1. 中国企業の成長の実態

市場規模とシェアの拡大:この5年間で中国の製造業・産業機器メーカーは急速に成長し、世界市場で存在感を高めています。例えば、産業用ロボット分野では中国が世界最大の市場となり、2023年には世界の新規設置台数の51%(276,288台)を中国が占めました​

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。中国国内のロボット稼働台数は175万台を超え、前年比+17%と記録的水準です​

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。中国メーカーの国内シェアも2023年に47%へ急伸し、10年以上ほぼ28%前後で停滞していた状況から大きく向上しています​

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。機械工具分野でも中国は世界最大の生産国であり、2022年には中国市場が世界の工作機械市場の32.4%を占めました​

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。つまり、工作機械など資本財領域で中国企業が占める比重も着実に拡大しています。

売上成長と主要企業:中国企業の売上高も著しい伸びを示しています。たとえば中国最大級の産業自動化メーカーである**深圳Inovance(インオバンス)**は、2022年に34億ドル(約4,500億円)の売上を記録し前年比28%もの成長を達成しました​

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。同社はサーボモータやインバータ、PLC(プログラマブルロジックコントローラ)などを手掛け、産業オートメーション事業だけで17億ドルを売り上げています​

inovance.eu

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。Inovanceは研究開発にも積極投資しており、2022年のR&D支出は3億3,000万ドル(売上の約10%)に上りました​

inovance.eu

。こうした積極的な投資により、Inovanceは中国最大の産業オートメーション企業に成長し、工場向けロボットでも国内2位の生産量を持つと報じられています​

en.wikipedia.org

また、ロボットメーカーでは埃斯顿(Estun)新松(Siasun)などが台頭しています。2022年、中国の多関節ロボット国内最大手のEstunは国内で17,000台以上を販売し、販売台数でABBや安川電機(Yaskawa)を上回り、FanucやKUKAに次ぐ水準に達しました​

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。協働ロボット(コボット)の分野でもJAKAやDOBOTといった新興企業が急成長し、海外進出のための資金調達(IPO計画など)を進めています​

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。産業用電気機器では、低圧電機器メーカーの正泰電器(CHINT)デルタ(台達電)(※台湾企業ですが中国市場で存在感大)も中価格帯市場でシェアを伸ばしつつあります。さらに、家電・デジタル産業の巨人である美的集団(Midea)は2016年にドイツのロボット大手KUKAを買収するなど、先端技術・ブランドの獲得にも積極的です。このように主要企業の動向を見ると、国内成長のみならずグローバル展開や海外企業買収を通じて技術力・市場シェアを高める戦略が目立ちます。

技術力の向上:技術面でも中国企業のキャッチアップが顕著です。中国メーカーは当初「安価な追随者」と見なされがちでしたが、近年は独自のイノベーションも増え、先端分野での競争力を強めています。産業用ロボットについて見ると、2022年時点では中国のロボットメーカーはまだ最先端のイノベーションでリードしているとは言えないものの、政府の重点支援もあって**「近い将来には技術面でも海外先行企業に肩を並べ、かつコスト優位も享受するだろう」**との分析があります​

itif.org

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。実際、中国政府は「中国製造2025」計画で2025年までにハイテク産業の国産化率70%を目標に掲げており、高性能ロボットや工作機械の国産開発を強力に後押ししています​

iqsdirectory.com

。この政策のもと、センサー・AI・サーボ制御などの要素技術でも中国企業・研究機関が力を付け、製品の品質・性能が向上しました。例えば、中国のマシンビジョン(画像検査)分野では上流部品まで自前化を進めた結果、ローカル企業が照明や工業用カメラで高い国内調達率を実現し、コスト競争力とカスタマイズ対応力で日米企業に対抗しています​

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。一方で最先端の3Dビジョンセンサー市場では依然キーエンス(日本)が世界シェア55%(中国でも38%)を握るなど、技術ギャップは残りますが​

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、中国勢も研究開発の蓄積と安価なエンジニア人材を背景に急速に追い上げている状況です。

2. 中国以外の企業への影響

シェア争いと受注減少:中国企業の台頭は、日本や欧米の製造業・産業機器メーカーに大きな競争圧力を与えています。特に、中国市場におけるシェア争いが激化しており、従来優位だった海外企業がシェアを奪われる例が増えています。日本総研の分析によれば、日本と中国が競合する製造業分野の割合は2015年には全体の5割程度でしたが、2022年には7割超にまで拡大しました​

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。つまり日本企業が強みとしてきた機械産業の分野に中国企業が数多く参入し、国際市場で直接競合するケースが飛躍的に増えています​

jri.co.jp

。この結果、日本企業の中国向け売上は中国のGDP成長に比して大きく落ち込んでおり、中国子会社の業績不振が目立っています​

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。例えば**FANUC(ファナック)**は2023年4-6月期に中国向け受注が前四半期比41%も減少し、業績見通しを下方修正せざるを得ませんでした​

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。同社の2024年3月期通期予想も売上高▲12%、純利益▲34%(前期比)へと引き下げられており、中国事業の減速が業績の重石となっています​

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また、産業用ロボット世界大手の安川電機も中国市場の低迷に直面しました。2023年度上期には中国におけるロボット受注台数が前年同期比で48%減と急減し、中国需要に依存した業績構造の見直しが迫られています​

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。同様にオムロンも制御機器事業の中国向け需要急減により、2024年3月期の純利益見通しが98%減という異例の大幅減益となりました​

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。オムロンは中国大手顧客(半導体・EV関連)に支えられてきましたが、足元の中国経済減速と現地メーカーとの競合激化で受注が激減し、直近では2000名の人員削減に踏み切る事態となっています​

zaikai.jp

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。このように、中国市場における売上比率が高い企業ほど、中国勢台頭や市場変動の影響で業績悪化に苦しむケースが目立ちます

diamond.jp

価格競争と利益率への圧力:中国企業はコスト競争力を武器にグローバル市場で価格攻勢をかけており、日欧米企業の利益率にも影響を与えています。中国メーカーは自国市場で熾烈な価格競争を経験しているため、海外展開に際しても積極的な価格設定でシェア拡大を狙います。例えば、中国の低価格帯ロボットやPLCの浸透により、新興国市場では高機能だが高価な日欧製品より、**「十分使える安価な中国製」**を選ぶ企業が増えています​

itif.org

。実際ドイツ機械工業連盟(VDMA)は、自国ロボット産業の先行きについて「競争は激化しており、中国の供給者が欧州に攻勢をかけ始めた」と警鐘を鳴らしています​

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。2024年のドイツのロボット・オートメーション業界の売上成長見通しは、中国勢との競争を背景に当初予想の半分の+2%に下方修正されました​

streetinsider.com

。このように、各国企業は価格引き下げや付加価値強化を迫られ、収益性維持に苦慮している状況です。

日本企業も高価格帯戦略が通用しない局面が増えています。新興国では中国メーカーが**「低価格帯製品で地元ニーズに応える」戦略でシェアを取っており、キーエンスなど日本勢の高価格製品はニッチな需要以外では苦戦する場面もあります​

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。その結果、日本の工作機械や産業機器メーカーが価格競争で劣勢となり、利益率が低下する例も見られます。また、中国企業の追い上げにより製品コモディティ化が進むと、値下げ圧力だけでなく取引関係の見直し**(中国ローカル調達への切替え)も発生し、海外メーカーは既存顧客を失うリスクにも直面しています。これらの影響に対抗するため、各社は差別化戦略の強化やコスト構造の改善などに取り組んでいます。

競争環境の変化:以上のように、中国企業の台頭はグローバル競争地図を書き換えつつあります。かつて日欧米メーカーが寡占していた領域に中国企業が参入・拡大することで、競争相手の数が増え多極化が進みました。特に製造業用の中間財・資本財では、「主要先進国の中でも日本は中国と真正面から競合している」と言われるほど競争が激化しています​

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。そのため日本企業にとっては、中国企業との技術・価格両面での競争を前提に事業戦略を再構築する必要性が高まっています。また地政学リスクの観点でも、中国市場における事業の不確実性が増しており、日米欧企業が中国依存を見直しつつあることも競争環境を変えています​

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。すなわち、一部の外国企業は中国ローカル企業との直接対決を避ける形で生産拠点や販売先を他国にシフトし始めており、今後は各社のポートフォリオ戦略も競争環境に影響を与えるでしょう。

3. 各国主要製造業企業の経営・事業戦略

中国勢の挑戦に対し、日米欧の主要な製造業・産業機器メーカー各社はそれぞれ独自の戦略で競争力維持・強化を図っています。以下、代表的な企業(キーエンス、ロックウェル、シーメンス、シュナイダー、エマソン、オムロン等)の戦略のポイントを概観します。

  • キーエンス(日本):ファクトリーオートメーション(FA)用センサーや測定機器で世界トップクラスのキーエンスは、高付加価値製品と卓越した営業力で高い利益率を維持しています。事実、同社の営業利益率は近年40%を超え、直近期には60%近くに達する驚異的な水準です​

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    。この収益力を支える戦略は、自社開発の先端センサー・画像処理機器で市場をリードしつつ、直接販売モデルで顧客ニーズに迅速対応することです。キーエンスは製品ラインアップを拡充しながらも標準化を徹底し、受注生産ではなく在庫販売によって短納期を実現しています。これにより顧客の生産性向上ニーズに応え、市場変動にも強い事業構造を築いています​

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    。また海外展開にも積極的で、現在は売上の半分以上を海外から得ています​

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    。中国市場においても高性能センサーや3Dビジョンで強みを発揮し、2022年時点で3Dビジョンの中国市場シェア約38%を握るなど存在感を保っています​

    equalocean.com

    。もっとも、低価格帯では現地企業との競争が激しく、キーエンスは引き続き「高価格でも独自価値のある製品」を供給し続ける戦略で優位性を維持しようとしています​

    note.com

  • ロックウェル・オートメーション(米国):PLCや産業用制御システムで米国最大手のロックウェルは、デジタル変革とサービス強化を軸に戦略を展開しています。同社CEOのブレイク・モレット氏は「これからの10年で勝者と敗者を分けるのは、複雑な課題をシンプルに解決し顧客にレジリエンス(強靱性)と持続可能性を提供できるかだ」と述べ、従来の生産最適化に加えてレジリエンス(強靱性)・人間中心のオートメーション・サステナビリティ・デジタル化に重点を置くとしています​

    controlglobal.com

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    。具体的には、コアの制御技術に加えてMESやクラウドなどソフトウェア領域を買収や提携で強化しています。近年では製造業向けクラウドMESのPlex Systemsを買収し​

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    、需要予測ソフトDemandCasterの取り込みによってサプライチェーン全体の最適化ソリューションを提供しています​

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    。さらにサイバーセキュリティ企業のVerveを買収して産業セキュリティ対応力を高めるなど​

    controlglobal.com

    、ハードからソフト・サービスまで統合した付加価値を武器にする戦略です。こうした技術拡張とともに、顧客のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を包括的に支援し、“単なる機器供給者”から“ソリューションパートナー”へ進化することで競争力を維持しようとしています。
  • シーメンス(ドイツ):世界最大級の総合電機であるシーメンスは、産業オートメーション分野でも圧倒的な市場シェアと幅広い製品群を有します。PLCの世界シェアでは約40%を占め依然首位を走っており​

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    「世界の工作機械の3台に1台はシーメンスの制御で動いている」とも言われます。シーメンスの戦略は「リアル(現実世界)とデジタルの融合」であり、ハードウェアとソフトウェアを統合したエコシステム構築に注力しています​

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    。具体的にはXceleratorと呼ぶオープンデジタルプラットフォームを展開し、自社およびパートナーのソフトウェア(CAD/CAM、PLM、シミュレーション、IoTなど)と産業機器を連携させて、顧客の設計から製造まで包括的に支援しています。近年、Mentor Graphics(EDAソフト)やCD-adapco(CAEソフト)などのソフト企業を買収し、デジタルツインや産業AIにも力を入れています。また中国市場に対しては深いコミットメントを続けており、現地でのR&D投資や工場設立(例:2023年に成都にデジタル工場開設)を通じて**「中国で創り中国に売る」**体制を強化しています。シーメンスは早くから現地企業との合弁や人材育成にも取り組み、中国政府との関係構築を図ってきました。その結果、中国国内で依然高いブランド力・市場シェアを維持しつつ、最新のデジタル技術をグローバルに展開して競争力を高めています。
  • シュナイダーエレクトリック(フランス):配電機器と産業オートメーションの大手であるシュナイダーは、エネルギーマネジメントとオートメーションの融合戦略を掲げています。IoTプラットフォーム「EcoStruxure」を軸に、工場のエネルギー効率と生産効率を統合的に最適化するソリューションを提案しています。シュナイダーは近年ソフトウェア分野にも踏み込み、イギリスの産業ソフト大手AVEVAを統合(2023年完全子会社化)してプロセス産業向け制御ソフトやシミュレーションツールを自社ポートフォリオに加えました。これによりハード(PLC・DCS・インバータ等)とソフト(SCADA・シミュレータ等)の一体提供を強化し、顧客のDX支援を進めています。またシュナイダーは中国市場売上比率が30%前後に達しており、同社にとって中国は本国フランスを凌ぐ最大市場です。そのため中国における研究開発や現地製造も重視し、主要都市に複数のR&Dセンターを設置しています。現地企業との競合に対しては、「グローバル品質+ローカル適応」をキーワードに、中国独自の低コスト製品ライン(例えば廉価版のPLCやブレーカなど)の投入も行っています。全社戦略としてはサステナビリティ(脱炭素)を前面に出し、省エネ・省力化ソリューションのリーディングカンパニーとしてブランド価値を高めつつ、中国企業との差別化を図っています。

  • エマソン・エレクトリック(米国):プロセス産業向け計装・制御の大手エマソンは、事業ポートフォリオの再構築を進めています。近年、空調機器部門など非中核事業を分離・売却し、産業オートメーションとソフトウェアに経営資源を集中する戦略を取っています。2022年には製造業向けソフトウェア企業のAspenTechに大規模出資(実質的な統合)を行い、プロセスシミュレーションやプラント最適化ソフト分野を強化しました。2023年にはテスト計測大手のNI(ナショナルインスツルメンツ)を買収し、制御から検査まで幅広いソリューション提供を目指しています。エマソンは元々石油・化学プラント向けのDCS(分散制御システム)やバルブで強みがありましたが、現在は離散製造領域にも進出しており、PLC大手のロックウェル買収を試みたこともあるほど野心的です(※2017年に買収提案するも実現せず)。こうした動きは、中国など新興市場での競争力強化と長期成長を睨んだものです。エマソンは中国でも石油ガス分野を中心に堅調な事業基盤がありましたが、国内メーカー(例えば和利時=HollySysなどDCS分野の台頭企業)の追撃を受けつつあります。そこで高度な制御アルゴリズムやプラント全体最適化といった付加価値で差別化し、単なる装置売りではなく運用改善パートナーとなる戦略にシフトしています。また、グローバル市場での成長機会として、脱炭素関連の水素製造やCO2回収など新産業領域向けの制御需要も狙っています。

  • オムロン(日本):センサ・FA機器からヘルスケアまで手広いオムロンは、産業部門では**「innovative-Automation」戦略を掲げ、次世代オートメーション技術に注力しています。具体的には、制御機器にAIや画像認識を組み込み、人と機械が協調する生産システムを提案しています。また2015年に米ロボット企業Adeptを買収してモバイルロボット事業に参入するなど、新技術の取り込みも積極的です。しかし前述の通り直近では中国市場依存の弊害が表面化し、大幅な業績悪化に見舞われました​

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    。これを受け、オムロンは「特定業界や地域に依存しない事業構造への転換」を急務と位置づけています​

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    。具体策として、中国向け偏重だった製品ポートフォリオを見直し、EV・半導体以外の新領域(食品、物流、グリーンエネルギーなど)開拓や、地域面ではインド・東南アジア・北米など成長市場への経営資源再配分を進めています。また、制御機器のオープンプラットフォーム化や他社との協業にも取り組み、エコシステム戦略で競争優位を高めようとしています。オムロンの強みであるセンサー技術と制御技術を組み合わせ、例えばロボットとセンサーの融合ソリューション**や、設備の予兆保全を実現するAI搭載コントローラなどを展開し、価格競争に陥らない独自価値を創出する方針です。

以上のように、各社ともデジタル技術の活用(IoT・AI・ソフトウェア)やサービス志向(ソリューション提供型ビジネスモデルへの転換)を共通のテーマとして戦略を練っています。同時に、それぞれ自社の強みを伸ばし弱みを補完する形でM&Aや提携を行い、中国企業に対抗できる総合力の強化を図っている点が特徴です。また市場ごとの戦略では、高度品位な製品で成熟国市場を固めつつ、ローカライズや低価格ライン投入で新興国市場にも対応するなど、地域戦略の巧拙も競争力に影響を与えています。