1. 主要メーカーの双方向GaNデバイス開発・量産状況と主要スペック
Navitas Semiconductor – Navitasは世界初の650V耐圧の双方向GaNパワーIC(GaNFast BDS IC)を2025年に製品リリースしました。同社の双方向GaNFast ICは単一チップ上に二つのGaNスイッチ(ゲート2系統)を統合したもので、両方向の電流導通および電圧ブロックが可能です。初期製品としてNV6427(R_SS(ON) typ.100 mΩ)とNV6428(50 mΩ)が用意され、将来さらに低オン抵抗品も展開予定です。パッケージはトップサイド冷却型の16ピンTOLTで放熱性に優れ、高速スイッチング用途に対応します。Navitasはこの双方向GaNにより、EV充電器や太陽光インバータなど高耐圧分野への展開を進めています。
EPC (Efficient Power Conversion) – EPCは低電圧分野で双方向GaNトランジスタをいち早く製品化しています。例としてEPC2121は耐圧100V・オン抵抗50 mΩ(typ)・2.5A級の双方向eGaN FETで、チップサイズ0.9×0.9 mmという超小型ながら両方向ブロッキングに対応します。EPCの双方向GaNは主に48V以下のDCバッテリシステムやモーター制御用途を想定しており、既存の背対背MOSFETを1チップで置き換えることでスペースと損失を削減します。高耐圧(>600V)については現在のところ公表された双方向デバイスはありませんが、低~中耐圧領域で実用製品を展開中です。
Transphorm – Transphorm(現在Renesasによる買収手続き中)は650Vクラスの双方向GaN開発を進めており、「4象限スイッチ (FQS)」と呼ぶデバイスを試作しました。FQSはTO-247 4ピンパッケージ内に二つのゲートを持つGaNスイッチで、単一デバイスで両極性の電圧遮断と電流双方向制御が可能です。同社は2022年にARPA-Eの支援下で試作を行い、約1年でプロトタイプ完成を目指しました。具体的スペックは開示されていないものの、耐圧650V級で高閾値電圧(約4V) のGaNを用いており、将来的な商用化により従来の背対背FET(またはIGBT+ダイオード計4素子)を1素子で置換することを目指しています。Transphormはまた1200V耐圧のGaNも開発中(GaN-on-Sapphire技術)であり、高電圧分野での双方向化にも取り組んでいます。
Infineon Technologies – InfineonはCoolGaN™ BDS 650V G5として世界初の真のモノリシック双方向GaNスイッチを発表し、2025年にサンプル提供を開始しました。同製品はEnhancementモードGaN GIT構造を採用し、共通ドレイン型でゲートを2系統独立制御できる点が特徴です。耐圧650Vで、現在110 mΩ、55 mΩ、35 mΩ(いずれも典型値)のオン抵抗バリエーションがラインナップされています。PG-HDSOP-16(TOLT)パッケージに実装されトップ冷却が可能です。二つのGaNスイッチが同一のドリフト領域を共有する独自構造で、背対背トランジスタより小さいチップサイズと低容量を実現しています。さらに基板電位制御回路をチップ内蔵し、浮遊基板による不安定を解決することで高信頼性を確保しています。Infineonはこの双方向GaNを産業・通信電源やマイクロインバータなどに投入予定です。
ROHM – ロームは現在650V級GaN HEMTの量産体制整備中です。2023年4月に第1世代650V GaNを量産開始し、2024年末~2025年にかけて第2世代チップを採用した650V GaN(品番: GNP2070TD-Z)をTO-Leadless (TOLL) パッケージでリリースしました。オン抵抗など詳細仕様は明らかではありませんが、「業界トップレベルのR_DS(on)×Q_oss特性」を謳っており高速スイッチング性能を強調しています。同社はゲートドライバとGaNを一体化したパワーステージICも提供開始しており、車載OBCや産業電源向けにGaNデバイスの採用を推進しています。現時点でロームからモノリシック双方向GaNスイッチの発表はありませんが、GaN自体の高性能と設計容易性を活かし、必要に応じ背対背構成で双方向用途(双方向OBCなど)に対応している状況です。
オンセミ (onsemi) – オンセミはGaN開発に慎重な姿勢を見せています。同社は以前ベルギーでGaN開発(BelGaN)を進めていましたが2024年中頃にBelGaNが破産し、高耐圧GaN事業は停滞しています。現在オンセミはSiCデバイスに注力しており、公式にはGaNパワーFET製品を積極展開していません。双方向GaNについても公表された開発計画はなく、今後のGaN戦略再構築が注目されています。
中国系メーカー – Innoscience社(英诺赛科)は中国発のGaN専業メーカーで、低耐圧から高耐圧まで幅広いGaNを開発しています。同社は30V~900VまでのGaNを手掛け、双方向構成の製品も含め多様な市場に供給しています。特にスマートフォン向けには40V耐圧の双方向GaN(BiGaN)を世界で初めて量産し、OPPOやOnePlusの急速充電回路(USBポートの過電圧保護)に採用されています。40V品は典型R_DS(on)値が4~12 mΩ程度で、2.1×2.1mm程度のWL-CSPパッケージに実装され、背対背MOSFETに比べ基板面積を50~75%削減し損失も半減できます。また2024年には100V耐圧の双方向GaN (INV100FQ030A)を発表し、オン抵抗3.2 mΩ(動的)・ゲート電荷90 nCという高性能を達成しています。100V品は4x6 mm^2 QFNパッケージ(トップ面放熱型)で既に量産段階にあり、48~60V系BMSやDC/DC用途で背対背MOSFET二個を1チップで代替し損失とコストを低減します。加えて、欧州系のNexperia社(中国資本傘下)も同クラスの40V双方向GaNを製品化しており、4.8 mΩ/8.0 mΩ/12 mΩの各品種(GANBシリーズ)をWL-CSPで提供しています。中国系メーカーは低耐圧分野で実績を積む一方、欧米大手と提携しながら車載・産業向け高耐圧GaNの量産(650V~900V)も視野に入れています。
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2. 双方向GaNデバイスによる電力変換回路への変化(トポロジー、小型・高効率化、コスト低減)
双方向に電流を制御・遮断できるGaNデバイス(BDS)の登場は、各種パワーエレクトロニクス回路に大きなトポロジー変革をもたらすと期待されています。従来、半導体スイッチは一方向の電流しか制御できず、逆方向にはダイオードや追加のスイッチが必要でした。双方向GaNに置き換えることで部品点数削減や回路構成の簡素化が可能となり、ひいては高密度・高効率かつ低コストな電力変換が実現します。以下、各回路種別ごとに具体的な変化を整理します。
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AC/DC変換回路(整流・PFC回路): 商用交流を直流に整流する従来回路ではブリッジ状に複数のダイオードやトランジスタを配置していました。双方向GaNスイッチを用いることでブリッジレスまたは単段の整流/PFC回路が可能となります。例えば単相AC入力のPFCでは、トーテムポール型ブリッジレスPFCがGaNの高速性で実用化されましたが、双方向GaNならわずか2素子で全波整流を能動的に制御することも可能です。さらに中間のDCリンクコンデンサを省略できる単段変換への移行が可能となり、従来2段だったEV車載OBCのAC-DC+DC-DCを1段化する試みも始まっています。実際、双方向GaNを使った単段OBCコンバータでは入力フィルタ用インダクタやDCリンク電解コンデンサが不要となり、回路の大幅な小型化とコスト低減につながります。また三相AC入力のVienna整流器やブリッジPFCでも、各ブランチの背対背FETを単一BDSに置換可能で、高周波化によるパッシブ部品の小型化や効率改善が見込まれています。
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DC/AC変換回路(インバータ): インバータ(直流から交流への変換)は本質的に双方向電流を扱うため、従来から各スイッチに並列の逆並列ダイオード(または同期整流)を用意する必要がありました。双方向GaNスイッチで置き換えることで、例えば単相・三相インバータの各アームを1デバイスで構成するような新構成が可能になります。特にマトリクスコンバータやサイクロコンバータと呼ばれるAC-AC直接変換では、9個の双方向スイッチで三相交流を別の周波数の三相交流に直変換できます(従来は18個のMOSFETが必要)。これにより中間のDC段を排し、モータードライブ用インバータをよりコンパクトかつ効率的に実装できます。Infineonは太陽光マイクロインバータ向けにDCリンク不要のサイクロコンバータ構成を提案しており、双方向GaNで単段絶縁型のDC-AC変換(高周波リンクを介したAC出力)を実現していますinfineon.com。このように、インバータではスイッチ数削減によるゲート駆動回路の簡素化や損失・ノイズ低減が期待できます。またHERIC回路など従来は背対背素子を用いたトポロジー(高性能PVインバータの漏れ電流遮断回路など)でも、BDSで素子点数を半減可能です。総じてインバータ回路は双方向GaNにより回路簡素化とさらなる高効率化が可能となります。
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DC/DCコンバータ(非絶縁): 降圧・昇圧など非絶縁型のDC-DCでも双方向GaNは有益です。例えばバッテリ⇔バッテリ間の双方向DCDC(48V/12Vコンバータ等)では、通常ハーフブリッジ2個のMOSFETで双方向電流に対応しますが、これを1個の双方向GaNで置き換える新方式が可能です。インダクタとBDSを組み合わせれば、一つのスイッチ素子で電流を制御しつつ両方向にエネルギーを transfer できるため、制御は複雑になりますが部品点数削減のメリットがあります。またバッテリー保護用スイッチ(充放電双方向カットオフ)では既に双方向GaNが実用化されています。スマートフォンやBMSでは従来MOSFET 2個の逆並列接続でバッテリの接続・遮断を制御していましたが、Innoscienceの事例では1個のGaNで同等機能を実現し、損失50%以上削減・基板面積半減が報告されています。特に電流値の大きい48Vシステムでは、並列接続による容量増強も容易なGaNデバイスが有利です。このように非絶縁DC/DCでは背対背スイッチの集約による低損失化・省スペース化が進むでしょう。
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DC/DCコンバータ(絶縁型): フライバックやフルブリッジなど絶縁型コンバータでは、一見双方向デバイスの恩恵は少ないように思えます。しかし単段絶縁双方向コンバータという新たなトポロジーが可能になります。例えば従来EVのオンボード充電はPFC後に絶縁型DC/DCを挟む2段構成でしたが、これを双方向GaNによる高周波ACリンクコンバータ1段で実現する研究が進んでいますinfineon.com。高周波トランスを介してAC⇄ACを直接変換・同期整流することで、力率補正と絶縁変換を一体化できます。このようなDCリンクレスの絶縁コンバータは、高速双方向スイッチがあって初めて実現する回路ですinfineon.com。結果として絶縁型でも電解コンデンサの削減や効率向上(二段の変換損失を一段に集約)につながります。さらに双方向GaNならスナバ回路やリセット回路の簡略化にも寄与し、絶縁ゲートドライブ電源の削減など付帯部分のコスト低減効果も期待できます。
以上のように、双方向GaNデバイスへの置き換えはトポロジーそのものを刷新しうるポテンシャルがあります。スイッチ素子数の削減(2個→1個、4個→1個)が可能となるため回路規模が縮小し、スイッチング損失の低減と制御回路の簡素化が実現しますrenesas.com。さらにGaNの高速スイッチングによって高周波動作が容易になり、インダクタやトランス、コンデンサなどパッシブ部品の小型化も一層促進されます。これらの効果により、電力密度の飛躍的向上とシステムコストの削減が両立できる点が双方向GaN導入の大きな利点です。
3. 回路構成の変化が主要アプリケーションにもたらす影響
次に、上記の回路レベルの変化が各応用分野に具体的にどのようなメリットをもたらすか整理します。
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電気自動車(EV): 車載充電器(オンボードチャージャ:OBC)や車載DC/DCコンバータに双方向GaNを適用すると、変換ステージの集約と小型・高効率化が図れます。典型的なOBCはPFC段+絶縁DC/DC段の2ステージですが、双方向GaNによりAC入力からバッテリまでの単一ステージ充電が可能となり、体積50%削減、コスト10%低減、損失20%低減といった劇的な改良が報告されています。実際にNavitasによれば、双方向GaN搭載の単段OBCで回路サイズ半分・コスト1割減を実現できる見込みです。またEVの走行用インバータ自体は高耐圧(>650V)が必要なため現時点ではSiCが主流ですが、400V級システムや今後の1200V GaN実用化により、双方向GaNによる多段レベルチャージポンプインバータや集約コンバータの可能性も出てきます。さらにEVの**車両からグリッドへの電力返送(V2G)**にも双方向スイッチは有利で、回生エネルギーをそのままグリッドに戻すシンプルな回路構成が期待できます。総じてEV分野では、充電器・コンバータの小型高効率化と部品点数削減によるコストメリットが双方向GaNによりもたらされます。
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再生可能エネルギー(太陽光発電・蓄電システム): 太陽光パワコンや蓄電池インバータでも双方向GaNの恩恵は大きいです。太陽光マイクロインバータではパネル直流を交流に変換する際の中間バッファを省略でき、DCリンクなし単段インバータが実現しますinfineon.com。これにより大きな電解コンデンサが不要となり、寿命・信頼性が向上するとともに効率と電力密度も飛躍します。InfineonはCoolGaN BDSによりマイクロインバータで高効率・高密度の単段絶縁回路(サイクロコンバータ/マトリクス型)を提案しており、DCリンクコンデンサ非搭載でも昇降圧や双方向電力フローを実現しています。また蓄電システム(定置型バッテリ)ではグリッドとの双方向インバータにBDSを使うことで、充放電両対応のインバータ回路を簡素化できます。例えば系統連系インバータ+双方向DCDCを一体化した単一変換器でバッテリと交流のやり取りができ、電力変換の総効率向上と部品削減につながります。実際、ある太陽光/蓄電機器メーカーは既に単段BDSコンバータを製品実装し、効率・サイズ・コストの大幅改善を達成し始めています。さらに風力や燃料電池など他の再エネ電源でも、双方向GaNによりパワエレ回路の低損失化・小型化が図れるでしょう。
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サーボドライブ・モーター制御: 産業用モーターやロボット用サーボドライブでも、双方向GaNはコンバータ一体型モーターを現実的にします。従来は商用ACを整流してDCリンクを作り、それをインバータで可変周波数ACにしてモーター駆動していました。双方向GaNにより、商用ACを直接所望周波数のACに変換するマトリックスコンバータ構成が容易になりrenesas.com、重いDCリンクコンデンサを除去してドライブ全体を小型化できます。これによりモーターとインバータの一体化(Integrated Motor Drive)が進み、設置スペースの削減や高効率化に寄与しますrenesas.com。実際、GaNベースの双方向スイッチは高効率・高密度・高い信頼性を持つ新しいモータードライブトポロジーの鍵として期待されていますrenesas.com。さらに回生エネルギーの処理も簡易になり、例えば産業用サーボで発生する回生電力をそのまま電源側に返す回生ユニット内蔵ドライブが低コストで実現可能となります。総じてサーボ/モーター応用では、双方向GaNによりシステムの一体化・小型軽量化とエネルギーリサイクル効率向上が見込まれます。
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データセンター向け電源: データセンターでは高効率・高電力密度が要求されるため、双方向GaNによる単段電源構成が注目されています。現在、多くのサーバ電源はAC-DC PFC+絶縁DC-DCの二段変換で48Vバスを作っていますが、BDS採用により三相ACから48Vへの単一段コンバータや、高周波3レベルPFCなどの高度な回路が実現できます。Infineonは双方向GaNをサーバ/通信電源のVienna整流等に応用し、スイッチ数削減で高周波数スイッチングを実現、受動素子を小型化して電力密度を上げることが可能としていますinfineon.com。実際、NavitasのGaN ICを使ったデータセンター電源では既に98%効率・大出力密度を達成しておりnavitassemi.com、双方向GaNによりさらに構成を簡素化し部品点数を減らせる余地があります。例えば三相ACを直接±400Vの中間リンク経由で48Vに下ろすコンバータなど、BDSにより整流と降圧絶縁を一体化した電源が可能になります。こうした単段化により変換効率の最大化と基板実装面積の削減が図れ、データセンター全体のエネルギー損失低減とラック当たり電力容量増大に貢献しますinfineon.com。また双方向GaNの高速性は応答性の良い双方向UPSシステムなどにも有用で、サーバへの瞬低対策デバイスを小型高効率化できます。
以上のように、双方向GaNデバイスは広範な分野で電力変換システムの性能と設計を一新しつつあります。その高耐圧・高速スイッチングかつ双方向動作という特性により、これまで複雑だった回路がシンプルになり、システム全体として効率向上(エネルギー損失20~30%削減)、パワーデンシティ向上(体積半減)、コスト削減が期待できますsemiconductor-today.comrenesas.com。EV・再エネ・産業・ITインフラといった主要応用で、双方向GaNは次世代の電力変換を支える中核デバイスとして大きなインパクトを及ぼし始めています。
参考資料: 各種メーカーの公式プレスリリース・技術資料および専門技術メディア記事semiconductor-today.comepc-co.comrenesas.compowerelectronicsnews.comglobenewswire.comprocurementpro.cominnoscience.compowerelectronicsnews.cominfineon.cominfineon.comsemiconductor-today.comrenesas.cominfineon.comなどを基に作成しました。各参照箇所に最新の情報を反映しています。