tangtangのブログ
そのうち そのうち
べんかいしながら 日がくれる
相田みつをBRAND COPY
そのうち、そのうちと後回しにしながら、
やり残すことばかりで
生涯を終えるのかなぁと思うことがありますね。
自分のことは後回しで
自分の時間などなかった頃もありました。
子どもたちのために 夜昼のない生活をして
できないのは、
しかし自分の中の肥やしになった気がします。
多少なりとも自己犠牲するのは
けっして犠牲にはならないんですね。
今は、いつも抱えていた乳飲み子の代わりに、
朝に夕に、文作をしている。
多少、眠る時間がないのは仕方がない。
でもその代わりに、やるべき現実的な用事は後回し。
治療しなければならない歯もそのままだし…。
私の場合は、そういうのが一番苦手だから。
やればできることをやらないでいるのは、
気持ちが悪いのですが。
今はPCが乳飲み子のようになって、
それはとてもありがたいことです。
こんな時間がもてるなんて…!CHANNEL COPY
ただ、昨夜は睡眠の誘惑に勝てずに
記事を全然作れませんでした。
夜中に目覚めたけれど、
頭が働かず、また布団に逆戻りです。
そのうち そのうち…
弁解しながら
朝が来てしまったわけです。
後悔しても、寝てしまった時間は戻りません。
後悔してるといえば、先日は、
あんなに長かった記事を一日で全部Upしてしまって、
あと一日二日は引き延ばせたのにな、とか…。
夜は感謝の祈りと共に眠り
朝は希望の祈りと共に目覚める
…これが私の信条なのですが…
夜は眠気に勝てず
朝から後悔に駆られ…
気を取り直して、今日も開始します。
大きな伸びをしてみます。思いっきり。
朝一に「伸び」、猫のように。
これ結構いいですよ。
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昔は、無縁仏というものがいましても、しっかり弔ってあげたようで、
全国各地にそんな墓跡が残っています。
今でも、身寄りもなく身元もわからずに亡くなっていく人が多いようです。
また、身元がわかっても、身内が引き取りたくないということで、
寂しく処置されることも少なくないようです。
そして、最近になって明らかになったこの事態。
亡くなったにも関わらず、何年も、何十年も届出をせず、
年金等を搾取し続ける遺族もいるのです。
それがもしかしたら、全国にもっと潜んでいるかと思うと…!
言葉もありません。
身内が亡くなったら、お葬式をするというのが、
普通のことだと思っていました。
供養してあげたい、ささやかでいいから、生前知っていた人に送ってもらい、
冥福を祈ってあげてもらいたいと思うはずです。
ところで、その亡くなった方々には、他に訪ねて来る人は
いなかったのでしょうか?
姿が見えなければ、心配したり、不審に思ったりするはずなのに…!CHANNEL
残された家族にとっても、生きていくためにお金は必要ですし、
事情があったにしても、魂よりもお金を取る行為は、恐ろしいことです。
殺したわけではないのだから、ということではありません。
偽って着服したお金で、亡くなったその人を
汚していったということですから。
身内が亡くなった時の私たちの心持ちと、行動の表れは、
神様から、そして亡くなった霊から見られています。
ある意味、私たちの魂が引き上がるか、引き下がるか
そのきっかけになります。
大切な人を亡くした痛みや悲しみを越えて、美しく生きようとする姿や、
その人をいかに心を込めて供養してあげるているかということは
自然に魂を浄化させるのです。
反対に上記記事のような事態は、“死”という尊厳なものに対する
冒涜であって、亡くなった人を、
まるで物のようにしか扱わないことです。年金のための物。
魂を何かに売り渡すとは、まさにこういうことでしょう。
一度始めたら、その身内の死を隠し続けるしかなかったそんな地獄に
自ら堕ちたんですね。
該当の遺族たちが、心を入れ替えていこうと思えば、それでも、
その地獄からは抜けられるかもしれません。
でも、ずいぶん深い穴を掘ってしまったと思いますよ。
そうして生きてきてしまったことは、子供や孫がいたとしたら、
自分はその人たちにやはり大切に供養してもらうことには
ならないでしょうし。
しかし、もし反省する気がないなら、おのずと行く道は知れていますね。
宗教宗派はなんでもいいから、お葬式をしてあげて欲しいです。
無宗教でも、結婚式は盛大にあげて、神前式であれ、教会であれ、
聖職者に祈ってもらいますよね。
だったら、質素でいいから、死を迎える時くらいは、
お葬式の一つもして送り出してあげないと。
供養もしないで放っておけば、災いになるのです。
あぶく銭は身につかないといいます。
後から後からお金が出ていったり、悪いことが起こったり
それは当然のことかもしれません。
昔から伝わってきたことは意味があるのです。
結婚式にしても、お葬式にしても…。 www.vitonkopi.com
先週の「ゲゲゲの女房」は、「目に見えないものは信じれないという世の中は、人間も住みにくい」というのが一つのテーマでしたね。
で、結局、水木さんは妖怪に会って、
「妖怪を知らせる」仕事を依頼されます。
私も、大それたことはできてませんが、同じようなところがあるのです。
幽霊に願いを託されてしまったようで…(笑)。
と書いていたら、トイレの戸が、パタンと閉まる音が。
さっきちゃんと閉めたのに。動じない私もちょっと、ゾゾッと来ました。
では、今日の本題に…。
この世で、もしも自分の願いをすべて叶えて幸福になったとしても
永遠の世界であるあの世で、
その幸福を続けられるかどうかはわかりません。
えっ、こんなに頑張って手に入れたのに?
残念ながら、この世で持っていた物、財、地位や名誉のようなものは
何一つ持っていけません。
もともとあの世は、天国に行く人を基準になっているので、
私たちのような俗人には、なじめないようです。
天国は魂が愛で満ちた人が行くところだそうです。
例えば、十二の関門を通れたらOKだとか、
三つの質問にクリヤしたら行けるとか言われています。
今日は十二の門で考えてみましょう。
十二種類の人を愛せる人は、その十二の門をくぐれるのだそうです。
人間というのは、大きく分けて、十二タイプに分かれるそうですから、
全ての人を愛せる基準ということでしょう。
それならば、大家族で育った人は、円満に越えやすいかもしれませんね。
老若男女、いろんなタイプ。
兄のような人、弟のような人、父のような人、祖父のような人、
おじさんのような人、義父のような人…。
姉のような人、妹のような人、母のような人、祖母のような人、
おばさんのような人、義母のような人…。 子供のような人、孫のような人…。
まず、親子の愛は基礎ですから、両親に愛された人は、比較的
人を愛し受け入れやすいでしょう。
また、子供のことは無条件に愛しますから、
私たちの愛を成長させてくれます。
そして実は、円満な夫婦関係が一番大切で、夫婦関係の中で、
十二のうちの半分をクリヤすることも可能です。
天国の「天」を分解すると「二」と「人」になるところから、一人では
入れない、夫婦同伴だなどとも言われます。
結婚をしていない人や、子供のいない人は、そういう意味で
不利だというところもあるのです。 CHANNEL
ただし、独身であってもマザーテレサやナイチンゲールのような人の愛を、
凡人の愛に比較することはできませんね。
愛の深さと、広さといった質と、ただ単なるタイプを
クリヤしたのでは、そのレベルが違うといえると思います。
自力で、一生懸命魂を磨いた上で
後は目をつぶってもらうしかない私たちかもしれませんね。
それは他力といえるものかもしれません。
十二の門を通っていく人は、さっとパスするので、
何か印のようなものがあるのかもしれません。
何か、見せたらフリーパスできる印籠みたいなものがあればいいですね。
あるとしたら、先輩の霊からの引き立てでしょうか。
天国とまではいかなくても、よりいいところに行けるのでは?
一番いいのは、直系のご先祖様ですね。
なんといっても、血のつながりほど確かなものはありません。
次には、思想的なつながりです。
宗教を持っていた人は、同じ宗教の人の引き立ては、望めるでしょう。
同じ考えを持った人が群れやすいですから。
後は、友人だとか、先生だとかですが、どこまで引き立ててくれるか
定かではありませんね。一代限りのお付き合いですから。
これが、いい先祖を持っていると、そのご先祖様にお世話になったと、
他の霊たちが引き立ててくれる場合があるとのこと。
逆の場合もあり得ますね。
地獄に引っ張っていかれないように、日頃の行いと心持ちを
チェックしなければなりませんね。
これが“魂チェック”です。
それと共に、自分をあの世で引き立ててくれる人の目星を
立てておくのが得策かもしれません。BRAND BAG

