宮沢賢治の童話に「なめとこ山の熊」があります。自然と人間の持ちつ持たれつの関係を示唆する内容です。短編ですし、またネットで、色々な方々の見方が見られますので接してみてください。
 熊は、仔熊から飼い育てられることはあっても、役獣として家畜化されることはありませんでした。乗用のために、あるいは車や橇を引かせるために家畜化されることもなく、熊はその強力さのゆえに、家畜化されることではなく、むしろ神的な性格を多分に備えた生きものとみなされてきたのです。しかし、熊は、そのきわめて強い母子の結びつきによって、神々の世界の、たいへん人間的な性格を人々に思わせ、熊の霊送りの祭や儀礼においてそれらがみられます。そんな、熊に対する特別な、畏敬にみちた思いにつながるものを、宮澤賢治の『なめとこ山の熊』の中に見い出すことができるのです。

    子グマを見守る母グマ

 小十郎は、ある年の春はやいころ、「丁度人が額に手をあてて遠くを眺めるといった風に淡い六日の月光の中を向ふの谷をしげしげ見つめてゐる」母と子の二匹
の熊を見かけるのである。そうして、向うの谷のひとところだけ雪のように白くなっているところがあるのを見て、あれは何なのだろうと問いを交わしている親子の熊の会話が聞こえてくるのである。これはあるところ小十郎の思いなしかもしれないものではあるが、山の中に生じた小さな変異に母子の熊が気づき、あれは何だろうと母子で共に考えながら、「ひきざくらの花」が咲いたのだ、という出来事を見いだして行くプロセスは、そのようなことは熊の親が子にものごとを教えて行く過程に、実際にあったとしても不思議ではないと感じさせるようなことである。
熊の親子の関係の中に、〈教える〉という過程が含まれている以上、対話的なやりとりは実際必ず存在しているでしよう。そして、実際、熊のそのようなやりとりを熟達した猟師の能力のある部分の感性を、賢治はきわめてすみやかに理解していたのです。

  子グマと語りかける母グマ

 ……………
 こんなふうだったから小十郎は熊どもは殺してはいても決してそれを憎んではいなかったのだ。ところがある年の夏こんなようなおかしなことが起ったのだ。………
 小十郎は油断なく銃を構えて打つばかりにして近寄って行ったら熊は両手をあげて叫んだ。
「おまえは何が欲しくて俺を殺すんだ。 」 
………………
「もう2年ばかり待ってくれ、おれも死ぬのはもうかまわないようなもんだけれども、少しし残した仕事もあるし、ただ2年だけ待ってくれ。2年目にはおれもおまえの家の前でちゃんと死んでいてやるから。毛皮も胃袋もやってしまうから」
熊が、この明快に表現している「2年」とは何でしょうか?
これは、熊の子育ての2年と思われます!
母グマが子別れするのは、2年ほどなのです。
 クマは、冬眠中に出産、授乳をします。クマの発情期は5~6月頃で、次の年の冬眠中の1月か2月に出産し、それから一年間、母子で一緒に生活をし、そして次の冬、普通は一緒に同じ穴の中で冬眠します。そしてその間に子は2歳熊となり、その後その年の6月か7月のころ、「イチゴ別れ」とよばれる別れをするのです。それは、子熊たちが一心にイチゴを食べているときに、こっそり母熊が去ってゆくことからそう呼ばれるのです。 
 ですから、【2年とは】母グマが子グマを一人立ちさせ、生命をつなぐ期間のことなのです。 (この時期が「ある年の夏」と設定している!)
子別れしたばかりの子グマは、好奇心旺盛で人間への警戒心が弱い傾向があり、そのため人里に現れることが増え、注意が必要ともなるのです。 

 熊たちが小十郎を見送る
 宮沢賢治はアイヌ文化、特に彼が知る自然観や「熊送り」の儀式に影響を受け、それを作品に反映させています。賢治はアイヌの文化を、自然と共生しようとする畏敬の念として捉え、自身の作品に「アイヌ風の木柵」や「熊送り」の逆の形である「熊による人(の霊)送り」の場面として描写しているのです!。

アイヌの飼い熊の「霊送り」

 

 子グマの飼育: 生まれたばかりの子グマを捕獲した場合は、1〜2年ほど大切に育てました。これは、親グマの神から人間へ託された子供と考えられていたためです。(冬の終わりに、山野でみつけた小熊か、穴で冬眠している間に生まれた小熊を狩る。)
 小熊は集落に連れ帰って育てる。最初は、人間の子供と同じように家の中で育て、赤ん坊と同様に母乳をやることもあったという。大きくなってくると屋外の丸太で組んだ檻に移すが、やはり上等の(人間並みの)食事を与える。1年か2年ほど育てた後、熊祭の到来で檻から出される(別れの印として熊に酒を注いでふるまうともいう。
…………………
 熊の肉体と魂が分離されると、天に向かって矢を放ち、皆に合図する。熊の世話をしていた女性は、泣きわめくという。)
このようにして神の国へ送り届けていました。
再来への願い: この儀式は、熊の魂を丁重に送り届けることで神々との良好な関係を保ち、再び恵みを授けてもらうことを願うものでした。
 アイヌの世界観によれば、狩りの獲物となる動物は、カムイ(神)が人間の世界に訪れているときの『仮の姿』だとされています。
 人間界を訪れたカムイの化身は、善良なアイヌによって捕えられ、祀ってもらうことでその霊は神の国へ帰ることができるのだというのです。
カムイの化身である動物が、アイヌの人柄を見定めて、「この人間に獲物として捕らえられれば、神の国へと気持ちよく送ってくれるだろう」と決め、捕われる。それが、アイヌの人々の「狩り」だったのです。
 現代のように、人の暮らす里までクマが降りてくることもあったそうですが、その場合は、人に危害を与えるような凶暴なクマは、神から見放された不幸なクマと考えて処分しました。地域によって多少差がありますが、通常のクマのように厳粛に霊を神の国に送るような神扱いはしませんでした。 


 物語の熊の自己犠牲の姿は、仏教の説話の捨身飼虎(しゃしんしこ)の説話に見られます。

《※》 これは法隆寺の「玉虫厨子(たまむしずし)」についてのホームページなどで詳しく紹介されています。


 ※ 以下は、上部インダス川の5世紀ごろの仏教の最盛期だった頃の岩刻画と考えられます。

下図はこの岩刻画をスケッチしたものですが、横たわる王子と王子を食べようとしている虎の親子、その様子を岩の陰から見ている父王と二人の兄弟王子を現しています。 

     捨 身 飼 虎 図 
   東京国立博物館蔵(模写)

※ 宮澤賢治の童話の中の精神は、「法華経」の教えが息づいているのです!


一昔前は、捕獲したクマにスプレーをかけたり、花火や爆竹で驚かせたりして、人間の恐怖心を植え付けてから山へ戻していました。しかし、今は大きく状況が変わって来ています!

※ 古来、山奥深くにわけ入ってクマなどを捕ってきたマタギ。伝統的な狩猟者たちが「山の恵み」として向き合ってきたクマが、今や人を襲い、「害獣」として毎日のように駆除される事態となっている。
※ 秋田県仙北市に住むマタギの話し
 狩猟歴60年の太田京治さん(86)も、その異常な行動に驚きを隠せない。
 ――今の状況をどう見ていますか。
 いやー残念というか……。俺らが知るクマの行動とはまったく違う。
 これまでは、こっちからわざわざ山奥に入って行って、雪上の足跡などを頼りに居場所や動きを見極めながら、捕る。山からいただいてくるわけだよ。こんな人里や、まして市街地にまで出没して、人にかかってくるなんて考えられなかった。
 ――昔はどんなふうに捕ったのですか。
 昭和の時代までは、集団で猟をする「巻き狩り」が盛んだった。多い時だと20人以上が参加する。若いころは、ベテランの年寄りマタギに、「山を知るため」との理由で、クマを駆り立てる役の「勢子(せこ)」をよく言いつけられたもんだ。
 山の下から上へと2~3時間かけて、徐々にクマを追い上げる。すると、尾根筋のあたりで待ち構えた人が、できるだけ引き寄せて発砲する。仕留めると、「ショウブ!(勝負ありの意)」と大声で叫ぶ。他の仲間にクマの状況を知らせる意味もあるから。その後、「宿」で解体、等しく分け合う。
 ――仕留めたクマはどうするのですか。
 大きなやつはその場で解体することもあるが、たいていは林道まで引っ張り下ろして、車に積んで持って来る。運び込む家は「宿(やど)」と言って、そこで解体し、肉や肝臓などをみんなで等しく分けあう。
 昔は感謝と祈りの神事も必ずやったもんだよ。心臓と肝(きも)を12等分に切って串に刺し、あぶってお神酒とともに神棚に供える。
 串に使う木はシナノキ(地元の呼称はマンダ)とクロモジ(同トリキシバ)と決まっている。「また(マンダ)捕らせて(トリキ)ください」と願って。12切れにするのも、12カ月つまり1年間豊かな恵みがありますように、と願いを込めてのことなのです。

  賢治とイスラム教
「おお小十郎おまえを殺すつもりはなかった………

「これが死んだしるしだ。死ぬとき見る火だ。熊ども、ゆるせよ」と小十郎は思った。………
 すばる参の星が緑や橙にちらちらして呼吸をするように見えた。
 その栗の木と白い雪の峯々にかこまれた山の上の平らに黒い大きなものがたくさん環になって集って各々黒い影を置きフイフイ教徒の祈るときのようにじっと雪にひれふしたままいつまでもいつまでも動かなかった。(回教、フィフィ教は、今は、イスラム教と表現されます)


賢治の「世界ぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という思想は、イスラムの「喜捨(ザカート)」に通じ、貧しい人々への献身を重んじるイスラムの教えと共鳴します。

※ イスラム教には、2大祝日の一つに犠牲祭があります。

 …………

 目の前で、さっきまで生きていた羊がお肉になっていく過程を、見られるのです。そして、子どもたちの姿は、当たり前でのものとして受け入れているのです!

私たちは、生き物の命をもらって、生かされています。スーパーでパックに詰められた、毛も血もついていない綺麗なお肉も、動物たちの命が犠牲となっていることは、紛れもない事実です。そして、その事実を、本当の意味でしっかりと理解した上でお肉を食べることは、とても大切なことでしょう!