クリスマスが終わり、いよいよ今年も残り僅かですね。
今日は、週末に家のプリンターで印刷した年賀状に手書きで1枚ずつコメントを入れていました。
年賀状には様々な記憶があります。
私が小学生の頃、両親は業者に印刷を依頼していましたが、載せるイラストは私が書かされていました。
(見本を見ながらの獅子舞や干支)
毎回、母に「早くして!書けた?まだなの?」と急かされるのが嫌でたまらず、しかも自分のイラストの下手さも自覚していたので、「何で、こんな年賀状にするの!?」とイラつきました。
更に、印刷が仕上がった白黒の年賀状に絵の具で色を付ける作業も私が担当させられたので、イライラは倍増でした。
本当に面倒で、兄はノータッチなのもしゃくに障り、数年後には拒否しましたが、今思えば、親の愛情のようなものだったんでしょうか。
ヘタなところが愛嬌があって可愛い、というような親心だったのかもしれません。
もう少し長く付き合ってあげても良かったかもしれない、と今は思います。笑
私自身の年賀状は、結婚してからはほぼ毎年、夫婦連名のものを、ネット検索したイラスト等を取り入れて私がシンプルにパソコンで作成してきました。
ここ数年は郵便局の「はがきデザインキット」を利用して、その中からイラスト等を選び、更にシンプルに作成しています。
なぜ、シンプルなのか。
一応、私なりの理由があるのです。
歳を取ってくると年賀状だけの付き合いという人も沢山いるし、年に1度だけのやり取りだからこそ、強く印象に残ってしまうものですよね。
家族が揃っている場所やタイミングで目にするものでもあり。
だから、嫌なインパクトを出してしまいたくないなぁ、と。
実際、私には、不妊治療中で心の闇をさまよっていた時期、夫宛に届いた夫の同僚からの年賀状に書かれた「子ども、まだ?」という一言を目にして発狂した記憶があります。
「この人、何なのよ!!こんな事、わざわざ、何で書くのよ!!」と泣き叫び、周囲にこんな無神経な一言を書く人間がいるという理由で(笑)夫を罵りました。
夫にしてみれば完全なトバッチリだった訳ですが、私には猛烈なショックでした。
そんな訳で、今も、本人以外も目にする、おめでたい新年の挨拶状である年賀状のコメントは、自分なりに少し意識しています。
又、子どもさんだけの写真を載せた年賀状をいただく事も多いものですが、以前、誰だったかのコラムに「子どもだけの写真の年賀状とはいかがなものか。こちらは親の友達や知り合いであり、子どもとは無関係なのだが」というような事が書かれてあり、「確かに!」と思いました。
毎年、家族集合写真を撮り続け、載せ続けているご家庭なら、ご家族全員からのご挨拶という年賀状の意味として素晴らしいと思いますが、子どもだけという写真、結構多いんですよね。笑
大人は劣化も気になるし(笑)写りたくないから子どもだけで、という軽い気持ちで全く深い意味は無いのでしょうが、受け取る側の心に小さく刺さる場合も無くは無い気がします。
さて、あっさり作成出来る年賀状ではあっても、出す事自体が面倒になり、実は最近は、大半は、くださった方にだけ後から返していました。
「もう、くれなくていいんだけどな…」と愚痴りながら。笑
でも、今年、癌を経験してみて、1年に1度の年賀状だけの付き合いでも、私を忘れずにいてくれて、出し続けてくれている事に素直に感謝の気持ちが湧き上がりました。
又、今年、会社の元同期と集まった時、10数年ぶりのメンバーとも何の違和感も無く話せたのも、年賀状の繋がりが途絶えていなかったせいがあったのかもしれません。
お互いに、存在を忘れていないよというサインを出し合っていましたから。
さて、残りの数枚にコメントを書き入れようかな。
今回、新たな気持ちで年賀状に向き合えたのは
小さな小さな幸せでした♪
今日は、週末に家のプリンターで印刷した年賀状に手書きで1枚ずつコメントを入れていました。
年賀状には様々な記憶があります。
私が小学生の頃、両親は業者に印刷を依頼していましたが、載せるイラストは私が書かされていました。
(見本を見ながらの獅子舞や干支)
毎回、母に「早くして!書けた?まだなの?」と急かされるのが嫌でたまらず、しかも自分のイラストの下手さも自覚していたので、「何で、こんな年賀状にするの!?」とイラつきました。
更に、印刷が仕上がった白黒の年賀状に絵の具で色を付ける作業も私が担当させられたので、イライラは倍増でした。
本当に面倒で、兄はノータッチなのもしゃくに障り、数年後には拒否しましたが、今思えば、親の愛情のようなものだったんでしょうか。
ヘタなところが愛嬌があって可愛い、というような親心だったのかもしれません。
もう少し長く付き合ってあげても良かったかもしれない、と今は思います。笑
私自身の年賀状は、結婚してからはほぼ毎年、夫婦連名のものを、ネット検索したイラスト等を取り入れて私がシンプルにパソコンで作成してきました。
ここ数年は郵便局の「はがきデザインキット」を利用して、その中からイラスト等を選び、更にシンプルに作成しています。
なぜ、シンプルなのか。
一応、私なりの理由があるのです。
歳を取ってくると年賀状だけの付き合いという人も沢山いるし、年に1度だけのやり取りだからこそ、強く印象に残ってしまうものですよね。
家族が揃っている場所やタイミングで目にするものでもあり。
だから、嫌なインパクトを出してしまいたくないなぁ、と。
実際、私には、不妊治療中で心の闇をさまよっていた時期、夫宛に届いた夫の同僚からの年賀状に書かれた「子ども、まだ?」という一言を目にして発狂した記憶があります。
「この人、何なのよ!!こんな事、わざわざ、何で書くのよ!!」と泣き叫び、周囲にこんな無神経な一言を書く人間がいるという理由で(笑)夫を罵りました。
夫にしてみれば完全なトバッチリだった訳ですが、私には猛烈なショックでした。
そんな訳で、今も、本人以外も目にする、おめでたい新年の挨拶状である年賀状のコメントは、自分なりに少し意識しています。
又、子どもさんだけの写真を載せた年賀状をいただく事も多いものですが、以前、誰だったかのコラムに「子どもだけの写真の年賀状とはいかがなものか。こちらは親の友達や知り合いであり、子どもとは無関係なのだが」というような事が書かれてあり、「確かに!」と思いました。
毎年、家族集合写真を撮り続け、載せ続けているご家庭なら、ご家族全員からのご挨拶という年賀状の意味として素晴らしいと思いますが、子どもだけという写真、結構多いんですよね。笑
大人は劣化も気になるし(笑)写りたくないから子どもだけで、という軽い気持ちで全く深い意味は無いのでしょうが、受け取る側の心に小さく刺さる場合も無くは無い気がします。
さて、あっさり作成出来る年賀状ではあっても、出す事自体が面倒になり、実は最近は、大半は、くださった方にだけ後から返していました。
「もう、くれなくていいんだけどな…」と愚痴りながら。笑
でも、今年、癌を経験してみて、1年に1度の年賀状だけの付き合いでも、私を忘れずにいてくれて、出し続けてくれている事に素直に感謝の気持ちが湧き上がりました。
又、今年、会社の元同期と集まった時、10数年ぶりのメンバーとも何の違和感も無く話せたのも、年賀状の繋がりが途絶えていなかったせいがあったのかもしれません。
お互いに、存在を忘れていないよというサインを出し合っていましたから。
さて、残りの数枚にコメントを書き入れようかな。
今回、新たな気持ちで年賀状に向き合えたのは
小さな小さな幸せでした♪