毎日寒いですね。死んだろか!
さっそくですが昨日2019年1月27日をもちまして僕がドラムを叩いてきたTHE BOSSSは解散致しました。
ラストライブにお越しいただいたたくさんの方々、来れなかったけど今までTHE BOSSSを愛してくれた方々、バンド友達、スタッフetc...全ての人々に感謝してます。
解散によせて少しだけですがこのバンドのことを振り返って僕個人の気持ちとか思い出を書いておこうと思います。
思ったより長くなってしまったので昔の話とか興味無いって人はすぐに回れ右して画面を閉じて携帯を解約してください。
まずTHE BOSSSの初ライブは2013年の8月11日(この時はI AM A BOSSって名前で出ました。ダサっ!)ですのでバンドとしては5年以上活動してきたことになります。
2011年〜2013年くらいってそれまで神戸マージービートあたりで活動してたバンドがどんどん解体されてまた新しい形で始まっていった時期なんですよね。
たとえば江坂キューティリップスを解散した金城くん、白井くん、トミちゃんが愛はズボーンを始めたり、ガーベラズを解散した竜哉がプププランドを始めたり、RETRO POLICEを解散したトモくんとたいちゃんがAFRICAを始めたり。新居さんはその頃から新居さん。ずっと新居さん。
そんな流れの中で倅 on the union city(変な名前)のボーカルのちひろがキャット空中一時停止(かっこいい名前)とthe coilsの2バンドでリズム隊を組んでいた僕とりゅーちゃんを誘ってくれて始まったのがTHE BOSSSです。
・倅 on the union cityについて
倅〜(長いから当時はこんな感じで略されてた)はまあいわゆる4つ打ちの曲の中ですげえ勢いで暴れたり踊ったりギター弾いたりしてるバンドでして、一回もまともに演奏してるところを見たことが無かったので正直最初は苦手でした。僕らの方は若いくせに大人しめのバンドだったので。
ちひろロン毛で怖かったし、上島くん(Ba.)変な形の服着てるし、ゆうしくん(Dr.)上裸やし。
(これ今見たら撮影してんのセイヤさんですね。笑)
とまあ、お互いの距離は出会ってからしばらくは全然近くなかったです。
しかし何度もライブハウスで顔を合わすうちにただ騒いでるだけの奴では出せない魅力をちひろ達に感じるようになり、いつの間にか僕は倅〜のライブを観ることが大好きになってました。
個人的なベストアクトは2013年6月9日のスロープでのライブです。人が調子に乗ってる様をあんなに心地良く感じたことは後にも先にも無いです。
そのあたりのタイミングで1度ちひろと竜哉とあっくんとひでむー(プププランド初代Ba.)と飲みに行った時に、なんとなく「ちひろちゃんはメロディーセンスあるからはっきり歌ってるバンドやってるところも見てみたいなぁ」と言ったら「実は今そういうの考えてるんですよ」と返して来たのを覚えています。というかさっき思い出しました。
あとこの時は僕含め周りの人はみんなちひろちゃんって呼んでました。なんでやろ。
(それにしてもこの時の飲み会竜哉が店員さんにめっちゃ話しかけててうっとうしかったなあ。)
・THE BOSSS結成
そして後日ちひろから「一緒にバンドやりませんか?ベースはたなりゅーさんがいいなと思ってるんですが」というメールが来た時はすごく驚きました。
それはもちろん、ちひろがその新しいバンドの要員に自分を想定してくれていた事にもですが、直前に僕が愛はズのMAJIMEチャンネルにゲストで呼ばれた際の帰り道で、ギマくんに「俺分かるねん。たなりょーはちひろとバンドやるねん」と言われたばかりだったから余計にです。
普通に考えれば事前にちひろがギマくんに相談してただけなんでしょうけど、心が水洗便所のように綺麗な僕は「ギマくんの言った通りになった!やっぱギマくんはすげえ!」としばらく思い込んでいたのです。
ギマくんはそれくらい未知数なところが多いんです。それは今でも。
そして僕から伝えたところ、りゅーちゃんもとても驚いていたようで「え!俺!?マジで!?ええで!」と返ってきました。非常にりゅーちゃんらしいです。
「ギターはもうアテがあるんです」とちひろから連絡が来てすぐに最初の練習の日程が決まり、僕とりゅーちゃんの母校の関西学院大学の近くにあるバードランドというスタジオに集まりました。
そこにちひろが連れて来たのが倅〜でベースを弾いていた上島くんの弟のこーちゃんです。
聞けば僕ら田中2人が在籍していた上ヶ原エコーグループという軽音サークルで副会長をやっているとのことで、ものすごく腰が低いこともあってすぐに仲良くなりました。
ですが、スタジオに集まったはいいものの曲も何もあったもんじゃないからちひろが「とりあえず適当にセッションしましょ!」と言い出し無茶苦茶に音出し合うこと2時間。その後酒飲んで解散。
その帰り道でりゅーちゃんが僕に「俺今日みたいなんめっちゃ嫌やわー。ず〜〜〜っと不協和音鳴ってるねんもん。」とメールをしてきました。非常にりゅーちゃんらしいです。
ただ当時すでにキャット空中一時停止は解散してコイルスもメンバーに社会人がいたため土日しかライブが出来ない、という状況が歯痒かった僕は「俺ら歌ものしかやってこんかったからセッションとか全然出来ひんけど、ちひろと一緒にやってたらそのへん鍛えられるかもよ?」と上手い事りゅーちゃんを説得して結局バンドはそのまま始める事に。
それからもちひろの無鉄砲さはとどまることを知らず一曲も出来てないのに「あ、1ヶ月後にライブ決めてきました!」となりそこからもう腹括ってスタジオに入りまくってようやく冒頭に書いた2013年8月11日に初ライブに辿り着きます。
初ライブ後すぐに改名して、しばらくは「THE BOSS」として活動し、年が明けて2014年になったあたりに日頃の頑張りが認められ、Sが1つ増えて今のバンド名に。(これももうわけわからん)
3月くらいにカミコベのオーディションで優勝してようやくまともなバンドになっていった時期に突入します。
思えばこの頃に2nd LINEでナードマグネットに出会ってそこからBOSSSっていうか主にちひろの失礼な絡み方が始まりました。(初対面の秀村さんにいきなり「親友」というあだ名をつけてタメ口で喋るなど)
昨日のラストライブにも須田さんとふじーが来てくれたり出会ってから今まで彼らはず〜〜っと優しいです。
2nd LINEでのことも須田さんは本当にいい思い出だと言ってくれててちょっといい人過ぎるやろと思うと同時に「この人明日も働くんか〜大変やな」と同情してました。
・SUMMERズボップくん2014
そしてこの年にSUMMERズボップくんが始まります。
ぶっちゃけると元々は僕らよりも早く始動していた愛はズとプププランドのツーマンライブの予定だったのですが、勢いで僕らをO.A.にねじ込んでもらう形になりいつの間にかその3組でやるということが定着しました。
当時は周囲の関係者から平日のシャグリラをこの知名度の3バンドが埋められるワケないと本当に、もう本当に侮られまくっていて宣伝をする上でとても悔しい思いをしました。
ですがその期間3組で集まってバカ話をしながらどんな1日にするのかを考えている時間は今思い出してもとても幸せなものでした。
そして当日、蓋を開けてみれば満員。
りゅーちゃんはプププランドのライブ中に泣くわ俺もそれ見て泣くわでだいぶ気持ち悪いけどこの時点でやっと第1期「俺たち音楽やってきて良かったぜ」時代が訪れます。
打ち上げは翌日の8次会にまで及びました。
まあその時は直後にも「身内集めただけじゃん」みたいな批判はまだあったんですが、そこから昨年のズボップくんFINALに繋がると考えたら本当に重要な第1歩だったと思います。
第1回でりゅーちゃんが泣いてるのをちょっと茶化してた竜哉もFINALで泣いてたしね。
・遠征や他のバンドとの出会い
ズボップが終わってからはようやく他県への遠征が始まり2014年11月あたりに初めて東京でライブをします。
この時にこれまた初めてDENIMSと対バンします。
それまで自分たちを含めた近辺のバンドが己の人間性や愛嬌や勢いなどで乗り切ってた部分を完全に純粋な実力でぶっ壊された瞬間。
同い年の、しかも関西にこんな凄い人達がいるのか、と思って打ちひしがれたのも束の間。
初めての遠征でテンションが上がって酔っ払い、東京の夜の街に消えて行った僕は「先帰っといて」という言葉を残して東京に置いていかれました。
この時のことは今思い出しても顔からアースウインド&ファイヤーが出るほど恥ずかしいです。
メンバーが「完全オリジナルキャラ」と言い張るこちらのTシャツもAZさんが描いてくれたものです。ちなみに真ん中の鳥の色は黄色です。
・コンテストとか脱退とか
DENIMSをはじめ、周りの実力派バンドとも共演するようになってきたこの頃、MASH FIGHT!というオーディションのセミファイナルに出られる事が決まったのと同時にGt.こーちゃんから脱退の申し出がありました。
理由としては就職するということが全てで、やりたいことをやっている奴だけで構成されているバンドだし本人が仕事をしたいのなら、ということで引き止めることは誰もしなかったと思います。
めちゃくちゃ仲良かったので寂しさはあれど、目の前にライブやらコンテストが迫ってるので切り替えて、身近で1番信頼できるギタリストということで当時AFRICAでギターを弾いていたナカムラタイジロウことたいちゃんにサポートをお願いすることになりました。
全員がゾーンに入ったかのように調子が良く、騒いだり酔っ払って脱いだりとかではなく、ただただ会話のみでずっと爆笑してました。地元DJののりちぇんさんと。
牛タン弁当美味かったな〜。
久々にフレデリックに会えるな〜という呑気な気分で、そのままたいちゃんと一緒に出たMASHのセミファイナルは運良く優勝してしまい、「あれ?これ次勝ったら売れてまうんちゃうん?」という事態に。
昨日たいちゃんがツイッターでも言ってくれてましたがこの日のJANUSでのライブは凄かったんです。
Night hold dieやAriAriのアレンジはたいちゃんがほとんどやってくれたのですが、本当に彼の才能は凄い。
僕は1年くらいたいちゃんとAFRICA初代Ba.の渡辺とルームシェアをしていた事もあり、楽しい思い出も世話になったことも数知れないです。
こないだの送別会もあっという間に何十人も集まって、たいちゃんの人望が伺い知れました。
また東京で共演したいな。お互い頑張ろう。
・まさしっくす加入、おとうふリリース
たいちゃんはAFRICAがあるということで、やはり正規ギタリストを探さないと、となった時に同じくAFRICAのBa.草太くんが紹介してくれたのがまさしくんです。
ここでやっとTHE BOSSSの形が完成します。
草太くんからまさしくんの写真を見せてもらった時ぶっちゃけメンバー全員「え、この人何歳?」となりました。
その他にも色々突っ込みたいとこはあるがとりあえず会ってみないとなんも分からん!となりすぐにスタジオに入る事に。
しかし、更にちひろと僕で画策してその日のスタジオ直前に目の前の鳥貴族でまさしくんと飲む事を決めました。(りゅーちゃんは一滴もお酒を飲めないので)
3杯目のビールを飲み干した時に、僕がまだ彼がギターを弾いてるところすら見てないのにまさしくんの顔を指差して「もうこいつでええやん!」と叫び加入が決定しました。
彼の柔和な話し方やその内容の面白さ、見え隠れしてる自信や度胸、見た目のインパクト。
とか後付けすればたくさん理由はあるのでしょうが、単純に友達として好きになってしまっただけです。僕もちひろも。
その後、スタジオで改めてBOSSSの曲を合わせたのですが、ちひろと僕があまりに酔っ払ってしまってまるで演奏にならなくなり、りゅーちゃんにめっちゃ怒られました。
あれ以来まさしくんのペースに合わせてお酒を飲まないように気を付けています。
シラフでちゃんとスタジオに入って一緒に演奏することで、ようやくまさしくんのギターが異常に上手いことに気付いた僕たちは新曲作ろうぜ!ということでたくさん曲を作ります。
僕はTHE BOSSSの曲の中ではyoungが1番好きです。
それはメロディーやリズムなどの曲自体の構造もそうですが、まさしくんが入ってから1番最初に作った曲だからというのもあります。
三宮のベースオントップでちひろが「まさしっくすスライドバー使ってみてや!」と言って最初に鳴らしてくれた時のことを今でもはっきり覚えています。
ちひろはこの曲の歌詞を何度か書き直したようなんですが、出来上がった時に「『変わらないのも僕らだけか』って言ってるこいつも実は変わってるんです」と言っていたのがとても印象的でした。
あまり曲への先入観になることは言いたくないのでこの辺にしときますが、ドラムのフレーズや音もとても気に入っているので、これからの人生でも何度も聴く曲になりそうです。
そしてまさしくんとの曲作りのペースを掴みかけていた頃に、村上さんというマネージャーが協力してくれるようになります。あ、MASHの決勝は負けました。
村上さんは僕の地元の友達が大好きだったバンドでベースを弾いていた人で、よく友達に羨ましがられたものです。
バンドをやっていた経験があり、お笑いと音楽が大好きな人なんてもう友達みたいなもんです。
遠征に行くたびに美味しいラーメン屋を教えてくれて、運転もしてくれて僕は家が近いこともあり個人的にもよく遊び相手になってもらってます。
志半ばで突然解散という結論を出してしまい本当に申し訳ないですが、これからもどうせ不健康な遊びを一緒にしてくれる人だと思っています。お互いアトピー治しましょうね。
娘さんを溺愛しまくってカリスマに育ててください。
その村上さんの協力で僕たちは2016年の9月21日に1st.アルバム「おとうふ」を発売しました。
倅〜時代からあったAriAriを含めた当時のTHE BOSSSのベスト盤みたいなものだったと思います。
このアルバムのレコーディング中はとにかく楽しくて、トレーラーにもその様子が映ってるのでよければまた観てやってください。(グッバイは個人的にめちゃくちゃ手こずって泣きそうになったけど)
この1枚が更にいろんな人と僕たちを繋げてくれました。
おとうふを出してからの僕らはもうなんとなく分かると思います。
まあ細かく振り返るとまっだまだ楽しかったことややらかしてしまったことがたくさんあるんですが、BOSSSの色んなスタートの話だけで十分かなと。
解散の理由に関しては色んな人から聞かれるんですが、どうも言葉にするのが難しいんです。
4人でもいまだに終電まで飲んだりとか出来るし、昨日のライブもすげえ楽しかったし。
だからあえて言うならば、理由は音楽やバンドの深い深いところにあるんだろうなと思います。
音楽性の違い、なんて言葉で片付けるのも違和感が残りますが、、
自分たちがそれぞれ大事にしているものを打ち消し合ってしまっているような感覚と言いますか、個人的にはそれが決め手だったように思います。
僕はちひろの良さや魅力は本当に心から分かってるつもりです。倅〜の頃から。
だからこそ、後ろからそれを完全に引き出せているのか、と立ち返ると疑問があります。
そしてそれはTHE BOSSSを結成してからずっとあったものです。
僕にも一ミュージシャン、一ドラマーとしてやりたい事があり、それを突き詰めることは今後もやっていきたいと思ってます。
そういう意味でも僕ら4人はまだ「途中」です。
勝手に始めて勝手に終えて、さらにこんなことを言うのは本当に身勝手なのですが、今後の僕たちを見てもらえたらやっぱり嬉しいです。
最後に僕は幽遊白書という漫画が好きなのですが、その中に「また少しお前は変わる」という台詞が出てきます。
僕はこの表現がとても好きで、色んなタイミングで思い出します。
僕らのように1つのことをある程度長くやっていると、その中で本当にたくさんの人や物に出会います。
その中には自分の人生に影響を与える出会いも少なくありません。
ただ、そういった「出会い」というと自分の人生を180度変えてしまうくらいの衝撃的な、ドラスティックなものを人は求めてしまいがちですが、ある程度長くやっている人の中にはやっぱり積み上げてきた自信や理もあって、それを1つの出会いを理由に裏切ることもしたくないんです。
だからこそ僕はそういう人や物に出会った時に「また少し俺は変わるなぁ」と思うんです。
自分の中のプライドや確信や信念をいたずらに曲げること無く、1つ1つの出会いに対して思い出や教訓を付けてあげることで今までに無かった部品のようなものが増えて、最初に思い描いていた完成図とは似ているようでまったく違うものが出来るはずです。
僕にとってTHE BOSSSはそういうものでした。
ただ好きなバンドのやつに誘われて平日にライブをしたかったという動機で始めてみたバンドやメンバーとの出会いが、あの頃これが全てだと思い込んでいた自分の形を「似ているようでまったく違うもの」にしてくれたと思います。
すみません、そろそろまとめます。
10代の頃に神戸でライブをし始めてから何年も経って、なお今の僕の元にあるものはやっぱりその空間で得たものが多く、僕がこれからドラムを叩いていくCOSMOSというバンドでも前にいるのは結局マージービートで逢マイミーマインズとして歌っていたカズシくんです。
僕はそれがとても誇らしいです。
そして僕と同じようにみんなも何か強いものをまた作ろうとしています。
だから昨日はそこまで悲しくはなかった、と思う、、
完全なお別れはまだ早いんだと思います。
それでは長くなりましたがこのへんで!
昨日の嵐の活動休止に完全にかき消された僕たちの解散を時々思い出してくれたら幸いです!
5年間愛してくれてありがとう!
それじゃまた どこかで会おうぜ
こちらからは以上です!



























