何事もギリギリになってからしか動こうとしない、おいら。
子供の頃から遅刻すれすれで登校(って言うか遅刻してたけど)してた。
小学校上級になると登校班長ってぇのに任命され、グループ登校で下級生を先導しなきゃならないにも関わらず、常に独りきりギリギリ登校で、グループ登校した記憶は皆無。
夏休みの宿題なんかは、全くやらずギリギリ始業日の朝に学校で、賢い子のヤツを丸写し。
高校生時代もそんな感じで、中間・期末テストも遅刻した事もあり、
遅刻し過ぎてテスト終わってた事もあった。
大学の願書(たまたま友達の家にあったヤツ)も、提出締め切り日ギリギリに出したし、
誰かとの待ち合わせなんか有ろうものなら、これまたギリギリに行くものだから、走ったりなんので汗だくのヘトヘト。(結果遅刻)
クーポンや金券なんかは、ギリギリか、ほぼ期限切れになる。
父親の葬儀も数時間前ギリギリに駆け込んだ。(通夜は終わってたが)。
まだまだ腐る程有るギリギリ話は、枚挙にいとまが無いが、皆あまり興味がないだろうから、この辺で。
そんなこんなで時間に余裕を持てない人間、性分、
ギリギリの「崖っぷち人生」を歩んできた、訳だ。
しかし、おいらも流石に、ある時期からギリギリ指数が減少した。
それは某音楽誌でライターの仕事をした時からだ。
それまでのヌルいギリギリ、締め切りとは訳が違う。
原稿が全く書けない、原稿が落ちる、と言う恐怖からか何なのか。
それはシビアに、アマチュアの若輩者のおいらの甘えを削り取った。
しかし、まだまだギリギリ病だけは一向に治らなかった。
そんなある日、ライヴレポートの仕事が入った。
場所は赤坂。
この前に依頼されてた仕事、を念力で書いて終わらせ、これまた何時もの様にギリギリで開場へと向かったが、ちょっと読みが甘すぎて遅刻してしまい、開場入りした時は、既に演奏は始まっていた。
プレス関係用セットリストを見ると、5曲目だったか。
これはマズイ。非常にマズい。
何故ならライヴレポートは、例えば、
「まるで異世界に迷い込んだのか?と思わせる淡紫色の霧煙の中、幻想的なSEが止まると、一呼吸ほどの静寂が開場を支配した。
次の瞬間、○○のドラムフィルが、まるで怒号雷鳴の如く凄まじさでオーディエンスの脳を揺らした。
このイントロは?何と2016年ツアーファイナル、今宵の1曲目は、バンドのメジャーデビュー曲、○○○○だ。
この誰も予想だにしなかった選曲に、いい意味で裏切られたが、
「俺達はこの曲から始まった」
そう言わんばかりのバンドの放つ「核心」は、開場を埋め尽くしたオーディエンス「分子」と猛烈な速度で化学反応を起こしまた融合して既に地鳴りとなり地面を揺らす。
こうして、今宵、バンドの新たな歴史の幕が開がった。
とかって書けて、1曲目が始まったってネタだけで、字数(原稿)を埋められる訳だ。
仮に400字詰め原稿用紙で20枚くらい書くとなると、おいらの文才では、その穴埋め文は、貴重なのだ。(後に、ライターにはあんまり文才は要らん、て解ったがね(笑))
で、話を戻すとこの日のライヴ、最初の方を何も見ていない。
しかもこのバンドの曲名も曲も知らん、CD聴いた事もなかったし。
ヤバい!ってのが、お分かりだろうか?
しかし、そうこの日から、仕事上のギリギリラインの境界を通り越したが故に、反省し、性分が多少は変化したのかも知れない。
まあでも、その日のライヴレポはギリギリ念力で書いたがね(まぁプロなので)。キツかったけど(笑)。
結果としては、その日以降、遅刻やギリギリは減少した気がする(当社比)。
しかしながら、未だに相変わらず、ギリギリにしか行動出来ないもの、がまだある。
話は変わるが、昨日夕方、吉祥寺に行った。
萩尾望都SF原画展、を観に行く為だ。

萩尾望都SF原画展 宇宙にあそび、異世界にはばたく
2016年4月9日(土)~5月29日(日)
会期中の休館日:
4月27日(水)5月25日(水)
主催:武蔵野市立吉祥寺美術館 協力:河出書房新社
しかし、やはり、だ。
最終日だよ。ギリギリだ、
またまた、ギリギリだよ。
ところで、原画展の話は、また次回、日を改めまして、て事で。
ギリギリ今日中に、登校したかった話なので、これ以上書くとなると、明日になっちまう。
ギリギリ、今日中。てぇオチにしたいもんで。