双極性障害(躁鬱病)から見た世界

双極性障害(躁鬱病)から見た世界

雨が降ってきたら、たんたんと傘をさし、晴れを待つ

Amebaでブログを始めよう!

ゆうたんぼーでございます。

相変わらずちょっと鬱っぼくなったり、
若干ですけど躁っぽいなーという毎日を過ごしてます。

こうやって気分が乗ったらブログを書けるだけで
色んなことが整理できるのはもちろん、
双極性障害から見た世界ということで、記録を残していきたいです。

指で喋るように書いていけたら理想的なんですけどね~、、

今日は、ここ最近思って、
考えていることを書いていきたいと思います。


以下、目次っぽくしてみました。

============
1.愛されるより愛する

2.恐怖や不安からではなく、自分の意思で

3.ワクワクのヒント
============



1.愛されるより愛する
 双極性障害と診断されてから、それが直接的なのかは分かりません。

社会としての生産的な活動を
停止するようになってしまい、結果的に実家に帰りました。

一人の時間が増えすぎて、どうしていいか分からず途方にくれました。

今もそれはあんまり変わっていません。

人と会う機会が限りなくゼロになりましたね。

友人と本当にたまーにですけど会うと
やっぱ色々考えさせられまして、今現在に至るまで
人に愛されることを目的として生きてきたのだと思うようになりました。

人に愛されなければ、自分の存在価値がない、っていう気がしなくもないです。

愛されるより、愛することが尊いということに
気づけただけでも、双極性障害になって良かったのかもしれません。




2.恐怖や不安からではなく、自分の意思で
 先の、愛されるより、愛するに似ているところもあります。

お金がない時期が一時期続いていて、
そのために死ぬ気で働いて死にそうになっていたことがありました。

人間の生存本能はすごいと思った反面、これを長く続けると
精神、肉体的にマズいと思い始めた矢先、マズいことになってしまいました。

簡単に言うと、鬱の発症、そして半年後に躁転です。

環境とストレス、双方の重圧の大きさとその継続期間で
身体としては正常に反応してくれたようです。

考え方や気の持ちようという解釈では、あまりにもあっけないと思います。

好きな仕事につけた瞬間は、心の底からワクワクしており、
2時間睡眠ぐらいで全然余裕でした。

たぶんそのあたりも含めて、躁鬱病な気質はあったと思います。

気分が乗ると幾らでも動けるし、
どこまでも動き続けるんですね。

ストッパーとなる友人知人、家族に頼ったり
相談するなんて、もっての他だと勘違いしてたので
病気になったときは時すでに遅しでした。

だから一旦、調子が悪くなったりすると特に
不安や恐怖を逃れるために、いわゆる気合いでなんとかしてました。

途中からは、自分の意志でやりたいというよりも、失う恐怖が勝ってました。

自分の意思と、失う恐怖のバランスの優位性を見失わないことが
物事をやる上で非常に重要になってくるんじゃないかって今考えてます。

自分の意志で目標ではなく、目的という方向性のために乗り越えていきたいです。

もっと言うと、
ワクワクに向かってワクワクすることを
手当たり次第やるに尽きるのかなーって。




3.ワクワクのヒント
 自分の中で、まだワクワクすることに対する
遠慮というか、先が見えなすぎる不安がかなりあるのが現状です。

今まで自分の血となり肉、骨となったもの。

そしてこれからそうなるであろうもの。

死んだように生きたくないのが本音ではあります、もちろん。

でもワクワクしてなかった、してこなかった
自分としては、ワクワクして生きるのは非常に困難でもあります。

強いてワクワクするのかな?的なことを挙げれば、
それを始めるとすぐに時間を忘れることがある程度できる
SF映画を観ることと、本屋に行くことぐらいしかありません。

あと、散歩して小川のせせらぎに癒されるくらいでしょうか。

生きる情熱を取り戻したい、
ワクワクすることを考えるだけでワクワクできるようになりたい。

ふと思ったのは、もしかしたら
新しいことを始めたり、新しい人や場所と出会うことが
ワクワクにつながっていくのではないかということです。

双極性障害を受け入れるのに、半年間もかかりました。

ある程度気分が安定するのにも長い時間がかかりました。

ニートで引きこもり、お金もなければ
友達も少なく、特にやりたいこと、ワクワクすることもない、
目の前の現状を受け入れるのは、もっと時間がかかりました。

受け入れたといっても、どれもまだ全然少しではあります。

今の自分には、新しいことを始めることへのハードルが高いです。

なので、意識してハードルを低くする必要があります。


自分に合った生き方を知れるのは嬉しい反面、
普通に生きれないという現実を突きつけられるのとイコールなのでしょう。

両親への申し訳なさと、感謝は数えきれません。


少なからずこのブログを読んでくださる方が
もしいるのであれば、僕の存在価値はまだあると信じたいです。


最後になりますが、仕事については色々と考えさせられます。

しかし、今はまだ、焦らずゆっくり、デイケアなり就労支援に通ってみることを
始めるとともに、少しずつワクワクする方向に向かって生きていきたいです。


色んな人のワクワクを共有できるサービスがあればいいのに。


今後ともよろしくお願いします。

今日もいい天気、ゆうたんぼー