24日に草津の元白根山のコマクサ見物に出かけた。その2日前、山岳会仲間のヤナさんが登っていて「花数は多かったけど、俺たちと同じ」 そっかぁ、盛りは過ぎてるのかぁ。
 
 実は、23日午後3時過ぎに家を出て、草津の中沢ヴィレッジに宿泊。2週間前に同級生3人と泊まったばかり。もち、シャトー館だよ(分かるかな)
 朝、窓外を見るとガスが濃い。で、朝風呂からスタート。温泉泊まりの翌朝は「朝風呂・朝酒」が定番だが、朝酒は神さんの手前我慢。
 で、元白根登山は中止、野反湖へと車を向けた。草津を出たら「ノゾリキスゲ コマクサ開花」の手書き看板があったから、これに誘われたわけ。
 
 最後の集落、和光原を過ぎた道左側に道祖神。
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 その道祖神のはす向かいにあったのが薪小屋
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いいなぁ
時間があればなぁ。これくらいの薪小屋作れるのに......
 
 国道405号を進むと
 
 史蹟 小栗清水という案内板が
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 これは行かずば成るまい、と山道に入る。
 案内通り150mほど歩くとあった、小栗清水。
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 ここで小栗上野介忠順夫人や母堂たちが喉を潤したのか。夫人は身重で、落ち着き先の会津で女児を出産したそうな。護衛の村民たちも幕末戊辰戦争に巻き込まれていく。
旧倉渕村 小栗上野介ゆかりの東善寺HPから http://tozenzi.cside.com/aizu.htm
 ちなみに、徳川幕府瓦解直前まで勘定奉行など要職にあった小栗上野介は、お役罷免後領地の権田村(旧倉渕村)に退いていた。そして血に飢えていたとしか言いようがない東山道軍総督府によって「罪なくして」斬首された。「下手人」は、後に山口県令(県知事)・福島県知事・北海道長官にもなった原保太郎という。
 
 罪なく して斬首された 小栗上野介忠順と倉渕については後日。
 
 100数十年前から現実に戻って。
 
 あったあった。ノゾリキスゲ。
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 ややピークを過ぎたのかな。ガスのおかげで湖面は見えずじまい。残念。
 コマクサの方は.....現地を確認できず 敗退
 
 代わりにウスユキソウの花
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 コオニユリも咲いていた。
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 目的外の場所だったけど、いくつか花も見られたし、満足満足。帰宅して知人に報告したら「八間山は登らなかったんだ」と言われちゃった。
 
 再訪を約束しますです。はい。