文科省さんがデータサイエンティストを本気で育成するようです。
米国のニュースで読んだのですが、あちらでは企業が欲しいデータサイエンティストのことを「ユニコーン」と揶揄されているようです。言い換えると、そんな幻獣みたいなスーパー優秀な人は居ない、ということ。
 学生時代はついつい難しい理論の方の勉強を面白がってやってしまうものですが、結局のところ殆どの分野で統計学を十分に習得し活用できるかが実績に直結しますのでいい成果が期待できるのではないでしょうか。

 

でもこれって社会に出てみないとなかなか実感わかないんですよねー。統計学の大切さって。

 

http://www.nikkei.com/article/DGXLASGG28H02_Y6A620C1MM0000/

 予言、予見は人類のある種究極の夢です。当然人工知能がえらいことになりつつつある今日、研究者たちがそれに挑戦しないはずがありません。
 マサチューセッツ工科大学が「行動予測アルゴリズム」を動画で解りやすく紹介しております。
大量の映像を学習し、今映っている人がこれからハグをするのか、握手をするのか、キスをするのか、結構高精度で予測出来ております。
 
 これが10秒先くらいまでで高精度にきれば、サッカーは人工知能監督でなければ勝てないようになるでしょう。

 

 

https://youtu.be/AR3hY9iB5-I

IoTという言葉がものづくり業界ならずとも一つの重要なテーマとなりつつある。

日本語に直訳すれば「モノのインターネット」と言われるが、正直この訳がいいとは思えない。というよりむしろ、その元のInternet of thingsという言葉自体が本当に本質を捉えているだろうか。

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 ある経産省の課長さんの公演を聞いた際に、「モノのインターネット」と言ってもわからない、「モノが賢くなるとどうなるの?」と言う方がわかりやすい、という話をきいてなるほどと感じた。

 確かにモノのインターネットは抽象的すぎてほとんど意味がわからない。実際に世の中に問いかけたいことは「モノが賢くなるとどうなるの?」だ。

 

 

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 さて、IoTという言葉の問題はとりあえずこれで解決としよう。しかし、どうも「モノが賢くなってくれる」と思い込んでいる人が多いように思う。

 今、IoTといえば様々な助成金がついたり、陽の目を見やすい状態にあるため何でもかんでもIoTという印籠を出せば通るという感じはあるが、実は全くそうではないはずなのだ。

 

 例えば工業用の機械。これにIoTと銘打っているのはどういうものだろう。その多くはひとことで言うと「事細かにデータを取りますよ」というだけにすぎない。過程電力の見える化だってそうだ。あれをIoTと言うにはおこがましいんじゃないかと思う。

 なぜなら、取ったデータを処理できる人間なんてほとんどいないからだ。いや、やろうと思えばその能力がある人はたくさんいる。伊達に教育水準が高い国じゃない。

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 しかし、大量のデータの紙束を持ってきてこれでどうしましょう?なんて部下がいたらどうするだろう?たいていの上司は、いやもう少しまとめて君の意見も添えて持ってきてくれよとなるはずだ。

 

 今巷でIoTと銘打たれているものの多くがそうなってしまっている。ものを作ったり、売ったり、運んだりという作業には一定の人・モノ・金のリソースを割くのに、知的活動についてはリソースゼロで考えてしまうのがおそらくは日本人の悪癖だろう。

 

 データを見、判断するには決して少なくないリソースが必要なのだ。まず、人間には認知限界というものがある。例えば、ぱっと見で覚えられる数字は多くの人が7桁が限界のはずだ。9桁、10桁の数字を瞬時に覚えることができる人は殆どいない。

 

 となれば(あえて乱暴に言うならば)データは7個までが一度に見れる限界なのだ。1万個のデータの羅列を出されたところで認知限界を超える以上、正常な判断なんて何一つできない。

 

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 では判断する人に渡るデータを7個以下に絞った集計の形で出したとする。ならばそれで「賢いモノ」といえるだろうか。7個以下のデータなら瞬時に把握したとしても、それから判断するには過去の情報と照らしあわせて判断する必要がある。

 さて、そうなるとまた過去の7個のデータと今日の7個のデータを比較し無くてはならない。ましてや人間の判断だ。昨日の自分と今日の自分は判断基準が異なる場合だってある。

 

 さておわかりいただけただろうか。真にIoTといえるものはおそらくは機械的に学習するところまでが含められていなければならない。

 

 だが実際にそこまでをイメージしないままをIoTと銘打ち、投資し、おそらくは失敗するであろうという例が枚挙に暇がない。

  データを集めるだけでも決して安価でない投資。当然、IoTに投資する殆どの人が情報科学の専門家ではないわけなので、失敗してしかるべきだろう。だが、 そこをサンクコストとしてあと一歩、完成までこぎつけて真のIoTを成し遂げた向こうに、データのちからが心に発揮できる花園が広がっていることだろう。

 

 昨日、神戸大学名誉教授松田卓也先生の公演「日本からシンギュラリティを起こそう」を拝聴致しました。

 隠れマルコフモデルなど、多少勉強したことがないと難しい分野もございましたが、概ね研究者でなくとも分かる内容であり、かつなかなかに衝撃的な内容でした。

 今はIoT・第四次産業革命などの言葉がいろいろなところで語られておりますが、人工知能によるシンギュラリティは人間が農耕をはじめたに近いレベルの凄まじい変化です。

 それに対し米中は、それこそ60年代の宇宙開発競争をする米露のごとく投資しております。一方、日本は1桁も2桁も低い投資額。これでは勝負になりません。

 それでも勝負を挑もうとするのが日本人でもありますが、それは挑む本人にとっての美徳であって、同じ日本人だからといって美徳とするのは筋違いでしょう。

 

 最後の質疑応答の時、「なぜ日本でシンギュラリティを起こすべきか」との問いに「軍事転用なんて思いつきもしないのが日本だからだ」との答えが印象的でした。

全く同じ思いをしている人はいらっしゃるようで・・・・。

データを死なすくらいなら見せて欲しいです。ビッグデータ解析屋としては。

「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」というとんでもないスパムメールをご存知でしょうか?
 一文だけでこれほど爆笑できる文章も珍しいですが、じつはこれはコンピュータが生み出した文章だそうです。スパムか否かの判定は文中に含まれる単語で判断できるそうですが、それに引っかからない単語として「オオアリクイ」が辞書から選択されてしまったとのこと。
 この例を見る限り、大量の文章を試せば原理的には「笑いの焦点距離」が出てくると思います。人工知能が笑いを作り出せる日はそう遠くないかもしれません。

さぁ、今年もスパコンランキングが発表されました。
中国勢の進出が凄まじいです。
「2位じゃダメなんですか」でお馴染みの「京」なんてもはや5位に転落。
単純に性能で比較すると京の8.5倍くらい。
 日本はどうも中国のものづくりを一周遅れに見るフシがありますが、驕れる者久しからず。

 

 これを直視せず「日本のものづくりのいいところ」ばかりに目が行くようでは、もう5年後には中国には何も勝てないでしょう。

 

http://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1006258.html