4. 競争に苦戦している企業の具体例と背景

中国企業との競争激化の中、残念ながら苦戦を強いられている企業も出てきています。その具体例と背景をいくつか挙げます。

  • オムロン(日本):前述のとおり、制御機器大手のオムロンは中国市場の減速と競争激化に直撃され、2024年3月期は純利益が98%減の見通しとなりました​

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    。背景には、同社の収益源だった中国の半導体・EV向け需要が急減したことに加え、これまで優良顧客であった中国企業が自前で類似の制御機器を調達・開発し始めたことがあります。オムロンの辻社長も「現状の制御機器事業は中国市場の投資需要に依存しすぎている」と認め、構造改革に着手しています​

    zaikai.jp

    。つまり、中国依存度の高さと現地競合の台頭が同社苦戦の背景にあります。
  • ファナック(日本):ロボットと工作機械CNCで世界的企業のファナックは、中国市場で一定のシェアを保ってきましたが、近年は受注変動に苦しんでいます。2023年には中国景気の不透明感から中国向け受注が大きく落ち込み、四半期で40%超の急減となりました​

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    。背景には、ロボット分野での中国ローカルメーカーの台頭(前述のEstunやEfortなど)により、一部の汎用用途では海外製から国産ロボットへの置き換えが進んだことがあります​

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    。また中国の電子・電機業界の設備投資サイクルが一巡し需要が冷え込んだことも影響しました。ファナックは高信頼性で依然ブランド力は強いものの、市場需要の変動と現地メーカーとの価格差により受注が大きく振れる状況で、安定成長が難しくなっています。
  • 安川電機(日本):産業用ロボットのパイオニアである安川も、ファナック同様中国市場減速の影響を受けています。特に溶接ロボットなどで中国売上が大きかったため、2022-23年の需要冷却で利益が大幅に減少しました。加えて、中国国内の新興ロボット企業(例えば新松机器人(Siasun)等)が納期迅速さやきめ細かなカスタマイズでユーザーを獲得しつつあり、一部の価格帯で安川のシェアが奪われています。Robot Reportによれば、中国のSCARAロボット市場では新興のInovanceが日本のEpsonやヤマハから大きくシェアを奪ったとの指摘もあります​

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    。安川は製品ポートフォリオを見直し、北米など他地域に活路を求める戦略転換を進めています​

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  • KUKA(ドイツ):ドイツのロボット大手KUKAは、2010年代半ばまで欧州を代表するロボットメーカーでしたが、中国市場での競争と投資負担から業績が悪化し、2016年に中国の美的集団に買収されました。その背景には、中国でのシェア拡大競争でABBや日本勢に遅れを取ったこと、自前でのIoT化対応に出遅れたことなどがあります。買収後は中国市場での販売は伸びたものの、KUKA自体の研究開発費用負担や米中対立による制約もあり、依然苦戦が伝えられています。伝統ある欧州メーカーでも、中国資本の傘下でなければ生き残れない状況に追い込まれた例として象徴的です。

  • 工作機械・工具メーカー各社(日独):中国勢の追い上げは、産業用ロボットに限らず工作機械や切削工具など幅広い分野で見られます。日本の中小工作機械メーカーの中には、中国メーカーとの価格競争に敗れ、新興国市場から撤退を余儀なくされたケースもあります。またドイツの機械部品メーカーで「中国製コピー品」に市場を浸食され売上が減少した例も報告されています。背景には、中国企業が海外展示会などで先進企業の技術を学習し短期間で類似製品を市場投入するケースがあること、さらに中国政府の輸出支援策で新興国への販路開拓が容易になっていることなどが挙げられます。このように技術流出やコピー品問題も一部企業の苦戦要因として指摘されています。

これら苦戦企業の背景を総合すると、(1)中国市場需要への過度な依存、(2)中国企業との価格・納期競争への巻き込まれ、(3)技術優位性の相対的低下が共通する課題として浮かび上がります。もっとも、各社とも全く手を打っていないわけではなく、リストラや市場多角化、新製品投入など巻き返し策を模索しています。ただ中国企業の成長スピードが速いため対応が後手に回りやすく、十分な成果が出る前にさらに競争環境が変化するという悪循環に陥るケースもあります。したがって、苦戦から脱却するには迅速かつ大胆な戦略転換が必要であり、それができなかった企業が淘汰圧に晒されていると言えるでしょう。

5. 今後2030年頃に向けた市場の進化予測

今後5年から10年先(2030年前後)にかけて、製造業・産業機器の世界市場はさらに大きな進化を遂げると予想されます。市場規模は引き続き拡大し、勢力図も現在の延長線上で変化が進むでしょう。

市場規模の拡大:まず全体の市場規模については、製造業の自動化ニーズやデジタル化の加速に伴い堅調な成長が見込まれます。ある予測では2023年に約1,405億ドル規模であった世界のファクトリーオートメーション市場が、2030年には約2,819億ドルに達するとされ、年平均9.1%の高成長率が予測されています​

statzon.com

。この中で中国市場は引き続き最大の割合を占める見通しです。中国は製造業大国として国内の自動化需要が旺盛なだけでなく、政府主導のイニシアチブ(例えば「智能制造」(スマートマニュファクチャリング)計画など)によって2030年までに世界の製造革新をリードする存在になることを目指しています。実際、太陽光パネルや電池産業などの新興分野では、中国が世界需要を牽引する形でロボット導入が増加しています​

therobotreport.com

。したがって、2030年に至るまで中国はグローバルな産業機器需要の中心地であり続け、市場拡大を牽引するでしょう。

中国企業のさらなる台頭:上記の市場拡大に乗じて、中国企業の世界シェアは今後さらに高まる可能性が高いです。ITIFの分析では「西側諸国が一貫した政策対応を取らない限り、中国のロボット生産シェアは大幅に上昇するだろう」と指摘されています​

itif.org

。現状でも中国メーカーは自国市場で得た規模メリットと経験を武器に、欧州や東南アジアなど海外への進出を加速しています​

streetinsider.com

。例えば先述の協働ロボット企業JAKAは調達資金の多くを国際展開に投じる計画ですし​

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、Inovanceも5年内に海外売上比率を20%に高めるべくハンガリーに工場建設中と報じられています​

morningstar.com

。これらの動きが功を奏すれば、2030年頃には特定分野で中国企業が世界トップシェアを握るケースが増えるでしょう。たとえば低価格帯ロボットや一般産業向けPLCでは、中国メーカーが世界シェアの過半を占めても不思議ではありません。またEV・バッテリー製造装置など、新たな製造分野で中国勢が先行する場面も増えると考えられます。

しかし一方で、日欧米の大手企業も黙って市場を明け渡すわけではなく、新技術で次の飛躍を狙っています。現在、産業AIや5G活用、さらには生成AIを組み込んだ次世代自動化などが研究開発されており、2030年には生産現場の風景が一変しているかもしれません。シーメンスは産業用のジェネレーティブAIコパイロットを発表するなど​

blog.siemens.com

、ソフトウェア定義型の自動化(Software-defined Automation)に舵を切っています。こうした新潮流においても中国企業は素早く追随・参入すると見られますが、基礎研究力やエコシステム構築ではまだ欧米企業に一日の長がある領域です。したがって、2030年頃の市場は「中国勢のコスト・量産力 vs. 欧米日の技術革新力」の構図がより鮮明になる可能性があります。

地政学リスクとサプライチェーン再編:もう一つ、2030年に向けて考慮すべきは地政学的な要因です。米中対立や各国の経済安全保障政策により、ハイテク製造装置や先端部品の貿易環境が変化する可能性があります。既に半導体製造装置では対中輸出規制が強化され、日本やオランダの企業が影響を受けています。同様に、ロボットや高精度工作機械なども輸出管理対象になれば、中国企業の技術習得スピードにブレーキがかかるかもしれません。一方で中国は内製化を進め、「自給自足」戦略で2030年までに主要機器の国産率を大幅に引き上げる目標を掲げています​

cfr.org

。この綱引きの結果によっては、市場の勢力図が政策的に調整される場面もあり得ます。例えば、インドやASEAN諸国が中国の代替生産拠点として台頭し、そこに欧米日メーカーが投資を振り向けることで、新興国市場で中国メーカーと直接競合する場が増えるでしょう。つまりサプライチェーンの「フレンドショアリング」(友好国への分散)が進展すれば、中国一極の状況は相対的に緩和し、市場は多極化する可能性もあります。

総じて、2030年頃の産業機器市場は**現在の延長線上にある進化(中国企業のさらなる成長と市場拡大)不確実要素(技術ブレークスルーや地政学リスク)**の双方が絡み合うと考えられます。数量的には中国が依然最大の生産・消費地でしょうが、その中身は高度化し、ただ安価なだけでなく技術的にも最先端に近い製品を中国企業が生み出すようになっているかもしれません。西側企業は、それに対抗してより革新的な製品・サービスや高度なソリューション提供で差別化し、市場を分かち合っている構図が予想されます。競争は一段と激しくなる一方、市場自体はDXやグリーン化ニーズで活性化し、2030年の製造業は「よりスマートで持続可能なもの」を目指して進化しているでしょう。

6. 日本の製造業(BtoB産業用電気機器メーカー)が取るべき経営戦略と具体的アクション

上記の分析を踏まえ、日本の産業用電気機器メーカー(主にBtoB向けの自動化機器メーカー)は今後、競争力を維持・強化するために以下のような戦略とアクションを取るべきだと考えられます。

(1) 中国依存からの脱却と市場ポートフォリオ再構築:まず喫緊の課題は、売上や生産の中国偏重を是正し、リスク分散を図ることです。日本総研の報告も、「中国に過度に依存しない供給網・販売網の構築」「インドや東南アジアなど有望市場への積極進出」が必要と提言しています​

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。具体的には、現地子会社や販売拠点の見直し、新興国での代理店網強化、さらにはインド・ASEANでの現地生産拠点設立などが挙げられます。中国ビジネスの縮小・撤退を決める企業も増えていますが​

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、完全撤退ではなく**「選択と集中」**で利益率の高いニッチ領域だけ残す戦略も考えられます。同時に、中国以外の成長市場であるインド(人口増・製造業振興政策あり)や東南アジア(多くの製造業が進出)のニーズを捉える製品展開が重要です。例えば、インド向けに堅牢でメンテナンス容易な低価格PLCを開発する、東南アジアの食品工場向けに衛生仕様のセンサーを売り込む、など地域別戦略を練り直します。

(2) 高付加価値化と差別化戦略の徹底:中国企業との価格競争に巻き込まれないため、日本企業はより高付加価値な領域に経営資源を集中すべきです。幸い、日本の産業機器メーカーは品質や技術で世界的評価が高い分野が多く残っています(精密測定機器、安全機器、超高速・高精度加工機械など)。こうした分野で**「オンリーワン」の技術を深化させ、市場をリードすることが肝要です。キーエンスの例に見るように、圧倒的な性能差やソリューション力があれば高価格でも選ばれ続けます​

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。各社は自社の強み領域を見極め、そこに研究開発投資を集中させてください。また差別化にはソフトウェアやサービスの付加**も有効です。ハード単体では模倣されやすく価格競争になりますが、ソフトと組み合わせてソリューション化すれば簡単には真似されません。例えば自社センサー+AI診断サービスで設備の異常予知を提供する、工作機械に遠隔モニタリングサービスを付けて稼働率向上を約束するといったビジネスモデルです。これにより単なる機器売りから脱却し、顧客に継続的価値を提供してロイヤルティを高められます。

(3) デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進:日本の産業機器メーカー自身もDXを進め、新製品開発サイクルの短縮やカスタマーエクスペリエンスの向上を図る必要があります。中国企業は開発のスピードが速く、製品の改良や新規投入で機敏に動きます​

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。対抗するには、日本企業も社内のデジタル技術活用で効率を上げ、顧客要求への対応力を高めねばなりません。具体的には、製品設計にシミュレーションやAIを活用して開発期間を短縮する、受注生産やカスタムにもデジタルで柔軟に対応できる生産システムを構築する、営業面ではオンラインでの技術支援やデータ分析による提案営業を強化する、といった施策が考えられます。また、IoTによる自社製品の稼働データ収集とフィードバックで次世代製品改善につなげるといったデータ駆動型経営も重要です。DXは単なるIT化ではなく、ビジネスモデル変革の契機と位置づけ、プロダクトアウトから顧客価値起点への転換を進めることが日本企業の競争力維持に資すると言えます。

(4) オープンイノベーションと産学連携の活用:技術優位を保つためには、社内開発だけでなく外部リソースとの協業も不可欠です。スタートアップ企業との連携や大学との共同研究を通じて、新しい技術やアイデアを積極的に取り込む姿勢が求められます。中国でも産学官の連携でロボット技術開発が進んでおり、人材輩出も盛んです​

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。日本も産業界が中心となって大学のロボティクス研究を支援したり、AIベンチャーと協力してスマートファクトリー向けの新サービスを創出したりする動きを強めるべきです。また、場合によっては競合他社同士の協業も選択肢になります。国内メーカーが国内市場で争ってもパイの奪い合いになるだけなら、共同でプラットフォームを作り海外に打って出る方が得策な場合もあります。たとえば通信規格や設備データの標準化で国内勢が連携し、相互運用性を高めて海外市場での安心感を与えるなど、エコシステム戦略で中国勢に対抗する考え方です。

(5) コスト構造改革と競争力の底上げ:付加価値向上と並行して、競争力の基盤となるコスト効率も改善し続ける必要があります。日本企業は品質重視ゆえコスト高になりがちですが、製品設計のモジュール化や製造の自動化などでコストダウン余地を追求するべきです。中国企業も技術力が上がるにつれ品質差は縮まりつつあるため、「安かろう悪かろう」ではない競合となっています​

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。日本企業は品質で勝ちつつも、価格差を許容範囲に収められるよう生産性向上を進めなければなりません。そのためにはリーン生産やサプライチェーン改革(調達先多元化、在庫適正化)も重要です。特に部品供給網では、中国以外からの調達拡大や内製・共通化によるコスト低減を検討します。また、人材面では賃金上昇に見合う高付加価値労働へのシフトが必要で、単純作業は自動化し、人材にはより創造的業務に注力してもらう組織改革も求められます。

(6) 国や業界団体との連携:最後に、政府支援や業界横断の取り組みも積極的に活用すべきです。欧米ではインダストリー4.0政策や政府補助金を背景に企業競争力を底上げしています。日本でも経済安全保障の観点から重要産業の支援策が議論されています。産業用ロボットや工作機械は日本の得意分野であり続けるためにも、研究開発補助、税制優遇、人材育成策など国のサポートを引き出す努力が必要です。各社単独では難しい基盤技術開発(次世代AIチップの開発や、ロボット安全規格策定など)は業界団体を通じて連携し、政府プロジェクトとして進めることも考えられます。さらに、対中国戦略としてサプライチェーン強靭化や輸出管理への対応も、企業だけでなく国策として議論すべきテーマです。企業はそうした動きに参画し、自社の意見を発信していくことが重要です。

以上のような多面的な戦略を講じることで、日本の産業用電気機器メーカーは中国企業との競争に打ち勝つ道筋をつけることができるでしょう。特に鍵となるのは、自社の独自価値を磨き上げる一方で変化への柔軟性を持つことです。日本企業は伝統的に強みを持つ分野では粘り強さを発揮できますが、時代の変化に対応した戦略転換はやや鈍いとも言われます。しかし今回の中国企業台頭という大きな波に対しては、待ちの姿勢ではなく攻めの改革が求められます。幸い、日本には長年培った技術力・現場力があります。それを土台にデジタルやグローバルの視点を取り入れ、新しいビジネスモデルや価値提供に挑戦することで、2030年に向けても国際競争力を発揮し続けることが可能になるでしょう。

参考文献・情報出典

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  • EqualOcean (2023) 「中国3Dビジョン産業の誕生とグローバル化」​

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  • Reuters (2024) 「German robotics industry faces stiff competition from China, VDMA says」​

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  • ダイヤモンドオンライン (2023) 「ファナック、オムロンは低迷…中国依存度で明暗くっきり」​

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  • The Robot Report (2023) Georg Stieler “What’s new in China’s robotics market?”​

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  • Financial Times (2021) "Keyence's miraculous margins"​

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  • Control Global (2023) "Rockwell Automation’s expanding technology strategy"​

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  • StatZoN (2023) "Global Factory Automation Market Trends and Forecasts to 2030"​

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