「中国年鑑」2026年版・巻頭言に寄稿した文章です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「刊行に寄せて」
今、世界は、第2次大戦が終了して以来の国際政治・経済の大混乱期に突入してしまったと言える。
大国の「力による世界秩序の維持」哲学の復活の影響で、「ロシア・ウクライナ戦争」、「イスラエル・ハマス間のガザ戦争」、「米国・イスラエルのイラン攻撃」といった大国の絡む三つの局地戦争が同時に進行している異常さである。
経済的にも、戦後の国際的な経済協力体制の出発点となった「ブレトンウッズ体制」の確立を主導した米国が「トランプ関税」の執行を皮切りに、自らつくってきた「戦後国際経済法」を逸脱した行動に踏み切り、戦後の世界政治・経済の成長を支えてきた自由貿易体制を混乱に陥れている。
こうした混乱した世界政治・経済情勢を背景とした中国情勢や日中関係の分析をお願いした「中国年鑑2026」の巻頭論文には、複雑な時代の変わり目を冷静に見つめた力作がそろったということが言える。当代一流の執筆者の真摯な貢献に感謝したい。
とにかく、日本・中国両国は、三つの局地戦の一日も早い実質的な停戦の実現と被災地の復興支援、および自由貿易体制の維持・安定化のために、これまでの国際社会における立ち位置の相違を乗り越えて協調行動をとらなければならないときに来ていると言わざるを得ない。戦争に絡んだ他の大国が消耗していくのを「漁夫之利」(「戦国策」)的立場だけで見ていてはいけない。
こうした状況下、当面の日中両国政府の基本的な姿勢について期待を含めて論じておきたい。まず中国について。
例えば、現在中国の抱えている領土・国境問題(台湾問題を含め)に関しては、安全保障に絡んだ軍事戦術上の抑止力の誇示行為等はある程度の頻度をもって生じるかもしれないが、最終的には直接の武力行使を控えた「大人の解決」(解決を時間に委ねた東洋人の知恵など)の姿勢をとることが、今後「尊敬される大国・中国」を実現するための不可欠な条件になることは疑いの余地はない。
こうした観点から見れば、時間をかけて進めた一定の普遍性を持った周恩来外交(「バンドン精神」など)や鄧小平外交(「改革・開放路線」など)が、結果的に中国が国際平和と世界の安定に貢献した実績として、国際的な評価と敬意を受けていることは歴史が証明している。現代中国が建国100周年をめどに進めている「中華民族の偉大な復興」(もちろん政治的スローガンとしては存在し得るが)に、時限性を設ける必要はなく、この目標に向かって強化されている「愛国運動」や「大一統運動」促進のスピード感はむしろ緩和させることが望ましい。
このことが、国際社会と特に近隣諸国家に、中国が時間をかけて世界平和と国際正義の実現を志向しているということが認知されれば、おのずから時間の流れと歴史が「中華民族復興」を後押ししてくれることになるはずである。
世界最強を自認する国家のエゴイズムに国際的なブレーキがかかる時代であるだけに、世界的な相対的勢力地位の後退に焦る「トランプ流モンロー主義(いわゆるドンロー主義)」を掲げる米国と四つ相撲を取るリスクを冒す必要はなく、一方では抑止力を強化しつつも「止揚せる韜光養晦」(ないしは、よく管理された「課題棚上げ論」)に戻ることが、現時点では中国の「国際的大人度」と「国際的信頼感」を最大に担保することになるであろう。
中国が、数千年の歴史と文化を有する大国であることを誇るなら、人類全体に対する責任と国際行動における矜持と自制が期待される。
戦争に関して中国の古典から膾炙されてきた「兵不血仭」(荀子)、「不戦而勝」(孫子)等の非戦思想は現在の中国の指導部にどれだけの道徳的影響力を残しているのだろうか。
翻って、現在のわが国の安全保障上の立場を考えてみると、中期的に見ればトランプ米国大統領が引退した後でも、米国の「モンロー主義」的後退は続く可能性は高く、西太平洋からの米国勢力(米国の核の傘も)の東への後退が起これば、日本は程度の差はあっても核を保有するロシア、北朝鮮、中国に囲まれて、一段と高くなる安全保障上の圧力を受けてより自律的に対応していかねばならない。
それまでに、対中距離感をより柔軟に運用できるように外交的工夫をしておかなければならない。毎年本欄で述べていることだが、当面わが国の対中外交は2元的(政治・外交・安全保障は「日米安保条約」「クアッド(日米豪印)協力体制」を抱える中央政府の担当、経済・文化交流、環境問題協力、教育・医療協力等は民間・地方公共団体が中心)にならざるを得ない。
前者のルートがデッドロックに乗り上げないように、後者で成立させた多重・多網の関係が、両国関係の安全弁として機能するような関係を形成しておかねばならない。
基本的に、地政学的に太平洋を挟んだ米中のはざまにあるという宿命を持つ日本は、政府・民間とも対米・対中外交には絶妙なかじ取りを要求されているのである。
どちらか一方に付いていればいいというほど簡単なものではないことは、「平和ボケ」したと揶揄される日本国民でもその多くが気付いている。日米・日中間の距離はこれまで以上に激しく変化することを覚悟しておかねばならない。それも米中の対抗軸が東にシフトしながらという可能性が高いのである。