今年は、正月早々、二度も御葬式に会葬することになった。

一つは、義弟(五十代)
もう一つは、友人の娘さん(三十代)

人生五十年と言う言葉はあるものの、どちらも逝くには早すぎる。

涙、涙で溢れる御葬式で思ったこと。

惜しまれて、惜しまれて、亡くなることは、ほんとうに不幸なことなのか…

棺を蓋いて、事定まれり。

わたしの周囲は、長生きし過ぎて、心底、疎まれている高齢者の話が飛び交っている。

不謹慎かもしれないけれど、
惜しまれて亡くなることに、なんとなく心惹かれてしまった自分がいる。

あきら先生療法を始めて、自分でも信じられないくらい健康になれた。

昨年の休みは、僅か三日。
内二日は、出張を兼ねての息子夫婦宅訪問だから、平常よりもスケジュール的に厳しいものだった。

今は、生命力充実、バリバリ働けている。
これが、生命力は充実しているけど働けないどころか、寝たきり…

そんなことになった日には、自分だけでなく愛する家族にも、辛い思いをさせてしまう…

生き方は、自分で選べる。
死に方は、自分で選べない。

願わくば、惜しまれて死にたいなぁ…
なんて、しみじみ考えさせられた、今年の正月だった…