近年、かつて業界を牽引した名だたる大企業が、急速な市場の変化や新興企業の台頭の前にその輝きを失っていく光景を目の当たりにすることが増えました。その衰退の理由は多岐にわたると言われますが、本質的な要因の一つに、組織の肥大化とともに強化される「管理」という機能が、創造的な価値創出の源泉を枯渇させてしまう構造的な問題があると考えられます。
管理の本質的な作業:秩序と効率の追求、しかし…
管理の本質的な作業は、大きく以下の3つの複合であると捉えることができます。
-
仕分ける(ルール/基準に則って分類・評価する、組織化する)
-
これは、組織内のあらゆる要素(人材、資源、情報、業務プロセスなど)を、定められたルールや基準に基づいて分類し、評価する作業です。具体的には、役割分担の明確化、部門間の連携体制の構築、業務フローの標準化などが含まれます。これにより、組織は効率的に機能し、秩序が保たれます。
-
-
是正勧告(ルールから外れたもの、ハマらないものに改善を促す。統制する、育成)
-
設定された目標や基準からの逸脱が見られた場合、それを修正し、本来あるべき姿へと導くための働きかけです。パフォーマンスのモニタリング、問題点の特定、改善計画の策定と実施、そして必要に応じたメンバーの能力開発や育成もこの範疇に含まれます。組織の健全性を維持し、目標達成を確実にするための重要なプロセスです。
-
-
排除する(逸脱したままのものは取り除く)
-
是正勧告にも関わらず改善が見られない、あるいは組織全体の健全性を著しく損なうと判断される場合、その要素を組織から取り除く最終手段です。これは、非効率なプロセス、機能不全なシステム、あるいは組織文化に合致しない個人などが対象となることがあります。組織の規律を保ち、健全な状態を維持するための究極のセーフティネットです。
-
これらの「管理」という作業は、組織が安定的に機能し、効率的に目標を達成するためには不可欠なものです。特に、大規模な組織においては、混乱を防ぎ、統一された行動を促す上で、その重要性は増すばかりです。
管理のパラドックス:秩序は生むが、創造は生まない
しかし、ここに大きなパラドックスが存在します。上記の「管理」の3つの本質的な作業は、いずれも既存のルールや基準、目標からの逸脱を修正し、秩序を維持することに主眼が置かれています。言い換えれば、「あるべき姿」からのズレを修正するための機能なのです。
この特性上、管理という作業そのものから、全く新しい概念や価値、破壊的なイノベーションが生まれることは、本質的にはありません。管理は、既存の枠組みの中でいかに効率的かつ正確に運用するかを追求するものであり、未知の領域を探索したり、既成概念を打ち破ったりする創造的なプロセスとは性格を異にするのです。
大企業の罠:肥大化する管理と失われる創造性
大企業が衰退していく理由の一つに、この「管理」の特性と組織の成長が密接に関わっていることが挙げられます。
-
大企業になるほど「管理」の必要性と人が増える
-
組織が大規模化するにつれて、事業領域は広がり、関わる人数は爆発的に増加します。これにより、意思決定の複雑性が増し、部門間の連携も困難になります。無秩序状態に陥ることを避けるため、必然的に詳細なルールが設定され、複雑な評価基準が設けられ、それを運用・監督するための「管理部門」や「管理職」が増大します。
-
個々のメンバーも、自律的な判断よりも「ルールに則ること」が求められるようになり、管理される側に回ります。
-
-
管理は本質的に創造的な価値を生めない
-
管理部門が増え、管理プロセスが強化されるほど、組織全体が「秩序の維持」と「リスクの排除」に偏重するようになります。新しいアイデアや既存の枠組みに挑戦する試みは、「ルールからの逸脱」と見なされ、是正の対象となりがちです。
-
結果として、革新的なアイデアが生まれる土壌が失われ、既存の事業をいかに効率的に回すか、いかにリスクなく遂行するかにエネルギーが集中します。
-
-
管理志向が強まり、価値を生めない企業として衰退
-
市場の変化が緩やかだった時代は、効率的な管理によるコスト削減や品質向上だけでも競争力を維持できました。しかし、変化の激しい現代においては、常に新しい価値を創造し、既存の事業モデルを破壊する「創造的破壊」のサイクルが不可欠です。
-
管理に重心が置かれすぎた大企業は、過去の成功体験という「既存のルール」に縛られ、新たな価値を生み出すための「遊び」や「余白」を失います。その結果、市場のニーズから取り残され、やがては競争力を失い、衰退の道を辿ることになるのです。
-
結論:管理と創造性のバランスが鍵
もちろん、管理そのものが悪であるわけではありません。管理は組織を安定させ、効率を高めるための不可欠な機能です。しかし、その本質が「秩序の維持」と「逸脱の修正」にあることを理解し、創造的な価値創出とは異なる性質を持つことを認識することが極めて重要です。
大企業が持続的に成長するためには、管理の重要性を認識しつつも、それが創造性やイノベーションの芽を摘まないよう、「管理すべき領域」と「管理しすぎない領域」、あるいは「創造性を奨励し、ある程度の逸脱を許容する領域」を明確に区別し、適切なバランスを見出すことが求められます。硬直した管理志向から脱却し、いかにして組織内に「創造の余白」と「挑戦の精神」を育むか。これこそが、大企業が現代において生き残り、再び輝きを取り戻すための喫緊の課題と言えるでしょう。