弟が亡くなってからもう少しで8年。
嘘みたいに月日は流れていきます。
大切な人を亡くしたばかりでどうしたらいいかわからない、これからどうなっていくかわからない、そんな人たちのために今の私が思う事を書こうと思います。
私自身もそうでしたし、亡くなったすぐ後に参加していた遺族会でよく聞いたのが、「他の家族の反応が許せない」というものでした。
私の場合は、「あいつは自己中だ」という言葉を発したり、泣き止む事ができない母の事を責める父が弟の死を悼んでいるとは到底思えず、その時は父を憎みさえしました。「あんたが代わりに死ねばよかったのに」とさえ思いました。悲しみ、後悔、そしてこんなどうしようもない黒い思いに支配されて毎日過ごしていました。
あの頃の私を振り返ると、我ながらよく頑張ったな、と思います。
今の私は、心は穏やかです。
まず、その人の心の内がどうかなんて誰にも分からないという事が分かったからだと思います。
弟の事を自己中だと言った父が同時に心の中で「お前は自己中だ、何でもっとまわりに助けを求めなかったんだ、お前が思っているよりずっとみんなお前の事を思っているのに、助ける事ができたのに、お前がそれに思い及ばす俺は悔しい、そして何より何もできなかった自分自身が腹立たしい」と思っていたかもしれません。私はその言葉だけで深く傷付き父を憎みましたが、その内側は誰にも分からない以上外側だけで怒ったり傷付いたりするのは意味がない事だと今は分かります。
私自身も、弟が亡くなった直後はよく母と弟の話をしましたが、今は母が話をしてもその後に続く事ができません。弟が亡くなった直後は仏壇の前に座りましたが、今はたまに実家に帰省しても仏壇の前に座ることはありません。母はそんな私を見て、私がもう弟の事を考えていない、忘れていると思っているかもしれません。
8年経った今、私はいつも弟の存在と共に生きているような気持ちでいます。人間という複雑で深淵な生き物が、肉体が無くなる事によって存在そのものが亡くなるとはとても思えないから。そう考えると生まれ変わりも信じられるし、またいつかの生で会えると信じています。ちなみに私はスピリチュアルには興味ありません。
だからいるはずもない仏壇に向かって手を合わせるのは奇妙だからできないし、そんな風に考えている事を話すには母は近すぎるというか.. 私の思いを話した方が母は癒されることは分かっているのに、それができない自分は冷たい人間だなぁ、と思うのですが、如何せん..
弟の遺灰が入ったペンダントを毎日お守りのように付けていますが、それで何とか察してもらえればと。
去年の秋に母が膝の手術をし、1ヶ月程入院していました。
私が見つけた病院は実家からは電車・バスを使って1時間程、私は東京在住だからたまにしか行けないし、出不精な父がそんな遠い病院までお見舞いに行く事はないだろうし..
なんとか1ヶ月凌げるようにと母と作戦を練ったのですが、なんと父は3日に一度病院に通いました。
「巻き寿司が食べたい」「ヨーグルトが食べたい」「バナナが食べたい」色々な要求事項を突きつけてくる母に応えてあげていたみたいです。母の退院前日、実家に帰ると仏壇にはパックに入ったトマトがそのまま置いてありました。トマトて。
人はみんな違います。
極限の状態に置かれているとそんな事に思いを巡らす余裕もないと思いますが、それでも少し違う視点で物事を見るよう努力してください。それが結果的にあなたを救います。
精神科医アドラーの言葉
『よい対人関係であるためには、相手をどれほど「信頼」できているかという事がある。
ここでいう信頼には2つの面がある。1つは、相手には課題を自分で解決できる能力があると
信じる事である。もう1つは、相手の言動には必ずよい「意図」があると信じる事である。』
あなたの周りの人を信じてみましょう、あなた自身のために。