメールで感想が来たりしました。

 

間もなく三線を持って私たちに会いに長野県に来ました。

 

パソコンの得意な彼は、

ロジクールのカメラを私のパソコンに設置して帰って

カメラ通話がスタートしました。

 

ズームの前進です。

 

カメラ電話で、他愛ない話をしながら

チャットで「今すぐそっちへ行きたいよ」

って送ってくるような不器用な恋が始まりました。

 

私たちは遠距離だから恋愛に入れたパターンです。

 

私たちが那覇空港に行ったとき

飲みかけの缶コーヒーを片手にぶっきらぼうに立ってた彼を思い出します。

 

目が合った一瞬でどれほど待ってくれてたか理解しました。

 

ダイビング本数が一万本になったとき長野へ行くよって約束して

「どうするの?あしたで一万本だよ。どうすんだよ」

 

「修さんが決めればいい」

と言いきりました。

 

私が愛さなくても彼を愛せる人は山ほどいると確信してました。

ただ、沖縄まで飛んでいくような歯科医師はみんな、

私も含めて、自分で選ばないとムリです。

 

彼に決めさせました。

 

ちょうど、いくつかの居抜きの物件が、沖縄県内で出ていたので

もちろんその情報も伝えて、

後悔がないようにしてほしいと心から思っていました。

 

夫は海を離れて山で暮らすことを選び、

長野に来ました。

 

つづく。。。