数えてみると

結婚生活26年です。

この26年間、「わたしの勘違い」の上に成り立っていた結婚生活だったなあと思います。

 

 

私も働いていたので

互いに干渉しあわない関係だったからこそ

26年間やってこれたのかなと思い、、、、ます。

 

 

旦那は基本自分のことを喋りません。

だから、私が配慮して寄り添う感じでしょうか?

 

私がアクションを起こさなければ、二人の接点がほぼ無くなるんですよね~

旦那が、私に寄り添ったり、配慮したりすることがないので~

ああ、わたし頑張った、、、26年間。

 

 

その26年間、私を動かしていたのは、私のポジティブすぎる勘違いと家族愛でした。

頭の中を整理したいので、下記にまとめてみます。

 

 

 

 

旦那の行動に対してのわたしの勘違いアラカルト

 

①将来についての考えを喋らない

  →イザというときは頼りになるはず(…という期待)→何も考えていないし興味がない

 

②喧嘩しても数時間後には気持ちが切り替わってる

  →すぐ反省できる素直な人→深く考えていない、関心がない

 

③私がやることに干渉しない

  →器が大きい・理解ある旦那様→私に興味がないだけ

 

④私が家出しても、何かあっても爆睡してる

  →私を信頼してくれてる→私に興味がないだけ

 

⑤音信不通の友達に連絡し続けている

  →友達想い→ひとりでは行動できないタイプなので、自分を楽しませてくれるひとを探している

 

家族だと信じていた

  →「結婚は世間体、あなたが家族であるかは分からない」と言われ・・・

 

 

やっと目が覚めました!!!ポーン

 

 

 

 

 

ここまで26年間、勘違いでやってこれた原因として

「本質的な会話量」の少なさにあると思います。

昔から旦那はほとんど自分のことを話しません。

質問して聞いても嫌がります。

それでも、あなたのこと(本質)を知りたいと詰め寄ると、最終的に怒ります。

 

 

「表面的な会話」は好んでします。

芸能人の話、ニュースの話、知り合いの話、好きな番組の話、食べ物の話。

映画の感想を聞いても、「良かった/つまらなかった」と答えるだけ。

料理の感想もそう…あまり質問すると怒ります。だから話が膨らみません。

それ以上の「自分はこう考えているよ。」とか、「こう感じたよ。」とかもないから、

 

 

「この先どうしたいか?」

 

「なぜ好きなのか?嫌いなのか?」

 

「なぜ怒っているのか?」

 

この手の「深い核心」に触れる本質的な話はできませんでした。

怒るから。嫌がるから。

 

 

 

もっとおもいかえせば…

私のことを「好き」「愛してる」的なことは結婚前から今に至るまで一度も言われたことがありません。

プロポーズはわたしからして、旦那はうなずいただけで結婚に至りました。

たとえ私への愛の意思表示がなくても、

言葉や行動にするのが苦手な人ひとなんだな~家族だから支えてあげよう!

と寄り添ってきました。

 

 

 

ただ、なにかしらの旦那に対して大きな理解しきれない闇も無意識で感じていて

「このひと人間っぽくない…虫みたいなひとだな…」といつも思っていました。

それでも、私は(世間一般じゃなくていい、虫人間もオモシロイ!!)と自分に言い聞かせてきました。

 

 

ああ~わたしってほんとおバカさんだあああ笑い泣き

わたしにも原因はあるよね…悲しい

 

 

 

 

 

しかし、やっと目が覚めました!!!

旦那は半虫人間なんですポーン

共感性の欠如、浅薄な感情

 

関心がない、興味がない

自分を楽しませてくれるひとが欲しい

世間体や自分のルールを優先する

そこが核心だとやっと気がついた…

 

 

わたし、もう幸せになっていいですか?お願い